第33話 最終話

月曜日 レオナは

重たい心と身体を引きずって 教室までたどり着いた。


師匠が空に行ってしまった というのは本当だろうか?

理央さんの冗談なのではないだろうか?

いくら何でも そんな冗談を言うような人ではないのは判っているけれど…



「佐藤さん 佐藤レオナさん?大丈夫?」


名前を呼ばれてはっとする


「レオナさん?」


ゆかり先生が再びレオナを呼んで近づいて来る。 そしてレオナの顏を覗き込む

涙がポタリとレオナの机に落ちた。

先生の眼が心配げに揺れているのがにじむ視界越しに見えた


「すいません 大丈夫です」


「月曜日だよ 頑張ろう!」


ゆかり先生は レオナの頭をヨシヨシと撫で 教壇に戻って行った。





「サトレ どうしたの? お腹でも痛い?」


 休み時間に入ると同時に 忍が声をかけてきた

他人に干渉しない とはいえ 明らかに何事かが起きている友人となれば話は違ってくる。

心配する友人に 何と言えばいいのか と考えていると


「サトレ ローズガーデンでデートしてたって噂になってるけど?」

っと 彩羽が割って入った


デート?ナニナニ?っとクラス中が聞き耳を立てている


レオナは 毎日のように ローズガーデンへ行っていた、 誰かがレオナ達を見たのかもしれない。


 でも でも 師匠 あれはデートでしたか?


師匠 というワードを思うだけで また ぶわっと涙が出てきた。


「え?どうしたの?何があった?」


彩羽も焦ったように聞いて来た


「サトレ 朝から調子悪いんだって 保健室連れてくわ 先生に言っといて」


忍が 良く通る声で言い レオナを教室から連れ出した。



保健室で養護教諭を待ちながら 忍はレオナをぎゅっと抱きしめた


「今日は帰れば? 私に出来る事があったら いつでも言いなね」


「うん」


「サトレの荷物 取ってこようか?」


「あのね サトシ あのね … ローズガーデンで会ってたのは友達 でもね

 もう 居ないの 空にいっちゃったの …… わ たし 好きだったのに」


泣きそうになるのを必死でこらえるレオナを忍がもう一度 抱きしめた

そして ユキがしてくれたと同じくらい優しくレオナの頭を撫でながら言う


「そうかあ 好きだったんだね そうかぁ

じゃあ その人の事 言われるの辛いね そうかぁ ウン 今日は帰りな 荷物取って来るよ」



翌日も 休んだレオナが二日ぶりに学校へ行くと


「佐藤レオナが ガーデンでデートしていたというのはガセネタ。ガーデンに入院していた従兄弟のお見舞いらしい。その従兄弟のお見舞いに来る友達と一緒のこともあった」


という事になっていた。 

忍と彩羽による情報操作が上手くいき 複数名(!)居た目撃者も


「そういえば 二人似ていたわ」

「なあんだ 親戚かあ」

「二人っきりでは無かったしね」


と納得していた


そうだよねー あの大人しいサトレだもんねー デートのはずないよね~

という声もあったようだが 忍達はそれはレオナには言わないでおいた。



他人のすることには基本的に関与しない と思っていた友人たちに助けられ 

レオナは 日常を取り戻した。



取り戻した。。。というのとは 少し違うかもしれない

 

”深淵”から逃げるを第一優先に生きてきたレオナは もう”深淵”に怯えない日常を手に入れた。


”深淵”と対峙することはまだ出来ない。

けれど 悪質”深淵”を”なんとか”してやる事は出来ないだろうかと考えている。


それから 自分の”深淵”に入っている”やること”って何だろうと考える、師匠と出会う事 は入っていたんだろうとも思っている。


他に”やること”、”やらなくてはならないこと” それから”やりたいこと”って何だろう? 



**



10月最初の日 レオナは久しぶりにガーデンへ行った。

”ローズガーデンでは10月ころからが秋の薔薇のシーズンです ぜひ 見に来てください”

自由研究の最後に書いた ボランティアさんの言葉を思い出すが 残念ながらまだバラは殆ど咲いていなかった。


「残念…」


あまり残念そうでもなく呟くレオナの目の端に 黒い物が転がって来る! 深淵? っと ポケットに手をやりながら近づいて確認すると 園芸ポットだった。


それを拾い上げたレオナは思い出し笑いをする。

 

前の時は理央が拾い上げたね。

ソラと手をつなぐトキ可愛かったね 二人とも。


誰も居ないテラスを通り カフェで買うのは温かいミルクティ


テラスのいつもの席へ座ったら いつものメンバーが集まる。

ナンテハズ ナイ 


テラスで 一人サンドイッチを広げる 

母親に頼んで作ってもらったいつものサンドイッチ

ユキとの会話がよみがえり、ユキの姿が再現される。


「どうぞお召し上がりください。僕はもう済ませてきちゃったからね」

「師匠が召し上がらないのに かたじけない」


師匠はいつも「僕は済ませてきた」って言ってたなあ



「おねーさんのサンドイッチ 綺麗ですね ここで売ってるんですか?」


前を通りかかった少年に突然 尋ねられビクリと肩が上がる。

ユキの事を考えていて人が来る事に気が付かなかった。

 

「あ これは違います」

顏をあげると どこかで見たことがあるような顔だ。

薄いグレンチェックのシャツは錬心の中等部のシャツだ 学校で会った事がある子だろうか?

視覚情報と記憶力には自信があるはずだが 学校では見覚えのない顏だ…


「驚かせてスイマセン ありがとうございました」

軽く頭を下げて 少年はカフェに入って行った。


少年を見送り バラ園に目を戻すと ひょろりとしたメガネをかけた人物が目に入る

理央だ!


「レオナちゃん はろー お久しぶり」


理央はレオナが居る事に驚く素振りも無く レオナに手を振りカフェに入って行く 入れ替わりに先ほどの少年と その母親らしい女性が出てきた。

レオナと目が合った少年は 軽く目礼して去って行った。


なんかソラっぽい ソラが真面目になったらあんな感じになりそうだ



カップを持った理央が レオナの隣に座る

「お サンドイッチ美味しそうじゃん」

「一つ いかがですか?」

「いいの? イタダキマース」


「あ!ここで 誰かとサンドイッチ食べるの初めてです。」


なんで?という顔を一瞬した理央はすぐに納得したようで頷いた


「あれ?理央さん 髪切ったんですね 三つ編みも切っちゃったんですね?」

「そう もう ソラ達もユキも居なくなっちゃったからね 要らなくなっちゃった」


「ふーん? それで 今日は理央さんどうしたんですか?」

「え? 深淵研究会の会合じゃんね?」

「あれは 師匠がお休みの間は休会です」


言いながらまた 涙が出てきたから 慌ててお手拭きで目を拭う


「はいこれ ユキの家族から預かって来た。」


顏をあげたレオナに理央から 1冊のレポート用紙が渡される


「俺も知らなかったんだけど、ユキ最後の方は あっちのホスピス棟に居たんだって。引き上げた荷物をご家族が整理してたらこのレポート用紙にTO Leone ってあるから レオナって友達知らないかって俺に話が来て で 今に至る。

ちなみに 俺には何もなし 」


レオナはレポート用紙を受け取りながら 理央の言葉が理解できないでいた。


”俺には何もなし”は いつもの事だけど…

”最後の方は” ってなんだろう?

”あっちのホスピス棟” って ローズガーデンの奥にあるホスピス棟だろうか?


聞きたい事が沢山あるような気がするが あまりにもありすぎてどこから聞いたらいいのかわからない 


一周回って冷静 というか ぼんやり してしまったレオナは 機械的に目の前にあるサンドイッチを口に入れた。


咀嚼しながら考えて とりあえず先ず、一つ聞いてみようと、サンドイッチを食べ終えたレオナは ミルクティーを一口飲んで問いかけた


「理央さん 師匠のフルネームって何ですか?」


コーヒーを飲んでいた理央が コーヒーの中に何が入っていましたか?と聞きたいような 何とも言えない顏になった


「え?なんで?知らないの?」

「はあ ユウキさんって苗字しか?」

「苗字???? 苗字は月見里(やまなし)、ユキは 月見里有希(やまなし ゆき) だよ」

「え? え???? 結城(ゆうき)さん ではないんですか?」


 理央が笑おうかどうか考えている顏になって 空中に話しかけた


「おいユキ! 聞いてる? レオナちゃんお前の名前さえ知らなかってさ 流石 お前の弟子だねえ!」


「そこに師匠はいません! いつだって 理央さんが見ているのは明後日です」

 

レオナは椅子の上に置きっぱなしになっていた 園芸ポットを手に取った。

「頂戴」と手を出す理央に渡す前に その穴から理央を覗いてやった


まるい景色の中が 小さいシャボン玉でいっぱいになって その向うに理央が見えた


師匠だ!!!

師匠が光になって帰って来た 

そうだ そう言っていた 風と光になって帰って来るって


「師匠が帰ってきてます 今 理央さんの周りにいます! 

師匠!師匠!!師匠!!!」


園芸ポットを放り出して シャボン玉ごと 理央に抱き着いた。


突然の事に目を白黒させている理央


その二人の横のテーブルの上 放置された園芸ポットの隣で、レポート用紙の表紙が風もないのに捲れた

そこには 急いで書いたようなユキの大きな字が見える

いつか レオナに話をしようと思ってのメモだったのだろうか



TO Leone

幸せに

 ・なれ 

 ・しろ

 ・させろ







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