第48話 花ゴブリンの森(再)①
「ふえっふえっふえっ……」
ゴールド・レトリバーは洞窟の中に入るとほくそ笑む。
Fランクとはいえ、あの少年は冒険者。
これまで冒険者の力を甘く見て痛い目にあったことも、ゴブリンと間違えられ斬り殺されそうになったこともある。
だからこそ、ワシは油断しない。
花ゴブリンの森は、いまやワシのテリトリー。絶対不可侵の領域である。
冒険者ギルドに立ち寄る前、ワシは『花ゴブリンの森』に棲息する花ゴブリンすべてを目の届く範囲に閉じ込めた。
それはなぜか、花ゴブリンでは冒険者の相手をするのに不適格だからだ。
花ゴブリンは『癒され草』に生気を吸われている。
その状態で戦闘のプロフェッショナルである冒険者と戦って勝てる訳がない。
冒険者ギルドの受付嬢はあの少年のことを『花ゴブリンの森で数多くの「癒され草」そして「癒し草」を納品した有望な冒険者』と称していた。
つまり、花ゴブリンでは、相手にもならないということだ。
まあ、冒険者ギルドに依頼をかける時点で、その可能性は考慮していた。
この森に複数存在する花ゴブリンの集落。
いまそこには、花ゴブリンの代わりに、花フォレストベアーを配置してある。
花フォレストベアーは、この森最強のモンスター。多少、『癒し草』に生気を吸われているが問題はない。
『癒草』は、苗床のストレスに対して過敏に反応する。
つまり、苗床のストレス度合いに応じて、花に甘い蜜を貯めるのだ。
そして、極度のストレスを受け育った『癒草』には、通常ではあり得ない生命力の蜜が宿る。
何度となく人間を『癒草』の苗床にしてきたワシだからこそわかるギリギリのライン……。人間は脆く儚い……。ちょっとしたストレスを与えただけで簡単に壊れてしまう。
しかし、ワシはその道のプロフェッショナル。
数々の人間に『癒草』の種子を仕込み、多くの人間を廃人に追い込んできた。
どの位のストレスを人間に与えれば、『癒草』にとって最適なストレスを与えることができるのか既に実証済。
夫や妻、恋人が死んでしまった時。
親族や親しい友人が死んでしまった時。
そして、自分が死ぬかもしれない。そう感じている時。
人は死を身近に感じる時、そのストレス値が高くなる。
「楽しみじゃのぉ……。ふえっふえっふえっ」
あの少年の頭に咲く『癒草』。
その花を毟り、口に運ぶその瞬間が、いま、とてつもなく待ち遠しい。
「さて、そのためにも、あの少年には花フォレストベアーによって死なない程度の絶望感を味わってもらわなければ……」
既に花ゴブリンの集落には、花フォレストベアーを配置してある。
後は、花フォレストベアーが、あの少年を死なない程度に痛めつけ、こちらに連れてくるのを待つだけ……。
あの少年には、花フォレストベアーの討伐実績もあるようだが、集落単位でそれが現れてはどうしようもない筈だ。
「ふえっふえっふえっ」
これでまたワシの寿命が延びる。
若い人間一体につき約十年か。
ああ、楽しみじゃ……。
欲に駆られた人間一体で、ワシの寿命が十年延びるなら安いもの。
それに、このワシが花ゴブリンの森を支配しているからこそ、『癒され草』や『癒し草』、『癒草』が町にも供給されている。
『癒草』の供給がなくなって困るのは、町に住む住民だ。
誰も、このワシに逆らうことはできない。
「ふえっふえっふえっ」
そう笑みを浮かべると、ワシは笑みを浮かべた。
◇◆◇
その頃、花ゴブリンの森に放たれたドイチェスピッツのポメちゃんは……。
「ハッハッハッ!(集落がある! こんな所に集落がある!)」
花ゴブリン……ではなく、花フォレストベアーの住む集落を発見し、目を輝かせていた。
近くの木で爪を砥ぎ、砥いだ爪に舌を這わせる。
そして、「ワオーン!」と遠吠えすると、頭に花を咲かせた黒い熊こと、花フォレストベアーが姿を現した。
「グルルルルッ……」
頭に花を咲かせて、相変わらず間抜けな姿だ。見ているだけで切り裂きたくなってくる。
「ガルルルルッ……」
そう威嚇すると、集落から次々と花フォレストベアーが姿を現した。
一対一では不利だと悟ったのだろう。
しかし、これでも足りない。
対等に勝負したいと思うなら、最低でも、武器を持ち、防具で身を固めた花フォレストベアー百体はいないと……。
まあいいか。
これから始まるのは一方的な狩り。
遊ぶには少し物足りないけど、花ゴブリンより遥かにマシだ。
あれは脆すぎて遊んでいる気にもならない。
後ろ足に力を込めると、全身を奮い立たせ集落に向かって跳躍する。
「ワォオオオオーン!(お前の血は何色だぁぁぁぁ!)」
そして、着地と共に遠吠えを上げると、普段、ポメちゃんと呼ばれているドイチェスピッツは戯れる様にその爪を花フォレストベアーに向けた。
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