三ノ巻『たどる双路の怪仏探し』1話 探し求むは帝釈天
ついに
正確には。黒幕が何者なのかを知る人物が――いや、知る存在が――判明したのだ。
当の黒幕が配下とした怪仏・
本来ならばその本体となるはずだった――そして怪仏の意のままに操られるはずだった――平坂円次に拒まれて、いわば
どこにいるのか、どうやって情報を引き出すべきなのか――協力を取りつけるのか、それとも力ずくにでも――は、まだ分からないが。ともかく、黒幕まで後一歩。それで、それで全てが解決する。
なのに。
「
それ、一気! 一気! のコールと手拍子が辺りから上がり。渦生は手にした瓶ビールの底を、月の薄く光る空に向け――もう片方の手は腰に当てて――、ぐぐい、と喉の奥へ流し込む。
「くっはああ! しゃあおらぁぁ!」
地面に敷いたレジャーシートにあぐらをかく
「おおう、さすが渦生さんよ! 大した男前じゃわい!」
少し離れたところでは大柄な斉藤
「ウス……こっち、焼けた……ス!」
「な――」
渦生の住む駐在所の裏庭、脂を受けた炭火が月も霞むほどに白く煙を上げる中。
かくり、と、かすみは口を開けていた。
「――な、なんでですかーーーーーっっ!! 何やってんですかこれ、みんなちょっと――」
斉藤が、びくり、と身を震わせ、他の全員――崇春、百見、渦生、それに
百見が左手を持ち上げ、腕時計のボタンを押す。
「四十一分二十七秒四六」
「な……何がですか」
「肉パーティの準備を始めてから、今のリアクションが来るまでの時間だが――」
鼻から長く息をつき、百見はかぶりを振る。
「――遅い。君の腕も落ちたものだね」
「何の話ですかーーーっ!?」
持っていたお茶のコップを近くのテーブルに置き――つい流れで手にしてしまっていた――、かすみはなおも声を上げる。
「いいですか? 黒幕の正体がもうちょっとで分かるんですよ? その大事なときにですね、何をのんきに――」
膝を叩いて崇春が立ち上がる。
「うむっ! さすが
かすみは思わず息をつく。さすが崇春、何だかんだといってもちゃんと考えて――
「
「違いますからーーーーっっ!!」
大体一気呑みは危険だし、それ以前に未成年の飲酒はだめだ――いや、言いたいのはそういうことでもないのだが――。
一応その辺りを考えてはいるのか、崇春の手にしたボトルは酒類ではなかった。スシュン
「それはそれで大丈夫なんですかーー!? カロリーとか!」
崇春は口の両端を上げて笑い、ラベルを指差す。
『カロリー十五パーセントオフ』
「それでもたいがいですからーーー! って……」
バーベキューの煙にむせ、何度か咳をする。荒くなっていた呼吸を意識して緩め、上下していた肩の動きが収まったころ。再び口を開いた。
「だから、ですね。肉とか焼いてる場合じゃ――」
「オレも同感だな」
そう言ったのは平坂円次。離れた辺りで折り畳み椅子に腰かけ、大盛りに肉の載った皿をうんざりしたように横目で見ていた。
かすみの鼓動が若干落ち着く。つい先日――というか昨日――守護仏の力を得たばかりだというのに。しっかり考えてくれて――
パック入りの塩辛をつまみながら平坂は言う。
「悪ィけど、オレぁ肉そんなになー。魚介類のが好みなンだが」
渦生が自分の額をはたく。
「マジか! スマンな、今度やるとき買うわ、エビとか貝とか」
「それもいいがよ、
かすみの首から力が抜け、肩が思い切り下がる。地にぶち当たりそうな勢いで。
気づけば自然、眉根が力なく寄り、目尻が緩む。口元が不恰好に持ち上がった。喉の奥から小さく
芯の抜けた足腰を支えようとするように、よろめきながらすがりついた。椅子に座ってテーブルに頬杖をついていた、
「賀来さん、賀来さーん! ヒドいです、ヒドいんですよみんなもう!」
賀来は特に表情もなく、かすみの頭をぽんぽんとはたく。
「よしよし。そうかそうか、大変であったな」
かすみは小さく息をついた。とりあえず身をかがめ、賀来の手に身を任せる。
「ええもう、みんな全然真面目に考えてくれないんですよ、まるで他人事みたいに……」
何度もうなずきながら、賀来は頭をなでてくる。
「うむうむそうかご苦労であった、このカラベラ・ドゥ・イルシオン=フォン・プランセス・ドゥ・ディアーブルス……『魔王女たるカラベラ』が自らねぎらおうぞ。我が使い魔たるかすみ……」
そこで目を見開き、一つ手を叩く。
「いや、そうか! 我が使い魔『
誰が使い魔だ、とか、名前の縁起が悪すぎるとか。言いたいことは色々あったが、その気力もなく。かすみはただ身をかがめ、賀来の膝に両手と頭を載せた。
それでもとにかく、なでてくる手はなめらかだった。また息をつき、目を浅く閉じる。
本当にみんな何をやっているのだ。今日の昼間、帝釈天が情報を握っていることに気づけたというのに。当の帝釈天を探しもせず――そもそも怪仏が、姿をかき消した後どうしているのかは想像もつかないが――、百見たちが守護仏を
かすみは強く歯噛みをする。
もう少し、もう少しなのだ。黒幕さえなんとかできれば、怪仏事件なんて起こらない。そうしたら、やっと――
「あっ……」
不意に賀来が喉の奥で声を上げた。なでていた手が止まる。
どうしたんです――そう聞くより早く、賀来の手が再び動き出す。かすみの髪の上、頭の上を
目を見開いて賀来は言う。
「お前……お前の髪、超なで心地いいな……なんか、『まふっ』てする……指吸い込まれそう、それでいて最後の最後、絶妙に押し返してきて……ぁ……これ、ぃあっ……手放せない……っ」
賀来の両手が、かすみの頭を――髪の生え際から上を――両側からつかむ。
かすみの目を真っ直ぐ見て、それから照れたようにそっぽを向いて、言ってきた。
「……その、かすみさえよければ、だが……生涯、飼育してもいい?」
「未知の恐怖!」
かすみは身を
「斉藤さん、斉藤さん! ちょ、何とかして下さいよあの子!」
「……っス」
斉藤はそれだけつぶやいて差し出した。大盛りの焼いた肉を。紙皿に割り箸を添えて。
「え」
さらにそこへ、山盛りに野菜を載せる。
「ウス……バランス、っス……栄養、摂るといい、ス」
「ど、どうも」
何度目か分からないため息をついて、とりあえず野菜を口に運ぶ。
よく噛みながら考えた。まったく、これからのことを考えるも何も、もうメンバー自体がめちゃくちゃだ。普通なのは斉藤ぐらい――
そこまで思ったところで頭に視線を感じ、ふとその方向に目をやる。
斉藤が、じっ、とかすみの頭を見ていた。
斉藤はすぐに前を向き、また肉を焼き始めたが。視線だけはかすみの頭へ、じっ、と向けられていた。
そちらへかすみが目を向けると、斉藤の目は焼き網の上へと向いたが。またかすみが目をそらすと、その動きに引っ張られるかのように、斉藤の目がこちらを向く。
箸を持つかすみの体が固まる。
もしかしてだが。嫉妬されている、賀来のことで。
――駄目だ。このメンバー、駄目だ――。
思ったかすみの腹の奥が、それから肩が揺れる。もはや逆に笑いが出てくる。
目の端に涙がにじむのを感じながら、箸で、わさり、と肉や野菜をつかんだ。大きく開けた口にそのまま突っ込む。もぎり、もぎりと噛みしめた。
もうヤケクソで、栄養を摂るしかなかった。
賀来がかすみを指差して笑った。
「なんだそれは、欲張りすぎであろう! リスみたいになっておるぞ」
頬袋に木の実を詰め込むリス。その姿をイメージしつつ、口の中のものを噛むしかないかすみ。
賀来は首をかしげ――銀髪交じりのツインテールが柔らかく揺れた――、ほほえむ。
「まったく。可愛らしいな、かすみは」
崇春が腕を組み、力強くうなずく。
「うむっ! なんちゅうてもリスは可愛いけぇのう! 実に可愛らしいわい!」
他の男性陣もまばらにうなずく。
「まあ、ものの見方は人それぞれだからね」
「おーかわいいかわいい、写真撮っといてやろうか?」
「ぜってェ後で怒られンだろそれ」
「……っス」
「………………」
かすみはそのまま天を仰いだ。
薄青く暗い空の中、月だけが優しく光っていた。
眺めながら、もぎもぎ、と、口の中のものを噛み続けるしかできなかった。
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