第14話 変化

「そう考えると、生まれ変わった晴明様が、この件にがっつり絡んでいるのも納得なのよねえ」

 夕方。新しい拠点でご飯を食べながら、サラはしみじみと呟いてしまった。

「平安の頃から妖怪に対して疑問視していた男、か。晴明らしいねえ」

 その話を聞いていた玄武が、何一つ変わってないねと笑ってくれる。

 現在、この新拠点となったビルの部屋にいるのは二人だけだ。他は見張りや必要なものの調達に出てしまっている。

「まあ、そうなんだけど。でも、今の状況は本物の妖怪を捕まえて、妖怪の正当性を主張しようとしているのよね。ってことは、ううん。ややこしいわ」

「だね」

 悩むサラに対して、玄武は真剣に考えてくれない。

 まあ、昔からこういう人だ。

 お姉様キャラなのだが、頼り甲斐はない。

「サラ、あんた今、失礼なことを考えてたでしょ」

「いいえ」

「いいわよ。どうせ、青龍のように真剣に考えてないから。っていうか、あんたらが特殊よ。やっぱり、早くから晴明に出会っているからかしらねえ」

 玄武はそう言って、どこからともなくウイスキーの小瓶を取り出して口にする。

「お酒飲みすぎだよね」

「私の本性の一つはヘビだよ。お酒大好きなの」

「はあ」

 そうだったっけ?

 たまに同僚の正体が不明になってしまうが、一番謎なのがこの玄武だ。

 晴明が六十くらいの頃、とある事件で出会い、玄武は負けを認めて仕えることになったのだが、それまで何をしていたのか、どういう存在なのか、あの頃から謎だらけだった。

「身近な謎だわ」

「私をこの世界規模の謎と一緒にするな。妖怪化が起こっているのは日本だけじゃないんだろ。連鎖反応で世界中でも天変地異が起こり、妖怪化が起こっている」

「うん。まあ、西洋だと悪魔化って言っているらしいわ。文化の違いよね」

「悪魔、か。あいつらって、妖怪の種類?」

「知らない」

 サラは解らんと首を横に振り、それから、何の話をしてたんだっけと、そのまま首を傾げてしまう。

 どうにも玄武と話していると、問題の本質を見失ってしまう。

「そうだ。本物だ。じゃあ、向こうでは悪魔の本物を探しているのかなあ。天変地異の多発のせいで、世界各国の行き来や情報のやり取りが減ってるせいで、そういうの、すぐには解らなくなっちゃったからなあ」

 現代の先には、ネットが不自由になっているなんて。

 サラは思わず崩れ掛けの天井を見つめてしまう。

 相次ぐ天災は、文明を著しく後退させた。

 あちこちで起こりすぎて、人類は対処出来なくなってしまったのだ。

 建物を建て直しても、すぐに地震が来る。それは道路も同じだ。インフラを直そうにも物資がない。あっても運べない。

 自然と、手つかずのまま放置されるものが多くなる。

 サラたちがすぐに拠点とする廃ビルが見つけられるのも、そういう理由がある。

 しかも世界中で起こり始めたものだから、他国からの援助というのが受けられない。

 どこもかしこも、自国でいっぱいいっぱいなのだ。

 正直、どこもかしこも鎖国状態だ。

 ネットは今や、政治家か一部のお金持ち、権力者しか使えない。

 さらに妖怪化した人間の問題だ。

 人間が三つの分類に分かれてしまった。しかも能力差があり、妖怪化した人間が上位種のような位置取りになってしまった。

 文明の立て直しどころではない、大騒ぎの最中にまだある。

 普通の人たちの多くが、農家に転業したのも、鎖国と妖怪化の影響いえるだろう。だから、都市にいるのは自然と呪術師か妖怪化した人間になりがちだ。

 だが、その妖怪化した人間のおかげで、都市部の機能は保たれている。彼らのずば抜けた身体能力や超能力のおかげで復旧した部分があるわけだ。こうしてサラたちがご飯を食べ、必要な電気を確保出来るのも、彼らの努力のおかげだ。

 しかし、彼らがそれを他の人たちに分配していたら、復旧はもっと進んでいただろう。いや、普通の人間たちが妖怪化を否定しなければ、もっといい社会になっていただろう。

 何事も、上手くいかないものだ。

「大変だ! 妖怪どもと呪術師が大バトルを繰り広げてやがる」

 そこに朱雀から緊急を知らせる思念波が送られてきた。サラと玄武は同時に頷く。

「すぐに行くわ」

「ああ。しっかしこれ、どういうことだ?」

「えっ?」

「見りゃ解るよ。まったく、この間の那岐や鬼といい、妙なことが続くぜ」

 どうやらまた、妖怪と呪術師の間の見解の相違による争いらしい。

「早めに那岐様と合流しなきゃ駄目よね。何がどうなっているのか、全く解らないわ」

「そうね」

 猫の姿に戻ると玄武の肩に飛び乗る。同時に窓から外へと飛び出した。でも、現場に向いながら、何故こんなにも急速に状況が変わり始めたのだろうとサラは歯噛みしてしまう。

 妖怪化した人間と呪術師は、いわば犬猿の仲だったはずだ。それが、この間からニュアンスが変わってきている。それに妖怪化した側の動きも謎だ。

 彼らは今まで、人間の頂点に立つことで納得していたのではなかったか。

 なぜ、正当性なんて求めるのだろう。

「ううん」

「悩みすぎると禿げるわよ」

「なっ」

「あれじゃない?」

 思わず頭を押えたサラを笑いながら、玄武はひょいっと朱雀のいるビルの屋上に着地した。

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