第28話 妖狐
「急にレベルを上げて欲しいなんて言うから、てっきりトウヤのレベルだと思ったよ」
俺たちの前では、抜き身のポン刀をぶら下げたエマが血にまみれている。
相手の血液をかぶれば、それだけでHPが回復するパッシブアビリティを持っているのだ。
しかも操る血液で相手のガードを無理やりにこじ開けて、装備もないのに霧化によって受ける物理ダメージは半減する。
そして、ノアも素手の相打ちカウンターで敵に魔法ダメージを与えている。
攻撃を受けても、のけ反りが発生しないので、無理に攻撃を当てにいけるのだ。
MPもなく、自己修復でゴリゴリHPが勝手に回復する。
距離を取っても近接でも戦える、オールレンジアタッカーである。
「覚えて欲しいアビリティがあるんだよ」
「トウヤがいたら邪神ロキも裸足で逃げだしそうだよね。訳がわからな過ぎておかしくなりそうだもん。それでどうして回復魔法は使っちゃいけないのかな」
「必要ないからな」
本当は回復魔法でエマがダメージを受けるからなのだがそれは言えない。
「こんな小娘と引き合わせるのだから、トウヤも人が悪い」
エマにとって一番恐ろしい存在が聖女ということになる。
「まさか、この二人が新しい恋人だとか言わないよね。さすがに軽蔑するよ」
「ほう、よくわかったな。恋人というよりは体を貸してやるだけの関係だがな」
「やめろ。そんなのはいらないって言っただろ!」
「か、体を貸す??」
「男は体に毒が溜まると聞く。それを定期的に出さねばならんのだ」
「ふーん、そういうことなんだね」
「違うわ! ただの部活の先輩だよ。頭がおかしいだけなんだ。そんな目で俺を見るな」
「それで部活の先輩と29階に来てるんだ」
「普段はここでレベル上げしてるからな」
「そんなところに私を連れてきてどうしたいのかな。もしかして自分の女を世話してやろう的なやつなのかな。私はそんなのいらないよ」
「ほう、そんな関係だったか。トウヤは女に困っていなかったのだな。どうりで私になびかないわけだ」
「もういいよ。黙ってレベル上げしてくれ」
「彼氏ヅラかな」
「そんなんじゃないって」
「犬も食わぬぞ」
メテオがあるので、アンナプルナも戦力になる。
このダンジョンは四次職の中盤くらいまなら、ジョブ経験値も得ることができる。
ユニークジョブならジョブレベル7か8くらいまではいけるはずだ。
レベルだけはどんなに頑張っても38くらいで止まってしまう。
だから俺もエマも経験値はもう得られていない。
そのぶん二人が経験値を吸ってくれるので簡単にレベルが上がってくれた。
「なにをさせたいのか知らないけど、また経験値を貢がせたとか言われちゃうんだからね」
「べつに言われてもいいだろ」
「それにしてもトウヤは凄いスピードで敵を倒すのだな」
「本当だよ。私も初めて本気でやってるの見たけど、絶対におかしいよ」
メインタンクは一応エマであり、俺が後ろから将軍のコンボを入れると、サイクロプスさえ簡単に倒せる。
剣での攻撃はすべてエマのHPを回復させるから、回復にも困らない。
一応エマにも剣を練習させているが、素手でも血を浴びる効果はある。
装備代があまりかからないのが、この二人のメリットだ。
そのまま練習のためにボスを倒していたらホーリーのスキルオーブが出た。
これがあれば、エマは太陽の下に出ても体が燃え出すこともない。
「ツイてたな。これで探索者を上げるだけでいい。メインは変わらず騎士系だからな」
「本当に? こ、これで私は……」
「もう、その辛気臭いローブは必要ないぜ」
「ありがとう」
「ありがとう」
「あの、なんで二人から抱きつかれてるのかな。すごく不健全に見えるよ」
「この小娘はヤキモチ焼きだの」
「うらやましいなら加わればいいじゃない」
「次! さあ、次に行くよ!」
アンナプルナのレベルが24に上がる頃、エマはサブジョブのアビリティを得た。
そしてアンナプルナはカウンタースペルの魔法を獲得した。
聖騎士と探索者にジョブチェンジしたエマは、今もノアと一緒にコツコツをレベル上げをしているはずだ。
「それで私に何をさせたいの」
「ちょっと仲間にしたい奴がいるんだよな。だけど危険な奴だから、魅了する魔法を防いでほしいんだ」
「どうしてそんな危ない人を仲間にする必要があるのかな」
「すごくいいユニークジョブを持ってるんだよ」
「ふーん、まあ私に任せておきなよ」
「いや、そこが一番危ないんだ。ミスったら奴隷にされて終わりだぜ。頼むから真剣にやってくれよな」
「じゃあどうすればいいの」
「魔法が切れたらとにかく掛けなおしてくれ。相手が魔法を使ったら、この魔法の効果は相殺されて消えるんだからな。すぐに掛けなおしてくれよ。油断するんじゃないぞ」
俺たちは学園内にあるランドリーへとやってきた。
どんな仕組みか知らないが、ここでは衣料品をコインランドリーのように洗うことができる。
深夜に来ると妖狐に会うことができる場所だ。
学園の怪談の一つとして、深夜のランドリーに行くと朝まで記憶が無くなって、所持金が減っていたりするというものがある。
その怪談の原因である妖狐に会いに来たのだ。
ランドリーに入ると、さっそく四つん這いになった男子生徒の上に座っている妖狐がいた。
スカートから黒いタイツの足が伸びて、椅子になっている男子生徒は恍惚の表情だ。
「私のしもべとなれ」
その言葉を耳にしただけで、普通なら暗示の魔法にかかってしまうが、アンナプルナの魔法によって暗示の魔法は跳ね返している。
この魔法をなんとかできないと、朝まで記憶が飛んでしまうというわけだ。
「お断りだ」
「あら、私の魔法を跳ねのけるのね」
「ねえ、どうしてかわいい女の子ばっかり仲間にしようとするのかな。おかしいよね」
「馬鹿、ちゃんと集中しろ! さっさと魔法を張りなおしてくれ」
「馬鹿!? 私は手伝ってあげてるんだよ」
「いいから、集中してくれ。頼むから」
「あなたがいるから、彼には私の魔法が効かないのね。男を言いなりにする、いい魔法があるわよ。興味ないかしら」
おいおいそんなのありかと、俺は青くなった。
ここでアンナプルナを篭絡されたら終わりである。
「わ、私は言いなりにしたいわけじゃありません」
「お、おお……、ありがとう、聖女様……」
「そんな情けない声出さないでよ。私がこんな誘いに乗るわけないよね。それともそんなふうに思ってるのかな。心外すぎるよ。私をなんだと思ってるのさ」
「それで私になんの用があるのかしら。妖怪退治に来たわけじゃないわよね」
「アンタが欲しがってるキツネの尻尾を、学園長から取り返してやるよ。一つ足りなくて困ってるんだろ。今のまま取り返しに行ったら返り討ちに合うから、あとでってことになるけどな」
「あらそうなの。あの学園長には、私でさえ手を焼いてるのよ。ずいぶんと自分に自信があるようだけれど、力試しをさせてもらってもかまわないかしら」
「もちろんだ」
「ずいぶん、その美人さんの裏事情に詳しいんだね。もう好きにすればいいじゃん」
その勝負は当然ながら俺が勝って、エルマが俺の仲間になった。
学園長から尻尾を取り戻せばユニークジョブは九尾狐に進化するが、それまでは妖狐だ。
雪のように白い肌に、長い蒼髪、そしてキツネ耳が生えている。
「実力はあるようね。それで、尻尾を取り戻す代わりに、あなたは何が欲しいのかしら」
近寄られると着崩して開いている制服の胸元にドキリとした。
その途端にアンナプルナに耳を引っ張られて、ミシミシと音がする。
「ロキを倒すのを手伝ってほしい」
「それは勝算があって言ってるのかしら」
「もちろんだ。まあ、先の話になるけどな」
「私が力を取り戻せたなら、その時に考えてもいいわ」
「レベル上げは付き合ってくれよ」
「いいわよ。望むところだわ」
これで準備は整った。
あとはレベルを上げて、アビリティを開放するだけだ。
「私もついて行くよ。そのレベル上げ」
「いや、定員オーバーだよ」
そう言ったらアンナプルナは目を吊り上げて怒りだしたが、その顔は怒ってもかわいかった。
こいつには、俺が失敗した時の保険として、自分のパーティーで邪神ロキを倒せるようになってもらわなければならない。
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