第18話 7月第三土曜日
7月下旬、日中に外に出るのは勇気がいる暑さだ。にもかかわらず レオナは今日もガーデンに向かう。
いつもの麦わら帽子を被って 従姉のおさがりの、祖母の作ったという白いワンピース。その右のポケットには桜塩スティックとユキのミニボトル 左のポケットにはいつものリングノート。それから 鞄の中にはお弁当と宿題とユキと理央へのお土産のお饅頭などなど…
「おねーさん お久しぶり!」
待ち合わせをしたわけでもないのにガーデンの門では深淵連れのソラと手をつないだトキがいて 当然の様に声をかけてきた。
「夏バラの有るところ見つけたから来て!」
トキと手をつないで先に行くソラの後を追ってバラ園へ入る。
二人が探しておいてくれた夏バラを咲いているバラの品種名が入るようにして写真を撮る。
バラの少ない季節に写真を撮っている学生が珍しいのか 声をかけてきたボランティアのオバサンと少し話をする。ついでに 夏バラの手入れを教えてくれたので それもメモする。
その間 ソラとトキは退屈して オバサンの中を透り抜けて遊んだりするので レオナは内心ドギマギする。
おしゃべり好きらしいオバサンと話をしていると 奥の方からユキが歩いて来た。レオナ達に小さく手を振って オバサンには頭を下げる
「あら~カレシさん? 今はバラは少ないけどゆっくり見て行ってね~ オホホ」
と意味不明の笑いを残してオバサンが去って行く。
カレシですかあ 実はもう二人 ここに子供が居るんですけどね っと心の中でレオナはつぶやく。
ユキは”カレシさん”と言われてちょっと肩を竦める。
「すいませんね~ 二人っきりじゃなくって」
ソラが冷やかすように言うと 同じ言葉をトキが無表情で真似をして言った
「すみませんねえ ふたりきりじゃなくて」
反応に困って レオナとユキは顏を見合わせた。
**
今日は 図書室には行かずにそのままテラスへ行く アイスティを買って いつもの席へ ユキはいつものように済ませてきた というので これもいつものようにレオナだけがお弁当を開く
トキが サンドイッチを珍しそうに見るので 食べられるか挑戦してみるが、ソラと同じようにサンドイッチに触ることも出来ない。ごめんねっと謝って レオナだけが食べる。
食べるのが遅いはずのレオナだが 夏休みに入ってからずいぶん早く食べるようになった気がする。いい事なのか分からないけれど…
「おねーさんのサンドイッチ 綺麗だし、 食べてる顔 嬉しそうだから 見ていて楽しい」
とソラは言ってくれるし トキも
「みていて たのしい」
と言ってくれる。
レオナとしても 家で一人で食べるのも寂しいので お言葉に甘えて一人で食させて頂く事にしている。 まあ トキがジーっと見つめてくるのは若干落ち着かないが…
食べながら 好きな食べ物の話をする
”あの門のあたりをグルグル回っていた”というソラよりも 文字通りに風まかせで何十年も彷徨っていたトキは意外にも物知りで
「タピオカはきもちわるい けど ももいろのマカロンはかわいい」
とか
「パンケーキはかあちゃんもつくってくれた」
とか 無表情ながら沢山 語ってくれ、レオナが抹茶のマカロンが好きだと言ったら 緑いろも綺麗だと同意してくれた。
美味しい物や 綺麗な物の話をして レオナとトキは一気に打ち解けた。が ソラとユキは揃って呆れたような視線を二人に送っていた。
**
「ユキ いいもの 持ってきた」
理央が大きな紙の束を持ってきた。模造紙半分を1枚にした 手作りの紙芝居
「うわあ これ 紙芝居ですか? あおいとり? 青い鳥!」
「そうそう 前にさぁ、俺とユキで作ったの 子供たち相手のイベントに使うヤツ 絵が美しいでしょ? 俺が下書きして、小学生が仕上げたの ユキは絵が下手くそだから台本作成したんだよな ほい!」
厚紙で表紙を作った台本を鞄から取り出して 紙芝居の横に置く。
そして そこにあった椅子に足を少し広めに開いて 両手を手のひらを上にして座る。まるで 誰かを抱きしめようと待っているように… そして 何もない空間を見て優しい声で言った
「ソラ おいで!」
理央の後ろに居たソラが慌てて 理央の膝の間に飛び込むと それが分かったかの様にソラを抱きしめる。といっても はやり理央の手はソラを突き抜けてしまうけれど
理央がチラリとユキを見るとユキが頷いた。
「久しぶり ソラ イイコにしてたね?」
呼びかけられて ソラは嬉しそうに笑って頷く ユキも頷くのを見て今度はトキに呼びかける
「トキ 初めましてだね おいで」
ソラがトキを連れてきて 背中を押すようにしてトキを理央の膝の中に押し入れる
「僕とも仲良くしてね」
と言ってやはり 視えないはずのトキを抱きしめる。
「理央 視えないとは思えないよなあ 僕よりよっぽど彼らに慕われてるよ」
ユキが呆れたように言ってからちょっと笑った。 レオナも 失礼ながらその通りだと小さく頷く
ユキは 面倒見がよいし 優しいのに表情が乏しいからか冷たい印象がある。それだけに レオナはユキの笑った顔が好きだ。
「それで トキはどんな子なの?」
「5歳のとっても可愛らしい子です 長めのボブで 白いワンピースを着ています」
「あれ?今日のレオナちゃんみたいな服かな?」
理央がレオナの服とトキの服が似ているのかと指摘してくれた事がレオナは嬉しい。
カフェでコーヒーを買って来た理央は紙芝居の順番を確かめる
「ソラやトキが喜ぶかなと思って持ってきたんだ。 はい こっちが台本。ユキがチルチル、レオナちゃんがミチル あとは俺が読むからさ」
理央が紙芝居劇場を上演する状況を作り上げているのに レオナは気が付かず レポート用紙3枚にまとめられた台本をパラパラと見て言う
「ずいぶん 短いですね?」
「うん 観客も演者も子供たちだからね 短くないと飽きちゃうんだよね。 でも、ユキのおすすめの 思い出の国 と 未来の国 は必須だよ。他の国は夜の国以外は”他にも沢山の国を旅しました” で まとめられちゃってるけどね。……始めるよ!ソラとトキ、居る?」
レオナが頷くと 理央がテーブルに1枚目を広げて、台本を読み始めた
「あるところに チルチルとミチル という兄妹が住んでいました。。。」
兄妹は 思い出の国 夜の国 未来の国 へ 青い鳥を探しに行く。
思い出の国で 死んだ祖父母や弟妹に会い 夜の国で夜の女王に会い 未来の国では
病気を持って生まれるという弟に会う。しかし 青い鳥は見つかっても色が変わって死んでしまったりして つかまらない。最後に二人は 自分の家で目を覚ます。
「おにいちゃん 見て! うちの鳥かごの鳥 青い鳥だわ!」
と レオナが頑張って作った作り声で物語は終わった。
人前(?)で 声を出すなど記憶にある限りでは初めてだが 間違えずに読めたことにほっとして ソラを見ると意外なことに真剣な顔で見ていた。
トキは?とみると無表情のまま パチパチと手をたたき
「おもしろかった もういっかい!」
「OK! もう一回ね! OK]
理央が さっさと紙芝居の順番を整え、今度は二人に見やすいように椅子に紙芝居を立てかけて調整しはじめた。
主演声優?のユキやレオナにはお構い無しのその様子に、レオナがユキを見ると”しょうがないなあ”という顔をレオナに向けた。
この二人はいつでも こんな感じなのだろう。
「もういっかい! もういっかい! もういっかい!」
無表情に言う トキにせがまれて 5回目の上演が終わった。
パチパチと複数の拍手の音がした
いつのまにか ”ガーデンカフェの紙芝居劇場”に 何組かの親子が集まって観劇してくれていた。
理央がおどけて レオナの右手を取り ユキとレオナに手つなぐように目で促す ユキが「理央!」っと小声を飛ばしながらも レオナと手をつなぐ
カーテンコールの様につないだ手を挙げてから 大きく一礼する
顏を上げたレオナの眼に キラキラと眩しいシャボン玉と 毛並みの良い黒い毛玉(?)が花壇の縁に丸まっているのが見えた。ユキを振り仰ぐとユキも驚いたような顔をしていた。
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