第84話 もう一人の情報屋
薄ら笑いの情報屋、ドーリス。
常に胡散臭い三日月の笑みを浮かべていたあの男の、代名詞ともいえる軽薄な態度が鳴りを潜めている。
「うまくいってないって、何があったんだ。誤情報流して炎上でもしたか?」
信用で商売する情報屋が困窮するトラブルとして、ぱっと思いつくのは炎上。
ゲーム内の情報はネット上の掲示板や配信サイト等でも交換されているだろうし、なにか"やらかし"があったら槍玉にあげられてしまうだろう。
世間の風当たりが悪いと活動も思うようにできないだろうし、現実的に起きそうなアクシデントだが。
「いや、そうじゃねえ。もっと話はシンプルでな、商売敵が出たんだよ」
「商売敵ぃ?」
つまり、同じ情報屋を営むライバルが出たのか。
想像以上にシンプルな問題だ。だが、それだけでそうもドーリスが落ち込むことあるか?
ドーリスはすでに『生きPedia』や『スイートビジネス』などの大きなギルドにパイプを有している。
それなら、後進に容易く株を奪われることもなさそうに思えるが。
「少し前に大鐘楼の鐘が鳴った。それを境に、どこに潜んでいたのか各所でNPCの動きがかなり活発になったんだ」
「そのNPCの中に情報屋がいたのか?」
「まあそういうことだ。そのNPCがな、占いをしてんだよ」
占い師の情報屋というと、なんだかその属性だけで興味がそそられるな。
どれくらい当たるのかという興味もそうだし、なんの糸口を掴めていない捜索物があるならとりあえず門を叩きたくなるネームバリューと肩書がある。
「話題に事欠かなさそうだが」
「ほとんどお祭りみたいなもんさ。長蛇の列ができるほどに」
「そりゃすごい」
NPCというから、ほとんどゲーム側の人物だし手に入る情報も固有の可能性が高い。
機械工房都市や至瞳器のような、現時点で誰も確度の高い情報をもっていない対象であっても足を運ぶ価値がありそうだし。
よしんばその占い師が知らなかったとしても、占ってもらうことで新たな手がかりが見つかるかもしれない。
「その占い師はよ、巷じゃあ『公式が用意したガイド』なんて呼ばれ方をしてる」
「なるほどなぁ。確かに情報屋からすればたまったもんじゃなさそうだ」
そりゃドーリスもうなだれるわけだ。
まさしく商売あがったりか。
「だが、プレイヤーが足で集めた情報を集約した俺の価値はそう簡単に揺るがねえ。情報屋の看板を降ろす予定もない」
「そうなのか? だったらなんでそんなしょげてるんだ」
「そこなんだよ。その占い師とやらが俺を捜してるらしくよぉ」
ほう。ドーリスも強力なライバルが現れたからへこたれていた訳じゃなかったらしい。
相手も彼をしっかりと商売敵ないし、同業他社のような認識をしているということか。
むしろ、ドーリスが頭を抱えている本題はこちらのようだ。
「探されてるんだったら会いに行けばいいじゃないか
「それがよ、そいつ俺に懸賞金まで出してやがんだよ。街を歩けば指をさされて追い回されるんだぜ。俺ぁ、まるで脱獄囚にでもなったかのような気分だぜ」
「懸賞金って、そりゃまた熱心に探されてるな」
「笑い話じゃねえぜ。金まで用意して俺を捜してるんだ、何されるかわかったもんじゃない。おかげでおいそれと客にも会えねえ」
それは確かに。
攻略メインならまだしも、ドーリスのように街での活動がメインだとかなり困るな。
どこの誰かもわからない通りすがりに身柄を狙われるって恐ろしいことだぞ。
俺だったら人間不信になりそうだ。
「なあアリマ、私その手配書もってるぞ」
ぴょこっと後ろから出てきたカノンが差し出してきたのは、一枚の紙。
そこには確かにドーリスの顔写真が載っている。隣にはセピア色の竜巻が頭の男、極悪なピラフも見切れて映っていた。
どうやら彼らのギルド、『スイートビジネス』との商談中を何者かに隠し撮りされたようだ。
「アリマに拾ってもらえなかったら、とっつかまえた賞金で回復アイテム買う予定だったんだ」
カノンの言う通り、確かに報酬金はまあまあな額が提示されてる。
カノンのように金策に苦心する種族であれば、こういう元手なしで金がもらえるチャンスには目を光らせてるかもな。
「そいつが忘我サロンで見つけた連れか?」
「ああ。かなりできる奴だぞ」
湿地での活躍から俺のカノンへの信頼は厚い。
実力は申し分なし、対応力もあり人間性にも問題はない。
ランディープによって植え付けられた忘我キャラへの偏見を一人で払拭してあまりあるほどだ。
「サロンの連中は生半可なプレイヤーよかよほど有能って話だが」
「それは……どうだろうな。他にもサロンに候補がいたんだが、ピーキーなステータスのやつばっかりだったぞ」
しばらくすると味方を巻き込んで大爆発するガイコツとかいたし。
あれは有能か無能かで分けると流石に有能側に傾くだろうが、あれの手綱を握るのは生半可じゃないぞ。
いや本人の性格に問題はなかったが、性質上どうしてもな。
「いかんせん忘我サロンへの立ち入りが許可されたヤツが少なくてな」
「いるにはいるんだろ?」
「だが条件がさっぱりだ。ランダムってことは無いと思うんだが」
俺のときはランディープに半ば強引に連れ込まれたしなぁ。
条件というよりかは、交友関係や人間関係が影響しているのか?
利用してみたらソロ攻略者への救済的な側面も感じられたしな。
「ま、詳細は後だ。お前らが俺を売り飛ばそうとする線も考えていたが、杞憂みたいで良かったぜ」
「小銭目当てに人間関係なんて売らないぞ」
「イヒヒ、お前は信用ってやつをわかってるなぁ」
「とりあえずそのNPCの占い師とやらに手配書を撤回させないと事が進まないんだろ? どこにいるんだよ」
ドーリスには借りを作ってばかりだった。
それを返す貴重なチャンスだ。俺が人肌脱ごうじゃないか。
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