第41話 伊勢神宮へ

 その頃。自由も保憲からの式神を受け取っていた。

 龍に跨りながら、半紙で作られた紙と喋る。

 ますます妖怪めいてきたなと思いながらも、自由は保憲の説明に耳を傾ける。

「なるほど。つまり、これらの減少は記紀神話の繰り返しに近いってことですね」

 そして、伝えられた内容を要約してみせた。これは晴明の頃の記憶と知識が戻っているからこそ出来たことだ。

「そのとおりだ」

 それに対し、保憲は満足そうな声で肯定する。

「えっ、じゃあ、目の前のスサノオは?」

 自分の前を飛んでいく、あの少女から変化したスサノオをどう解釈すればいいのか。青龍は鎮め役として正しいのか疑問に思ってしまった。

「彼女は今や本物のスサノオということだな。そして、素戔嗚尊はこの混沌とした状況に最もふさわしい神様だと言える。だから鍵として俺たちの前に現れ、強制的に霊場を回らせているのだろう」

 しかし、自由は他に適任はいないと断言する。

「それって、天祇から地祇になったからですか」

 自由の肩に乗るサラは、大昔に晴明からレクチャーを受けた気がすると口を挟んだ。

「そのとおり。素戔嗚尊は天照と兄弟関係にある。それなのに、粗暴だという理由で高天原を追放された。このくだりに関して色々と考察できる部分があるが、今は本筋に関係ないから置いておこう。そして、追放された後、出雲にて八岐大蛇を退治し、さらに大国主命を生み出すことになるわけだ」

 あの八岐大蛇の形質を引き継ぐという月乃に真っ先に解ったのも、この因縁のせいというわけだ。

「その大国主命は天照から国譲りを迫られるんですもんね。確かに歴史を辿り、どうして封じられているのかを考える羽目になるってわけか」

 サラもようやく納得となるが、しかし、ここまで手掛かりがなかったのはどうしてなのか。

「そりゃあ、俺たちが揃っていなかったからだろう。鎮撫する者がいなければ、本質を明かす必要はなく、また、スサノオも復活する必要はないってことさ」

「はあ。じゃあ、あの子は?」

 依り代となってしまったあの少女については、どう解釈すればいいのか。サラは自分の特殊さもあって、悩んでしまう。

「あの子もまた、お前と同様に時空を超えたと考えるのが素直なんだろうな。まあ、詳細は解らんが、この時代の子ではないんだろう」

 自由は悩むなとサラの頭を撫でてやり、この事件が解決したらサラはどうなるのだろうと一抹の不安を覚える。

 彼女が平安時代に飛ばされ、現代まで追い掛ける宿命を背負ったのは、安倍晴明を導く存在として、運命づけられていたせいだ。では、この旅が終わったら、サラは、安倍晴明である自分はどうなってしまうのだろう。

「あ、ここが目的地みたいです」

 あれこれ話している間に、スサノオは目的地へと辿り着いたようだ。急降下する少女の背中を追い掛け、式神たちも高度を下げる。

「ここは」

「伊勢神宮か」

「まあ、あの話の流れからすれば当然って感じだけど」

 自由たちの横に降り立った玄武が、聞こえていたよと苦笑する。

「天照大神を祀っている場所であり、様々な議論を呼び起こす場所であり、間違いなく何か大きなモノを封じている場所だからな」

 自由はやれやれと言う顔で呟く。その表情がどこか苦々しげなのは、これもまた、安倍晴明としての知識だからだろう。

「ん?」

 と、そんな自由に向けて、スサノオの少女が手を差し出してきた。無表情だが、攻撃してくるわけではない。ただ、こちらに手を差し出している。

「ええっと」

 なぜ、言葉を発しないのか。あの会議室では喋っていたではないかと自由は戸惑う。

「一緒に来て欲しいそうです」

「えっ」

「あの、なぜか、私の頭にダイレクトにスサノオの言葉が響きます」

「ううむ。それはやはり、お前とそこのスサノオが時空を旅してきて、同じ存在だからということか」

「たぶん」

 答えつつ、サラだって戸惑ってしまう。どうしてこうなったのか、全く解らない。だが、スサノオが目覚めた瞬間から、晴明たちが揃った瞬間から、世界が大きく動き始めたのは間違いなかった。

「ふうむ。じゃあ、サラ。お前も来い」

「は、はい」

「他は後ろに控えていてくれ」

「承知しました」

 自由の指示を受け、四人の式神たちは一歩下がった。すると、スサノオは満足したように先に歩き始める。

 少女の背中を追い掛けながら、自由は周囲を確認する。もともとが広大な森のような場所だったおかげか、この辺りは震災で崩れたままになっている部分が多い。それでも、ここが神域だったからか、濃い妖気は感じなかった。

「それなのに、ここにも封じが必要なのか」

 自由が疑問に思ったその時

「うっ」

 急に濃い妖気が襲ってきた。

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