二ノ巻15話 遅れた到着
その少し後。
かすみは息を切らし、膝に手をついて立ち止まっていた。例の神社への石段、それがすぐ先に見える場所で。
そばには、身をかがめてこそいなかったが、同じように呼吸を整える百見がいる。
神社へと駆けていく崇春は速すぎた、たちまち背中が見えなくなり、とても追いつけはしなかった。それでも、懸命に走ってきた。渦生が、それに平坂も無事でいて欲しいと願って。
「おー、だいじょぶかお前ら。何か飲むか」
今。助けるために急いできたその人、渦生は。道端の自販機に小銭を入れている。ボロボロのジャージ姿で、煙草をくわえて。
「…………」
そのままの姿勢でかすみは黙る。
百見も同様だったが、呼吸を整えた後で口を開いた。
「……お元気そうで、何よりでしたよ」
「なんかトゲを感じるなオイ……まあいい、ほれ」
スポーツドリンクを二本買い、差し出してくる。
受け取るより先にかすみは言った。
「それより! 崇春さんは、それに平坂さんも」
自販機の横にしゃがみ込み、地面に置いていた別のスポーツドリンクに口をつけた後、渦生は言った。
「あーそれな、説明し出すとややこしいんだが……まず、平坂は今度の怪仏の正体じゃなかった」
「え!?」
「だが、別の怪仏を
「ええ!?」
「で、今度の怪仏――お前が見た六本腕の怪仏――、阿修羅とその正体と、崇春が上で戦ってる」
「そうなん、ですか……ん?」
かすみは眉を寄せる。
「で。渦生さんは、何をしてるんですか?」
渦生は目を瞬かせ、それから顔を背けた後。煙草を口にし、煙を吐いた。
「……何って、ほれ。助けを、待ってたんだよ」
かすみの頬がわずかに固くなる。
「いや、結構元気ですよね今」
渦生はかすみへと向き直り、音を立てて地面を踏む。
「うっせえ、やばかったんだよさっきまで! ついさっきまで! 大体、平坂が
百見が口を開く。
「黒田……剣道部の、今日会った黒田さんですか?」
渦生は額に手を当て、大きく息をつく。
「ああそうだ、結局俺の教え子だ……参るぜ」
「なるほど、同じ部活同士、平坂さんとは因縁もあり得るか……で、その二人、それに崇春は」
渦生は神社の方、石段の上へ視線をやった。百見とかすみも、同じ方へと視線を向ける。
神社は静かだった。石段の下に灯る街灯の明かりでは、境内の様子まで見通せないが。話し声さえも聞こえてはこなかった。
かすみは口を開く。
「……で、崇春さんたちは」
「…………さあ」
視線をそらせた渦生の正面へと回り込み、かすみは言う。
「いや、さあじゃありませんよね!? だいぶ静かですけど今、逆にどうなって――」
そのとき、ふと目に映った。石段の上、本来なら道路から目につく辺りに――そこが神社だとすぐ分かる位置に――あったはずの石鳥居。それがない。いや、それらしきものが今は、砕けて境内に転がっている。
かすみの背筋に、冷たく震えが走る。
半ば反射的に駆け出した、そのとき。
かすみの肩を、渦生の手が後ろからつかむ。
「待て!」
振りほどこうとするが、渦生の手にこもる力は強く、できなかった。
「離して下さい、早く――」
渦生が強く声を上げた。
「だから待て! お前が行ってどうなる、崇春の仕事を増やす気か!」
かすみは動きを止めて、渦生の顔を見た。
渦生は煙草を捨て、靴でにじり消しながら言う。
「物音はしてた、物音はしてたんだちょっと前まで、怪仏同士で
顔を歪め、消した煙草をにらむように視線を落とす。
「どうにもならねえよ。巻き込まれる的が増えるだけだ、崇春の有利には働かねえ」
かすみは視線をそらせ、唇を噛んだ。
確かに、確かにそうだ。けれど、それでも――
百見が小さく咳をする。
「とはいえ静か過ぎる、もう戦闘が終わっている可能性もあるでしょう。それで下りてこないのなら、かなり負傷していることも考えられる」
印を結び、小さく真言を唱える。百見のかたわらに、筆を手にした
「僕が先に行きます、二人は後を」
おぼろに光をまとう
かすみも後に続く。渦生はその横を歩いていたが、血のにじむ脚を引きずるせいか、次第に歩みが遅れた。
石段を上がりながらかすみは目を瞬かせ、境内の奥へ視線を向けるが。やはり暗すぎ、見通せない。辺りには今も、何の物音も聞こえない。虫の声、風の音すら。
石段を上り切る。その先には鳥居が崩れ落ちていた。電柱ほども太さのある石の柱は長く、とても人の力で倒せるようには見えなかった。やはり怪仏が倒したのだろう、おそらくは崇春との戦闘の中で。
そう考えて、また背筋が震える。
百見に先導され、境内を奥へと進む。それにつれて見えてきた、戦いの爪跡が。
石灯籠は崩れ落ち、あるいは切断されたかのように二つに分かたれ。石畳には裂かれたような亀裂が走り、あるいは
その先では、頭上を覆っていたであろう木々の枝葉がへし折られ、積もるほどに辺りに散っていた。
そして。鎮守の森に口を開けた夜空の、月明かりの下。社の近くにその姿は見えた。
崇春。地面の上、大の字に横たわり、身じろぎすらしない崇春。その額から流れ落ち、顔を染めるものは血だろうか。
「崇春、さん……! 大丈夫で――」
駆け寄ろうとしたかすみを、渦生と百見が前後から引き留める。
その理由は、かすみにもすぐ分かった。
倒れた崇春のそばに、人影が見えた。
手にした竹刀の先を地につけて、口を開けて立ち尽くす黒田。
そして。見開かれたその視線の先――崇春の向こう――。
立ち上がる平坂の顔は、月明かりから隠れて。黒い影のように見えた。
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