二ノ巻9話 暗黒天の呼び声
――その少し後。
斑野高校の三階、校庭に面した校舎の中央。そこにある、小規模な会議室といった部屋――生徒会室。
そこに彼はいた、生徒会長、
腰の後ろで組んだ手、その開いた片手の上には、炎のような黒いもやが漂っていた。その中には小さく、黒い輪郭で描かれた怪仏の姿が、浮かんでは消えていく。
視線はそのままに、よく通る声を響かせる。
「どうやら動き出したかな……彼らは」
その後ろ、陰になった辺りでは。男子生徒が椅子に腰掛けていた――ひどくうつむき、両肘を机に乗せて組んだ手を額に当てているせいで、その顔は見えない――。
男子は低く声を
「あいつは……今日こそ、あいつと……」
そこで小さく、歯噛みの音を立てた。悩むように小さく、かぶりを振る。
「でも、本当に……いいんでしょうか」
こつ、こつ、と靴音を響かせ――不思議とその音すらも、彼の声と同様よく通った――、紫苑は男子へ歩み寄る。その背に手を置いた。
「だいじょうぶ。だいじょうぶさ、それでいい。不安になるのは当然のこと、そして……君がそうするのも当然のこと。君はそれだけもう悩んだ。だから行動に移す、怪仏の力を借りて――それでいい」
そこで不意に、紫苑は視線を後ろへ向けた。
「『弁才天』。君からも、何か言ってあげてくれたまえ」
部屋の隅、手を後ろに組み、長い脚を交差させて、壁に背を預けていた女性。その人が歩み寄る。かつ、かつ、と靴音高く。
彼女は何も言わなかった。ただ傍らで、じっ、と男子を見つめ。それから、そっ、と手を置いた。男子の頭に。
まるで壊すのを恐れるように、何よりも貴重な宝に触れるように、しかし決して手を離そうとせず。その白い手は、ゆっくりと彼の頭を
さやさやと流れるような声が――絹のような感触さえ持って――、彼の耳に流れ込む。
「いいの。いいのよ、いいの、それでいい。思うままにしていいの。……ほら、どうしたの?
そこで頭から手を離し。代わりに、ひたり、と頬に当てる。何の力も入れず、しかし決して離さず――まるで、掌で口づけるように――。
「
長い髪を揺らし、彼の耳元に唇を寄せた。
「許しなさいな。あなた自身を、その業を」
その反対側に紫苑が立つ。『弁才天』の声の終わり際、滑り込ませるように言葉をかける。
「けして許すな、その敵を。彼のことを、その業を」
立ち代わるように『弁才天』の声。
「もういいでしょう、我慢なんて」
被さるように紫苑の声。
「もういいだろう、彼のことは」
「欲しいのでしょう、その力。人智を越えた怪仏の」
「欲しいのだろう、彼の命。怒りのままに踏みにじって」
「手に取りなさい、あなたの剣。いつも振るったその剣に、人智を越えたこの力を」
「手を取るがいい、六本の。それは君の合わせ鏡、君の業が造った形」
「変わればいいの、怖がらないで。古いあなたを捨ててしまって」
「変わるがいいさ、止まらないで。彼の全てを斬り捨てて」
二人の声がとろけるように入り混じる、流れ込む、染み込むように耳から、その先まで止まらず、鼓膜を越えて脳の隙間を満たすように、脳髄すらも染め上げるように。
「ぁあ……あああ!」
彼は叫び、椅子を倒し、立ち上がる。
その床の上で揺れる影は、六本の腕を備えていた。
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