☆【3】修來

千鶴が塔から出ていこうとする

修來が引きとめる


「お考えは変わりませんか」

「ええ。もう決めたこと」

「……あなたがいなければ、ここは」

「私に出来ることは、全てあなたに教えました。火燦があなたの後を継いでくれれば、いつまででも降魔の志が伝わってゆくことでしょう」

「私では、あなたの力になれませんか?」

「あなたは真に心の美しい方です。ですから、私もはっきり云いましょう」


「私が求めているのは、私とともに長い時を過ごして下さる方です」

「私は……あなたを」

「存じております」

「では、私は、あなたの心には適わなかったということですね」

 修來は努めて明るい調子で云った。

「ごめんなさい」

「いいえ。――いえ」

「あなたがこの身を望むのなら、いくらでもあなたに差し上げます。所詮かりそめの姿でしかないのですから」

「いいえ。お言葉だけで充分です」

「火燦はあなたのことを愛しています。あなたが彼女の力を受け止められるのなら、どうかあの子を愛してあげて」

「残酷な人だな。あなたは」

「私の本質は抜き身の刀。あなたの鞘には、収まりようがありません」


「修來」

「……何ですか?」

「あなたが私の家の扉を叩いた雨の夜から、私はあなたを息子のように愛していたのよ。きっと、信じてはもらえないでしょうけれど」

「いいえ!」


「知っていました……。僕は愛されていた」



「あの時、僕はあなたの魔法にかかってしまったんです。あなたは今よりずっとお年を召していた。でも、髪の色は今と同じ黒でした。透き通るような白い肌をして――」


「あなたが困った時、いつでも私を呼びなさい。私はどこからでも駆けつけるでしょう」

「分かっています。あなたはそういう人だ」

「さようなら。もうここには来ません。あなたが私を呼んで下さらない限りは」

「呼びますよ。毎日毎夜でも呼びたいくらいです」

「それは困るわ」

 千鶴は目を伏せて笑う。


「僕は、あなたが欲しかった」

「……」

「今の地位も、富も何もかも捨てて、それであなたが手に入れられるなら……」

「私は物ではないわ。修來」

「すみません」

「あなたは長い修練の日々を経て、ようやく独り立ちしたのよ。私の助けなど、あなたの誇りを傷つけるだけのものでしかない」


「雨の夜にずぶ濡れで泣いていた、ただの孤児です。僕は何も変わっちゃいない」

「いいえ。あなたは変わった」


「これからも変わってゆく。毎年、毎日、毎秒――今この瞬間にも」

「はい」

「逢えなくなるのは淋しいけれど、私はもう行かなくてはならないの。元々、この場所に長く留まるつもりはなかったのよ」

「では、なぜ今までここに?」

「この地は私にとって方角が良かった。地脈の流れ方もね。それに賭けていたのだけれど……」


「無駄足だったのかも知れない」

 ふと顔を伏せる。長い睫毛が千鶴の頬に影を落とした。

「永遠とは、死んでいることと殆ど変わらないということが、よく分かったわ。ここ数年は、特にね」

「千鶴様」


「どうしたの?」

「私は必ず民の為に力を尽くします。だからあなたも、どうか私に逢いに来て下さい」

「いいわ。来ます。その頃には、火燦も私の秘密を知ることになるでしょうよ」

「是非そうして下さい」



若い降魔師たちの会話

「千鶴、飛ばされるらしいよ」

「どこに?」


「分からない。他国かも。巡礼させられるんじゃない?」

「かわいそうに。もう生きては帰ってこれないんじゃないか? 神宮の祭主様には、大分前から目をつけられてたからな」

「神官たちが、枢密院の議長に頼み込んだんじゃないかって噂もあるけど」

「でも、これで……」


「せいせいしたよな」

「あいつ、降魔博士にはならないよね? あたし、これ以上あいつにでかい面されるの嫌だよ」

「博士どころか、次の降魔主はあいつだって聞いたよ」

「うそ! 雲雀様が逝去されてから、ずっと空位だったのに」

「雲雀様は良かったよねえ。優しくて」



雲雀=千鶴なので(盛大なネタバレ)、上の会話は、実はとてもおかしなことを言っている

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