時空を旅する黒猫

渋川宙

第1話 再会

 ここまで、なんと長い旅だっただろう。


「いた」

 壊れかけのビルの上から目的の人物を見下ろし、私はほっと安堵する。

 また無事に人間に転生出来たようだ。

 いや、彼にとっては再び苦難の始まりであり、喜ばしいことではないかもしれない。でも、私にとって、長い時空を生きることになった私にとって、彼がいることは唯一の支えだ。

 かつて生きていた時代の先で、こうやって再会できたことは、本当に喜ばしい。

「あいつ、また変なのに転生しているな」

 同僚の言葉に、思わず笑いそうになる。

 確かに、彼は無事に人間に転生出来ているが、いつも妙なことになっている。

 最初に出会った時は、かの有名な安倍晴明あべのせいめいだった。二度目は戦国時代、これもまた大変な身の上の人物だった。そして今は――

「呪術師集団だよな。俺たちにとっては味方だ」

 同僚、頭に二本の角を持つ彼の名は青龍。私と同じく、平安時代から安倍晴明に仕える式神の一人だ。すらっと背が高く、人型を取れるようになった今でも、私は彼のことを見上げるしかない。

「良かったな、サラ」

「にゃっ」

 いきなり良かったなと言われ、私はドキッとしてつい鳴き声を上げてしまう。

「声が猫に戻ってるぞ。尻尾も出てるし、耳も獣耳になってる。動揺しすぎだろ」

 私は口と耳をあたふたと押えつつ、もうと青龍を睨んだ。しかし、事情を総て知る青龍はにやにやと笑うだけで、謝るつもりは毛頭ないらしい。

 まあ、こういう男だ。平安時代から変わらずに。

「だって」

 元の黒猫に戻ってしまわないように気持ちを落ち着け、可愛らしい女の子の姿であることを確認して、私は青龍を睨み付ける。

「まあ、命の恩人だもんな。早く他の奴らにも知らせないと」

「うん」

 私はその言葉に大きく頷き、この時代の安倍晴明、彼に再び視線を向ける。

 今の彼は男子高校生だ。それも、この時代には困った集団に属している、グレた高校生とでもいうべきか。でも、それは彼の能力にとっては必要な行動だ。

 それだけではない。総てが終わってしまったかのようなこの世界で、異能とされる能力は、復興のために絶対に必要なのだ。

 富士山の噴火から始まった相次ぐ天災。そして、一部人間の妖怪化という謎の現象。それらを解き明かすためにも、彼がいなくてはならない。

 荒廃したこの世界を救い、元の秩序を取り戻すためには、突出した異能を持つ彼がどうしても必要だ。

 この場にいて、彼を助け、世界を元の状態に戻す。それこそが私の旅の終着点だったのだ。そう、今ならば強く自覚する。時空の彼方に放り出されたのも、総ては彼の役に立ち、この世界を救うため――

「必ず、貴方様の役に立ちますから」

 出て行くタイミングは今ではない。しかし、そう言霊にしなければ気が済まなかった。

 壮大な時空の流れに放り出され、平安時代に辿り着き、人間から妖怪の猫又になってしまって困った私の目の前にいたのは彼だった。最初は困惑した様子だった安倍晴明は、それでも、私を受け入れてくれた。

 傍にいることを許してくれた。沢山のことを教えてくれ、救ってくれた。その恩は、何度も生まれ変わった彼を助けても、返しきれるものではない。

「必ず、あなたを助けます」

 私はもう一度そう言葉にすると、他の同僚たちと合流すべく、ビルの上から素早く姿を消した。

 その姿を、実は彼が見ていたなんて気づかずに――




 ただの大学生だった早速沙羅はやみさらの運命が変わったのは、ある秋晴れの日だった。

「タイムスリップぅ!? 不可能でしょ」

 大学内の学生食堂で、沙羅は素っ頓狂な声を上げていた。すると、同級生たちは可能なんだよとにやにや笑っている。

「嘘でしょ。SF映画じゃあるまいし、別の時代に行けるわけないよね?」

 沙羅は私の常識って間違っているっけと、横にいる親友の肩を揺すった。その親友は沙羅とにやにや笑う同級生たちを見比べて困り顔だ。明らかに、どっちに付くべきかで迷っている。

「ちょっと、美香みか!」

 沙羅は我慢できずに親友の名前を大声で呼び、睨み付ける。すると、解りましたよと関口美香せきぐちみかは沙羅の味方になることを決めてくれた。

「もちろん人間は行けないわよ。行けるのは素粒子そりゅうし

「ん?」

 味方になってくれたのはいいが、解らない単語が飛び出してきた。沙羅は思い切り眉間に皺を刻む。

 素粒子とはなんぞや? いや、どこかで聞いたことはあるが、何だったっけ。

「おいおい。それでも理系かよ。知っておこうぜ、早速」

 にやにや笑っている同級生の一人、高橋悠馬たかはしゆうまが思いきり馬鹿にしてくれる。が、理系イコール理科の総てに詳しいわけではない。

「悪かったわね。どうせ私は有機化学しか解りませんよ~だ」

 化学科なんです。と、無意味に胸を張って主張しておく。すると、悠馬は胸がねえなあと失礼なことを言ってくれた。沙羅は素早くテーブルにあったおしぼりを悠馬の顔面に投げつけておく。

「ぶほっ」

 おしぼりは見事に顔面にヒット。沙羅はガッツポーズをしつつ

「セクハラ! って、それより何なの? いきなりタイムスリップが出来る機械を観に行かないかなんて」

 話題を強引に元に戻した。すると、悠馬と一緒ににやにや笑っていた川田大輔かわただいすけがようやく説明してくれた。

「物理学の実験装置だよ。めちゃくちゃ大きな機械でさ。素粒子っていう、物質の最小単位の粒子を過去に飛ばしてやろうっていう実験が出来るんだって。明日、その装置が出来たお披露目会があるんだ。うちの学生ならば誰でも参加できるんだって。それに行かないかって話」

「へえ。って、過去に行けるの?」

 そもそも論なんだけどと沙羅は確認する。すると、復活した悠馬に、お前は宇宙を知らないのかと言われた。こいつはいちいち馬鹿にしなきゃ話せないのか。

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