第12話 神殿か王宮か
ティアと部屋に戻った。この部屋に戻ると心が落ち着く。緊張から解放されて、背中の汗がシャツに貼り付いていることに気がついた。
こういう一息つきたい時にお茶やお茶請けが出せるといいなと思う。
「ねぇねぇ、お給料貰ったら靴屋に行ってからご飯を食べに行こうよ、コーヅのおごりで。」としれっと奢りをアピールしてくるが勿論断る気はない。俺もこの世界で外食してみたいし、そもそも自分のお金という気持ちにもならないし。
「勿論。ティアにはお世話になりっぱなしだもん。美味しい物を食べることだってアズライトを知る事だよね?」
「やったぁ!」と、ティアは嬉しそうに両手を万歳させて喜んだ。そして「もうすぐお昼だけどどうする?」と聞いてきた
「光魔石を少しでも作ってみたいから手伝ってくれる?」
「いいわよ、手伝うわよ。ただ持ってきているのは練習用のクズ魔石だから、照明としてはあまり長持ちはしないわよ。」
ティアは腰にぶら下げた袋から小さな魔石をいくつか出した。そしてテーブルの上に小指の先ほどの小さな魔石が10個くらい無造作に置かれた。
「じゃあ、昨日のように作ってみて。失敗すると目を痛めるくらい眩しく光るから気を付けてね。」
そう言うとティアはテーブルの魔石を1つ取って魔力を込め始めた。十数秒程で魔石が鈍く光って光魔石が完成した。それを見た俺も魔石を手に取って魔力を込め始めた。でも爆発が怖いので最初は顔を背けて目も細めながら少しずつ魔力を注いでいき徐々に魔力を強めていった。
カッ!
「うわぁぁぁ!目が目がぁぁぁ!!」
「何やってんのよ……。」
光魔石が破裂すると視界を真っ白に染め上げた。しばらく目を瞑ったままいると、ティアが目に触れてヒールをかけてくれた。
「びっくりした……。」と涙混じりの目を開けた。
「強すぎなのよ。本当に優しい魔力じゃないとこんなクズ魔石はすぐ破裂するからね。」
今度は細心の注意を払ってじっくりと魔力を送り続けた。すると時間はかかったが、魔石が鈍く光り始めたので魔力を止めた。でも魔力を止めるのが少し遅かったようで魔石にひびが入って割れてしまった。
「惜しかったね。次はいけるんじゃない?」
「うん、コツは掴めた気がする。」
俺は次の魔石を手に取って魔力を注いでいった。今度は少し強めな魔力で注ぎ始めて徐々に弱めていった。しばらくすると魔石が鈍く光ったので魔力を止めた。しばらく手のひらに載せたまま様子を見ていたが、特に割れたり欠けたりすることもなかった。
「やった!ティア、できたよ。」と言って魔石をティアに見せた。
「うん、見てたよ。その魔石に包み込むように薄く魔力を流してみて。光ると思うから。」
俺は言われた通りに魔石を握り込んで薄く魔力を流すと手の中から光がこぼれてきた。手を開くと魔石は電球色っぽく綺麗に光っていた。俺は嬉しくて小さくガッツポーズをした。
「光を消すときは魔石に流した魔力を払うようにして。吸い取る感じでも良いけど。」
払うとか吸い取る?今まで魔力は放出しかしたこと無いからどういう感覚かよく分からないな。魔力って本当に感覚の世界だな。イメージがしっかりしていると何でもできるけど、イメージが湧かないものは何ともできない。
魔力を吸い取るのは体に戻す感じ?戻れ、戻れ、戻れ、と念じるようにやってみたが戻らない。それならと、払う感じで試してみる。魔力を払うイメージでパッパと手で魔石を払ってみた。それでも上手くいかず、何度も手を払ってみた。
フッ……
「消せた、けど難しいなぁ。」
「そうやって体を使ったり、言葉にしたりするのは悪い事じゃないのよ。イメージをより明確に持つことができるから。だから学校では体と言葉を使って魔術練習するのよ。」
昼を知らせる鐘が鳴った。
「今日はここまでにしましょう。魔石は少し置いておくから後で光魔石を作ってみたら?」と言って立ち上がり、腰の袋から更に魔石を取り出して机の上に小山にして置いてくれた。
俺たちが昼食のために部屋を出ると、トーマスとジュラルが話をしていた。いつもなら昼にはトーマスしか居ないはずだ。俺はどうしたんだろう?とジュラルを見ると「俺はこれで任務完了だからさ。挨拶してから帰ろうと思ってさ。明日からは訓練場でな。」
「こちらこそ、ありがとう!色々助けて貰えて助かったよ。」
俺たちは食堂まではジュラルも一緒に行き、食堂の前で別れた。ジュラルは突き当りの廊下を曲がる時にチラッとこっちを見て片手を挙げた。俺はジュラルの姿が見えなくなるまで見送っていた。
食堂に入るとタイガーもいて、ショーンといつもの席で先に食事を始めていた。俺たちも食事を持って彼らの元に向かった。
「よう、今日は一緒に食事させてもらうぜ。やっとコーヅの話に道筋ついたからなぁ。本当にお前さんには苦労させられたよ。」
「え?俺ですか?……あ、私ですか?」
「ははは。いいよ、かしこまらなくて。『俺』で通してくれていい。領主様を含めてそんな細かい事を気にする奴はここには居ないからな。」
そしてタイガーは俺からティアに視線を移して話しかけた。
「で、ティア。お前さんから見てコーヅは建築ギルドでいけそうか?」
「大丈夫よ。明日部屋を見れば分かるけど、神殿か王宮かみたいな部屋になりつつあるから。」
タイガーは怪訝な顔をして「なんだそりゃ。」と言いながらマッシュポテトを頬張った。そりゃそうだ、大げさだ。
「本当にすっごく綺麗な部屋よ。部屋に合う豪華なドアを付けたら王族だって招待できるくらいよ。」
「こいつがか?ちょっと信じられないな。」
「こんな事で嘘ついても仕方ないでしょ。」とティアは不快感を眉に集めた。
「まぁ、そうだよな。仮に、もしかして、万が一にでもそれが本当のことなら領主様が戻ってくるまでに仕上げてくれ。それがコーヅの成果になり、この先の待遇に繋がっていくからな。だから必要な物はどんどん買って良いぞ、コーヅの給料の範囲でな。」
全く信用してるようには感じられない。さすがに俺も遺憾の意を眉に集めた。でもこれは口で説明するよりも見て貰った方が早い。タイガーを見返してやるという気持ちが心の奥底でメラメラと燃え始めた。
最後のマッシュポテトを口に詰め込んだタイガーは食器を持って立ち上がった。
「コーヅ、(モグモグ)建築中心に仕事は進めることになるけど、(モグモグ)衛兵の訓練には顔を出せ。こういう世界だから(モグモグ)身を守る術は絶対に必要だ。」と言うと食堂を出ていった。
タイガーがいなくなると、周囲の人たちもまた賑やかに会話を始めた。
「あ、そうだ。外出許可が出たんだ。ティアと街に食事しに行くからその時は前もって言うね。」とショーンに伝えた。
「外出許可出たの?良かったじゃない。どこに食事しに行くの?」
……どこに?俺は回答を促すようにティアを見ると「フィーロのパン食堂かしらね。」と答えた。
「フィーロのパン食堂……?ごめん、聞いたこと無いな。新しいお店?」と記憶を辿る様にしてながら答えた。
「元々はアシュリーのパン屋よ。」
「あ、アシュリーのパン屋は知ってるよ。美味しいお店だったよね。休みの日にたまに買いに行ってたよ。あそこにあるお店か。」
「フィーロはアシュリーの娘よ。だからパンも美味しいのよ。」
「アシュリー仕込みのパンか。それは良いこと聞いたな。僕も今度食べに行ってみるよ。」
そして食事を終えると、いつものように食堂前で別れて自主練に向かった。着替えを終えると近くにいる衛兵たちに挨拶してから、すぐに自主練を始めた。今日も訓練メニューの量を増やしたけど、日々の訓練のお陰で体が少しずつ負荷に耐えられるようになってきている。
訓練を終えた俺は、ふぅ……と大きく息を吐きだして座り込んだ。汗が額から顎を伝い地面に染みを作っていく様子をボーっと見つめていた。すると、ふと体が楽になったので見上げるとショーンがいた。
「いつもありがとう。助かるよ。」
「ははは、いいんだよ。もう少ししたらコーヅもヒールは使えるようになるだろうしね。それより明日からコーヅの警護をするヤツを紹介したいんだ。」
そう言うと後ろを向いた。そこにはショーンよりも若い男性が緊張した様子で立っていた。その男性はショーンよりも一回り小柄でクリっとした目を持つ可愛らしい顔をした栗色の髪の毛をした男の子だ。
「イメールです。ニ、ニホンに興味があって志願しました。空いた時間にニホンの話を聞かせてもらえると嬉しいです。」と言うと頬を上気させキラキラした目で俺を見てくる。ちょっとそういう憧れっぽい対象に見られた経験が無いので反応に困ってしまった。
「えっと、こちらこそお手間をおかけします。俺が知っている限りの話なら大丈夫ですよ。」
俺とイメールは握手をした。そして俺は手を放そうと手の力を緩めたがイメールは笑顔のままで放してくれない。イメールを見るとニコニコと笑っている。
「あの?」
「はい、よろしくお願いします。」と笑みを浮かべている。相変わらず手はしっかりと握られたままだ。
まさか……そっち?イヤイヤ駄目ですよ。俺には妻も子供も居るわけで。いや、そうじゃない。その前に男性の趣味はない。
俺は力を入れて手を抜き取った。
「ごめんなさい。つい嬉しくて。」と変わらぬ微笑みを湛えている。
嬉しいってどっちの意味だろう?日本だよね?ね?と不安を抱いたままショーンに部屋まで連れて帰ってもらった。明日からイメールが部屋の前に……ちょっと怖いかも。
部屋のテーブルの上には、今朝ティアから貰った小さな魔石が小山になっている。俺はその中の1つを手に取った。光魔石を作り間接照明を試してみるためだ。
何度も成功と失敗を積み重ねながら最終的に15個の光魔石を完成させられた。
「ふぅ……疲れた。」と首をコキコキと鳴らした。
これだけあればリビングや玄関、シューズクロークには設置できそうだ。でもこれだけの数を全部点けたり消して歩くのは大変かも。
今はまだ照明を点けるには明るいのでに、先に風呂に入って待つことにした。長湯するためにぬるま湯にして窓を開けた。
何も考えずボーっと窓から見える青空を眺めていた。雲が形を変えながら流れていく。そして汗が全身からじっとりと浮き上がってくるので、お湯で顔の汗を洗い流しながら時間が過ぎるのを待った。徐々に空が朱く染まり始めてくると風呂から上がった。
俺は光魔石に魔力を通すと魔石置きに置いていった。するとリビングや玄関、それからシューズクロークが暖かい色に包まれて幻想的な雰囲気になった。
「おぉ……すごく綺麗。」
俺は椅子に座って、しばらくその明かりを眺めていた。妻とこんな雰囲気の中で食事したり珈琲飲んだりしたいなぁ、と重たい息を吐き出した。
気分を変えるためにも食事までは本を読んで過ごそうと、ベッド脇に置いてある魔術の教科書を持ってきて広げた。
でも本を読むには間接照明ではちょっと暗かった。それに昼白色の方が良いと思った。でも手元の魔石は全部使ってしまったし、試作するのは又今度かな。だったら先に昼白色の光魔石を使うための読書灯を作りたいな。ベッド脇に置いておけば本を読んだりするのに便利だし。
そこへトーマスが食事を持って入ってきた。
「これは……幻想的で美しい。」
トーマスは目を見開いて玄関に立ち尽くし、部屋を眺めている。
「あ、トーマスさん。これは間接照明って言って光を壁に当てて反射した光で部屋を明るくしてるんです。」
俺はトーマスの方に歩み寄りながら間接照明の説明をした。
「これはいつまででも見ていられるな。美しいものを見させてもらえたよ。コーヅの能力は素晴らしいな。」
「トーマスさんが気に入ってくれたんでしたら浴槽を作る時に間接照明も作りますよ。」
「本当か!?」
いつもの遠慮がちなトーマスとは違う反応に、間接照明がこの世界でも受け入れられたと嬉しくなった。
トーマスは部屋から出る時にもう一度部屋を振り返ってからドアを閉めた。
食事を済ませた俺は食器を片付けると寝室に向かった。
読書に必要なものはサイドテーブルと読書灯と本立てだ。俺は作るものを決めて製作に取り掛かった。ベッドの高さにサイドテーブルを作り、ベッドに寄り掛かった状態で本が取り出しやすいように本立てを作った。そして1冊しかない本を立てた。
本を取り出し広げた所が明るくなるようにと読書灯を作ってみた。これも間接照明のように反射させて明るくしているので、実際に光らせてみないと具合が分からない。俺はリビングで使っている光魔石を持ってきて読書灯として設置してみると、本を読むには充分な光量だった。これでも良いかとも思ったけど、昼白色ならもっと読みやすくなるのでやっぱり挑戦してみたいと思う。
とりあえず今日のミッションは全て終えた。残りの穏やかな時間はベッドルームで過ごそうと、シューズクロークから明かりを消していったが、この明かりを消すという作業が思いの外大変だった。まだ慣れてないのもあり、1つ消すのに魔石を取り出してから何度もパタパタと手を振らないといけなかったし、魔石の数も多いので時間がかかってしまった。
俺は全て消し終えると、ランプ灯りを頼りに寝室に戻ると疲れ果ててベッドに寝転んだ。しばらく目を閉じていたが、起き上がるとベッドに座って教科書を手に取った。ランプの炎に揺られた文字が踊る。でももうそんな明かりで読む必要は無い。電球色の暖かな色味の読書灯で読み始めた。
最後まで読み終えてベッドに潜ると家族の写真を出して眺めた。
この世界に来てもう1週間か。俺はこんなことをやってて本当に転移魔術に辿り着けるのか?
そう思うと強烈な不安に襲われて胸が苦しくなってくる。でもここに空間魔術の知識や技術がある人がいる訳じゃない。
「絶対大丈夫、今できることを頑張っていれば絶対に繋がる。絶対に。だから絶対に帰れる。」と自分に言い聞かせ続けた。
先が全く見通せず本当に辛いけど、今は前を向くしかない。パパは絶対に諦めない。頑張り続けるよ。
写真に向かって「おやすみ」と声をかけると目を閉じた。
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