第3話
幻の十字キーを打て!(1)
それはまさに青天の霹靂。あすく曰くスプリング・ハズ・カムだった。
事の起こりは日曜日。
夏の青々とした日本晴れということもあり、地方都市・
国道沿いの複合施設は云わずもがな、一流家具店や一級家電量販店、良心価格がウリの世界的衣料品店などが軒を連ね、御美玉市民の生活の一助として賑わいを見せている。
そこへもってA級エンタメ会社が運営するゲームセンターに、お馴染みの面々は繰り出していた。
通称ギタドラ。いわゆる音ゲーと呼ばれるエレキギターとドラムセットを模した『ギターブレークス』で、
「まさかおまえにも得意なゲームがあったなんてな」
このテクニックに思わず本音が漏れる
対するあすくは当然のごとくドヤ顔だ。
「まあね。ギターの演奏にはちょっぴり自信があるんだ。おじさんが大昔の軽音楽アニメに影響されて買ってしまったエレキギターをもらって、練習してるからね」
照明で光る伊達眼鏡を押し上げ、口をねじ曲げる。興奮すると口を歪めるクセを、これでもかと繰り出しながら。
「へえ~、あっくんにも取り柄があったんだね~。意外すぎて、ビックリするよりムカつく~」
「どうだ別斗。いかに優れたゲーマーでも、音痴のおまえには音ゲーはできまい」
「バーロー、おれのゲーマー魂を舐めんなよ。『太鼓の鉄人』はダメだけど、『ギターブレークス』ならそこそこやれるぜ?」
「ほう。ならば、なんでさっきから見てるだけでプレイしないんだ?」
「いや、実はおれのギタープレイはちょっと特殊でな……」
「特殊ってなんだよ。まさか裏のプロゲーマーみたいな裏技でもあるってのか?」
「持ち方っていうか、弾き方が……」
「はあ?」
などというやりとりをしている最中だった。
「あのー、一緒にゲームしてくれませんか?」
大音量流れるゲームフロア内において、あまりにか細い声。別斗は最初、話しかけられていることに気がつかなかったほどだ。
「私と一緒にゲームしてほしいんです」
振り返って、別斗は度肝を抜かれた。そこに立っていたのは地方都市ではちょっとやそっとでお目にかかれない、洗練された美女。しかもその格好たるや健全な高校生男子にはあまりに誘惑の色濃い、露出の多いコーデである。
「うひょおおおお! おねえさん、もしかしてぼくたちに云ってます?」
あすく、秒でサル化。思考回路はショート寸前、目線は見事に魅惑の渓谷を開発するパイパイに釘付けだった。
「そうよ、君たちにお願いしているの」
「キタコレ! いやあ、あなたは見る目がありますね。臭気渦巻くゲーオタ溢れる休日のゲーセンで、ぼくたちに目をつけるなんて。グリフィンドールに10点!」
よもやの展開に鼻息を荒くするあすく、
「とうとうぼくにも巡ってきたぞ。見ろ、この身体中(下半身)をほとばしる諸々のなにか!」
そんな友人はドン引き意外の何者でもなかったが、その実、心の奥底では別斗もまんざらではない気概を灯していた。
「普段はこういうとこには来ないんすか?」
「昔はよく来てたのよ。こう見えても無類のゲーム好きなの。でも、今日は本当にひさしぶりだからわからなくって」
「いいですともいいですとも。このゲームセンターあらし・あすくに任せてください」
「良かったあ。こういうところひさしぶりだから」
女性は本当に嬉しそうだ。その様子を鑑みるに、装いから受ける印象よりも若いんじゃないかと別斗は思った。
「なんでおれらなんすか?」
そんな想像をおくびにも出さず、別斗は率直に浮かんだ疑問を口にする。
「いいじゃないか。きっとぼくのギターテクに只者じゃないオーラを感じたんだよ」
「そうね。あなたたちならゲームに詳しそうだし、なにより楽しそう」
「やっとぼくにも学生生活における諸々の運が向いてきたんじゃないか?」
興奮しすぎだろ。別斗の冷ややかなツッコミも、あすくの耳には届いていない。
「おい、あんまりイキリすぎんなよ」
「まあいいんじゃな~い。まさかこんな場所でラッセンの絵を売り込むとは思えないし」
まるで自分のターンが回ってきたかのごとく一気呵成になるあすくをたしなめつつ、別斗とジャレ子は顔を見合わせて苦笑いする。
そんな心配など露知らず、あすくは空気を読む配慮を完全に欠如した有り様で、女性をクレーンゲームのコーナーに引っ張り込もうとしている。うーんと渋面で唸る女性。
「私がやりたいゲームはこういうのじゃないのよね」
「え、こういうゲームじゃなかったらどんなゲームですか?」
「普通のゲームよ。ボタンを押したりレバーを操作したり」
「ああ、ビデオゲームのコーナーなら向こうですよ」
メダルゲームコーナーを横切り、女性をビデオゲームの〈島〉まで案内する一行。
しかし、女性はご所望のビデオゲームを前にしても曇った表情を浮かべている。
「あれ、これでもなかったですか?」
あすくが不思議そうに目を丸くすると、女性は眉を寄せ上げて、
「いいえ、これで合ってるんだけど……」
「だけど、どうかしたんですか。やり方ですか? やり方だったらこのぼくが責任と熱意をもってレクチャーしますよ」
「そうじゃなくって、私が知ってるタイトルがないなあと思って……。やっぱり『ゼビルス』とか『デライアス』とか『破壊村』とか、いまどき置いてないわよね」
ぽかんとするあすくに代わって、この言葉に反応したのは別斗だった。
「おねえさん、もしかして『レトロゲー』好きなんすか?」
別斗はわかりやすすぎた。俄然スイッチが入り、興奮気味に1オクターブ声が上擦ってしまう。
「レトロゲーっていうのかしら? ファニコンでもよくプレイしたのよ」
「申し訳ないっすけど、もう時代遅れっすね。周回遅れもいいところっす」
「そうなんだあ。実は私って機械オンチっていうか、ネットとか知らなくて。恥ずかしい話なんだけど、スマホも使いこなせないのよ」
「スマホも~? じゃあもしかしてガラケーなんですか~?」
現代っ子・ジャレ子、心底信じられないといった具合いのリアクション。女性はバッグからそのガラケーを取り出し、
「そうよ。スライド式ケータイ」
一世を風靡したそのガジェットを、慣れた手つきで開閉させる。
「うはあ、ほんとだあ~。別斗と一緒じゃ~ん」
「あら、君もガラケーなの?」
「おれのはパカパカっすけど」
「君くらいの年頃だと、肩身の狭い思いしない?」
「気にしないっすよ。おれもネットとかスマホゲームとか興味ないし、古いゲームの方が魅力を感じますね」
「私と一緒ね。こんなことを云うと懐古主義とか思い出補正とかからかわれるけど、本当のことだからどうしようもないのよね」
「めっちゃわかります。今のゲームは画もキレイだし迫力も実写並みですけど、面白さって観点はそれだけじゃないんすよ」
「君、なかなか話せるわね。もしかして、自宅に昔の本体(ゲームハード)持ってるの?」
「ありますよ。ファニコンのカセット(ソフト)も全部あります」
「うそ、全部? ファニコンのカセットって1000タイトルちょっとあるわよ?」
「よく知ってますね。ありますよ、全部」
「へー、一度君の家に遊びに行きたいわあ」
女性はバッグへしまったケータイをふたたび取り出すと、
「もしよかったらメル友にならない? LINEとかツイッターなんて無理だから、メル友」
「ぜんぜんいいっすよ。むしろ嬉しいっす」
「んじゃケータイ出して、赤外線で交換しよ。私は
「荒巻別斗っす」
荒巻別斗くん、ね。女性は親指を駆使し、高速で〈トグル入力〉する。
「ありがと。今度またゆっくり遊びましょ。今日はもうちょっと見て回ったら退散することにするわ」
「そうですか。じゃあ次に会ったらアスカさんにふさわしいところに案内するっすよ」
「え、なになに、すごい楽しみだわ。期待して待ってるわね」
最後に女性は『じゃあまたね』と云って手を挙げた。ダンスを踊るゲームで、誰か上手いプレイヤーがいるのだろう。ちょっとした人だかりができていて、その間隙を縫うように女性は去って行った。
ケータイの電話帳にさきほどの女性、星野アスカのメアドを登録する別斗。後方では、やや空気と化していたジャレ子とあすくが、じっとりとした目線でもって〈独り勝ち〉した友人の背中を睨めつけている。
「ちょっと、別斗。な~にひとりで盛り上がっちゃってんの~?」
「ああ、わりーわりー。昔のゲームって聞いたらつい、な」
「ま、別斗のレトロゲーム好きが筋金入りなのはわかるけど~」
「おい、別斗。ちょっとはぼくにも花を持たせてくれよ。完全にぼくのターンだったじゃないか、まったく。しれっとデートの約束までして」
あすくは心底悔しそうに口をねじり上げる。
「それで、どうするんだ。あのおねえさんとの関係、これだけで終わらせるつもりはないんだろ?」
「バカじゃん、本気にして~。あんたたちみたいな高校生が相手されるわけないじゃん。それにこれは私の勘だけど、あのひと絶対性格悪いよ~」
「バーロー。おまえら勝手に先走ってんなよ。おれはな、別に妙な期待してメアド交換したんじゃねえんだ。ただ同じゲーム仲間としてお互いに見識を高めようと――」
「――とかなんとか云って、顔がニヤけてるんですけど~。あ~あ、な~んかつまんなくなっちゃった。ねえ、もうゲームやめてモス食べに行こうよ~」
オーソドックスにヤキモチを焼くジャレ子に押し切られる形になって、3人はファストフード店へ向かうことにした。
駐輪場で自転車の鍵をはずし、国道を挟んだ向かい側にあるハンバーガーショップへ転がして歩く。
「なあ、別斗。もしあのおねえさんとマジで遊びに行くことになったらぼくも誘ってくれよ」
あすくはまだ云っている。
「気が早えよ。それにジャレ子の云うように、あんな年上のおねえさんが本気で相手してくれるわけねえだろ」
「おまえみたいな陽キャにはわからんかもしれんが、ぼくらみたいな底辺層の男ってのは〈からかい〉にすら手が届かないんだぞ。破れてもいいから夢を見たいんだよ。わかる?」
半ばあおるような口調で云うと、あすくは「それに」ともったいぶった印象で付け加えた。
「パイパイもなかなかのもんだったぞ。別斗、まさかあれに気づかないおまえではないだろ」
別斗はやれやれと指で前髪の生え際を掻く。
「おじさんも云うくらいだからなあ。パイパイと冷蔵庫はデカいに越したことはないって」
「まあ落ち着け。今回は〈遊んでたらたまたま女子に話しかけられたレベルの話〉くらいに受け取っとけよ。都合のいい妄想はやめとけ」
「あれが〈たまたまの出来事〉で済むんだからいいよな」
これだから陽キャは。あすくの舌は滑らかだ。
そんなあすくの肩をぽんっと叩き、別斗は諭すように話題の幕を引いた。それからはジャレ子の機嫌を伺いつつ、高校生らしい日常会話を繰り広げながら日曜を満喫していた。
しかし、別斗の云う〈都合のいい妄想〉は現実にやってきた。しかも思ったよりも早く、なんと翌日の月曜日に。
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