第18話 複雑な気持ち
その目に、五人が五人とも懐かしさを覚えたのは言うまでもない。
「大丈夫です」
「俺たちは式神、普通の妖怪とはちょっと違いますからね」
玄武が頷き、青龍がそう説明を付け足した。
「なるほどね。じゃあ、ここで。貴志、悪いが全員分のコーヒーを用意してくれるか」
「解りました」
「わ、私も手伝います」
サラは一人じゃ運ぶのが大変と手を挙げる。それに自由は頷き
「じゃあ、頼んだ」
もう一度、助けた少女の様子を確認しに結界に戻っていた。
妖怪と呪術師が一つのテーブルを囲んでコーヒーを飲み、チョコレートを食べる。そんな不思議な光景が、黙々と五分ほど続けられる。
(どうしよう)
言いたいことは一杯あるけど、どう切り出していいか解らない。サラはぱくっとチョコを口に放り込みながら悩む。
きっとそれは自由も同じで、何から聞けばいいのか、どう問いただせばいいのか悩んでいる様子だ。眉間の皺がどんどん深く刻まれている。
「ねえ、サラさん。平安時代の那岐先輩、可愛かった?」
が、その沈黙を破ってくれる人がいた。瑠璃だ。このままじゃ進まないだろうと、ついに我慢の限界が来て口を挟んだ。
「か、可愛かった・・・・・・ううん。捻くれていたけど、美少年だったわよ」
それに、戸惑いつつもサラは正直に答えていた。それに、自由がぶっとコーヒーを軽く吹く。
「美少年」
「じゃあ、安倍晴明は那岐先輩とちょっと違う路線の顔なのか」
「ううん。そうねえ。ちょっとまろやかになってる、かも」
サラは答えつつ、自由の顔が真っ赤になっているのに気づいて、言葉が萎む。かなり失礼なことを言ってしまっただろうか。
「那岐先輩ったら、照れちゃってる。サラさん、可愛いもんねえ」
しかし、その心配はまた瑠璃の言葉で消えた。
そうか。本人目の前にして可愛いだの美少年だの言っているんだもん。照れるか。
平安時代の頃だったら、容赦なくぶっ飛ばされていただろうにな。
そんなところにも転生した影響が出ている。
「おい、それよりも式神だそうだな」
自由はコーヒーを一気に流し込み、何とか気持ちを落ち着けて再確認する。それにサラたちは頷いた。
「そうです。一番の古株はそのサラですよ。彼女は特殊な事情を抱えていまして、晴明様に保護されたんです」
そして青龍がそう付け加えた。
「お前が一番先輩なのか?」
それに自由は意外という表情を隠さない。
そんな自由に、やっぱり見えないですよねとサラは頭を掻くしかない。
でも、それは仕方ないのだ。純粋な妖怪で、しかもかなりの力を持っていた青龍たちと違い、サラは人間から妖怪になった存在。それも人型になれるまで、三十年ほど時間が必要だった。力が弱いのだ。
「妖怪としての格は青龍たちが上だから」
というわけで、そう付け加えておく。
今、ここで妖怪化の話をするとややこしくなるので、これは後回しだ。
「なるほどね。それで、他の四人には四神の名前が課されているというのに、お前は普通なんだな」
それに自由が納得したように頷く。
やっぱり、呪術師の目から見ると、妖力の差が歴然としているのだろう。
「でも、そういう違いがあるから、晴明様はサラを一番可愛がっていたんですよ。昔はずっと猫型だったから、ペットの代わりにしてたところもあるんじゃないかしら」
ちょっと凹むサラをフォローするように玄武が口を挟む。
「猫。そう言えば、先ほども変化していたな」
「あ、はい。私は猫又なので」
「へえ。猫又が人間に化けるまでになるのは、大変なんだろ」
「は、はい」
とっても大変でした。でも、それで晴明の役に立て、今はこうやって、生まれ変わった自由の前にいる。それだけで苦労は報われている。
「もう、サラさんったら恋する乙女だなあ」
「にゃっ」
すかさず瑠璃にからかわれて、つい猫っぽい声が出てしまうサラだ。でも、そのおかげで
「猫って納得」
自由がふふっと笑い
「やーん。可愛いっ」
瑠璃には抱きつかれることになるのだった。
数時間後。
自由たちが使う拠点のビルの一角を借り受けたサラは、そこで休憩していた。
妖怪化して随分と時間が経つが、やはり、妖気の濃くなった現代では疲れやすい。平安時代のように、定期的に休憩が必要だ。猫の姿に戻り、クッションの上で丸くなる。
「よっ」
そこに様子を見に来た青龍が声を掛けてきた。手にはコンビニで買ってきたアップルパイがある。
「どうだ? 久々に晴明と会話して」
「ん? そうねえ」
のそっと身体を起こしたサラは、ぽんっと人型に戻る。ちゃっかりアップルパイを受け取り、一口囓ってから
「やっぱり、安倍晴明と那岐自由は別人よね」
寂しさが強いかなと本音を零した。
「しばらくすれば、思い出すだろ」
サラの横に座った青龍は、今だけじゃんと首を傾げる。
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