第3話:野盗
「誰だ、隠れていないで、さっさとでてこい」
急にチェンワルフ王子が森の中に声をかけました。
王城を出てしばらくは麦畑の中にある街道を進みましたが、直ぐに深い森に入ったのです。
確かに、追放したわたくしを騙し討ちするにはいい場所です。
婚約破棄だけでなく国外追放刑にまでされて、失意のまま森に入った途端、予測もしていなかった待ち伏せによって殺される。
刺客を放った者は、わたくしが無念のうちに死ぬことを望んでいるのでしょうね。
今までは、わたくしの事を殺したいと思ってはいても、殺害方法が限られました。
屋敷に中で斬り殺されるような事になれば、当主の座を狙って異父妹や父が殺したと疑われ、厳しい詮議が行われるからです。
賊に殺されたとしたら、貴族家としては絶対に許されない大失態で、ダグラス女伯爵家は確実に潰される事になります。
毒殺しようとしても、餓死させようとしても、神に護られたわたくしを毒物で殺す事は不可能ですし、食事は神使が届けてくれました。
「可哀想な奴だ、女に目が眩んで同行していたのだろうが、その色欲がお前の命を縮める事になったな」
いかにも盗賊といった小汚い格好をした男達が森の中から出てきました。
道の前を塞ぐように三人、逃がさないように道の後ろに三人、森の中に逃がさないように左右に三人ずつがいます。
姿を現したのは合計で十二人なのですが、これが全員とは限りません。
森の中に隠れていて、待ち構えている可能性もあるのです。
「わっははははは、野盗ごときに同情される覚えは全くないぞ。
無力な農民を情け容赦なく襲い、暴虐の限りを尽くしてきた腐れ外道共。
俺様が地獄に叩き落としてやるから覚悟しろ」
わたくしの事情を、いえ、ダグラス女伯爵家の事情を推察できるほどの人ですから、どちらかと言えば大人しい男だと思っていたのに、違うようです。
どうやら策を練るよりは力技で物事を解決したい性格のようです。
確かに、そうでなければ、いくら時間がないと思ったとしても、護衛の騎士や兵士を一人も連れず、自分の命を狙っている相手の領地には乗り込まないですよね。
「そうかよ、だったらさっさと死にやがれ」
そう言うなり、前を塞いでいた野盗の一人が、既に鞘から抜いていた剣を大上段に振りかぶって斬りかかってきました。
左右にいる野盗は、チェンワルフ王子の事を舐めているのか、残虐な笑みを浮かべるだけで、その場から動こうとはしません。
左右の森の中にいる六人も、背後にいる三人も同じです。
もしかしたら、斬りかかってきた相手は野盗の中でも強いのかもしれません。
チェンワルフ王子が口先だけの弱者だとは思いませんが、人殺しに慣れた野盗と生まれのいい王子では、修羅場をくぐった数が天と地ほど違うはずです。
少しでも人を殺すことに躊躇いがあると、一瞬動きが悪くなります。
それが生死を分ける事を、わたくしは知っているのです。
それに、チェンワルフ王子が勝っても、今度は残りの十一人が一斉に襲い掛かってくるのですから、とても勝ち目があるとは思えません。
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