天球を撫でる

大川黒目

天球を撫でる

『天球を撫でる』


棺桶から、宙を仰いだ。


視界を埋める星々の海が流れてゆく。

やがて棺が回転しているのだと気が付く。

凍り付いたような身体には重さの感覚がない。

棺桶に詰められた私は、漫然と宇宙を漂っていた。


私は星々に触れようと、目いっぱい手を伸ばす。

指先が数百年前の光を梳く。視界は流れ、掌が天球を撫でる。

私は二本足で立っていた頃を想った。射場の生臭い雨。臍の緒の離脱音。芝生を焦がす火炎。


広げた掌に一つの粒が触れた。

小さな、小さな粒だ。そっと握り込み、手繰り寄せる。そして再び手を伸ばす。


空間に詰まった茫漠たる時間を、やわらかな五指が引き裂く。

小さく鼻を鳴らして、染み出した孤独を肺いっぱいに吸い込んだ。


伽藍とした時間が経って、ふたたび粒を捕まえた。

時が経ち、またひとつ。またひとつ。またひとつ。


またひとつ。

またひとつ。


私はかつて訪れた青い古都を思い出した。

私はタイーコイズブルーのタイルを潤いの色と言った。隣の男は乾きの色だと言った。


私は沿海で育った。青藍に遥か深い海を見た。

彼は涸れ川ワジの畔で育った。青藍に雨を寄越さぬ空を見た。


私は集めた2種類の粒たちを組み合わせ、ひと粒の雫を作り出す。そっと、そっと、顔へと運び、飢餓を叫ぶ喉を無視して、雫を乾ききった眼窩へ押し込む。

そして私は、やっと涙を流した。


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