第20話 ランダムシナリオ
次の日教室に行くと、昨日のサクヤの言葉を肯定するかのような事態になっていた。
ランダムパーティー期間が明けると、中間考査前だというのに、セリオスがアンナプルナとパーティーを解消したというのが噂になっているではないか。
それ以外でも、学年全体でパーティーの組み換えが活発化した。
ランダムパーティーを経て、皆がジョブの組み合わせ次第で効率が何倍にもなることを学んだのだ。
それにレベルが12から上がらないことに、みんな焦りのようなものを感じている。
低階層では敵のレベルもあって、レベル12にもなるといわゆる格下狩りになってしまい、経験値が入らなくなるのだ。
経験値が5%、10%しか入っていないから、どうしてもレベルが上がらないという現象が起きている。
それらの要因により、より効率のよいパーティーを模索し始めたという事だろう。
学園側の狙い通りの展開だ。
それにレベル12でジョブチェンジすると、どうしても役割がかぶったり、足りなくなったりするから、メンバーの入れ替えは避けて通れない。
俺はてっきり、このまま固定パーティーのようにやっていくのかと思っていたら、そこまで低レベルなことは全然なかった。
サクヤはアンナプルナ側に付いて行き、シノブはセリオス側に残るらしい。
そしてセリオスが新しく組むのが、あのシモンとダンだというから驚きである。
お前はどこまでストイックなんだ、という感じしかしないが、それもわからなくはない。
そろそろ闘剣部と揉める決闘イベントがある頃合いだから、あれに負けでもして焦っているのだろう。
あれに負けると主人公はかなり荒れていたような記憶がある。
そして、クラス全体で今のところは、という仮組みも多く誕生した。
セリオスとシモンもその仮組の一つだ。
セリオスも回復魔法が使えるので、アンナプルナでは過剰になってしまう。
そこで多少の回復と攻撃魔法を持つシモンを採用したのだ。
さらにセリオスは回復でヘイトを自分に向けられるから、タゲが剥がれるなんて事態が起こらない。
また、ダンを採用したのはシールドバッシュがないと命の危険を感じるような場面に遭遇したのだろうと思われる。
なにせ勇者とはいっても、MPが切れたらただの剣士だ。
死なないことが大前提だから、無理な攻略をしていれば騎士が欲しくなるのもわかる。
全体の状況としては、攻撃職は溢れかえってパーティからあぶれているし、回復職は全体的に足りてない。
そして、タンクはまともにヘイト管理できるのがほとんどいない、というような状況である。
とにかく男子が火力に行き過ぎて、女子は後衛に行き過ぎてる。
カリナとアナスタシアは非常に引き抜きの話が多いらしく、とくにアナスタシアに関してはなかば恫喝のような勧誘まで受けていた。
だがヒーラーとしては下手なタンクと組まされるなんて命にかかわる重大事だ。
すでに学年で三人も犠牲者が出ている。
俺としてはこれを機会に一人でやらせてもらえないかなあ、という心境だった。
パーティーを組むなら、8人までという制限がある。
4人は効率重視だが無理はできないし、6人は安定するが強い敵を倒さなければ経験値が少ない。そして8人はレイドボスを倒すような構成である。
色んなところで話し合いがもたれていて、カリナなど何人かが調整役になっていた。
火力職だから引き抜きの話がない俺とリサにとっては暇な時間だった。
「俺は一人でやりたいんだよなあ」
「ま、認められないと思うわよ。もうすぐ考査だしね。あれはパーティー必須だもの。それとアナスタシアは他のパーティーに行くことになりそうね。どうしてもヒーラーが足りてないのよ」
目の前でも、男が数人で囲って一人の女子を取り合っている。
回復職なしでは、8階にさえ行くことができないからみんな必死だ。
たぶん何人かは僧侶に転職することになるんじゃないかと思う。
多すぎる魔導士は僧侶とアビリティの相性がいいし、両方取るのも普通だからな。
それに今のレベルなら、二次職になるのに一週間もかからない。
これで10階を越えられるパーティーが出てくれば、そいつらは三次職も見えてくる。
「私とトウヤは、アンナプルナと組むことになったわ。リサはあっちの女子たちのグループね」
「アタシ、強くなって戻ってくるから、聖女なんかに浮気しちゃ嫌よ」
と馬鹿なこと言いながらリサは教室から出ていった。
とりあえず、アンナプルナとカリナのレベルを上げたかった俺としては、この組み合わせが最善といえる。
聖女様には俺が世界を救うのに失敗したときの保険として、カリナは自分を犠牲にする性格から起こる災難を跳ねのけるだけの力を持ってもらうためだ。
サクヤはまあどうでもいい。
火力が出せるようになったら、これから色々と役に立つかもしれない。
なにせこいつには貸しがある。
アンナプルナに手懐けられないようにだけは、気を付けておこうか。
「私は騎士よ。よろしくね。トウヤと組みたいと言ったのはサクヤだったかしら」
「そうだ。剣士をやってる。できるだけ技術を盗みたいと思っている。よろしく頼む」
「みんなご存知、聖女だよ。よろしくね」
「レンジャーみたいなもんだと思ってくれ。よろしくな」
もちろん俺の言葉なんて誰も信じていないような顔をしていた。
自己紹介を終えたらダンジョンに降りて、とりあえず下を目指して歩く。
「とりあえず今日は14階くらいからやってみないか。ドロップが美味しいらしいんだよ」
いつものように思いつきを喋るていで誘導しようとしたら、珍しくカリナが反対した。
「ちょっと待って。14階なんて二年生が行くような階層じゃない。いくらなんでも私たちには早いわよ」
「今日は聖女様がいるんだぜ。大丈夫だよな」
「うん、大丈夫なんじゃないかな。サクヤもトウヤもMP切れにはならないもんね」
「トウヤが行けるというなら、私はそれで構わない」
「信じられない。無謀すぎるわ。みんな怖くはないの」
周りでは死人も出ているから怖いのが普通である。
しかしそれを言っても始まらないので、適当になだめすかしてカリナを14階に連れて行く。
アンナプルナにシールドの魔法をかけてもらってから、オークファイター狩りを始めた。
ラウンドシールドとカトラスを持ったオークで、練習相手にはちょうどいい。
ここに出てくるオークは、屍兵のオークのように攻撃だけに全振りしたようなバーサーカー的な行動はとらない。
しっかりと攻撃をガードしようとしてくるし、攻撃後の隙も小さい。
この盾に片手剣の組み合わせがタンクにとっては一番防御しやすく、アタッカーにとっては一番厄介なのだ。
カリナがカトラスの攻撃を受けて「凄い、ぜんぜん痛くないわ」とはしゃいでいる。
アンナプルナによるシールドスペルのおかげだ。
このあとで防具のない腕にも攻撃を受けてたが、それでも何ともなかった。
俺とサクヤで攻撃していたら、オークは簡単に倒れた。
「ほらな、楽勝だろ。中層だって階を選べば簡単なんだ」
「なるほど、私に修行させるためここを選んでくれたのか。トウヤ感謝するぞ」
「はいはい、みんな頑張ってねー」
うーん、やっぱりアンナプルナの笑顔は幸せな気持ちになれる。
つまらない作業もやろうかって気になるというものだ。
見ただけで、魔法でもかけられたみたいにさわやかな気持ちになる。
「そういえば中間考査は戦場に行くって話らしいな」
これは厄介なランダムストーリーというやつで、中間考査が何になるかは、ゲームでもいくつかの中から勝手に決められる。
そして最悪なことに、ここに来て俺のやったことがないストーリーが選ばれてしまった。
しかも一番厄介だという戦場実地試験になるのだから皮肉が効いている。
このゲームで厄介だと言われるなら、それは本当に厄介で理不尽で、憂鬱な結果につながるのだろう。
セリオスに主人公補正でもない限り、一度で成功できるようなものじゃない。
できる対策としては、ひたすらにレベルを上げておくことだけだ。
「なんでも王都の近くまで敵が来てるみたいだよ。いきなり戦場ってヤバイよね」
戦場は経験しているので、それほど怖いとも思わないが危険なことに変わりはない。
死者を出しても構わないと考えてそうな学園側の思惑の方が怖くなる。
最初の戦場で死ぬ確率は7%だと言ってなかっただろうか。
そこを乗り越えた生徒だけ育てれば、費用の節約になるとか考えていそうで寒気がした。
「二年と三年も同じ戦場なんだよな」
「うん、しかも私たちと横並びだって言うから怖いよね」
集中できないから静かにしてくれとサクヤに言われて俺たちは黙った。
うまくいかないからって人に当たらないで欲しい。
そういうところあるよな、サクヤは。
それにしても、レベル12といえば傭兵団の平均くらいだから、死者が出るのは避けられそうにない。
もしかして、王都は学生に頼らなければならないほど戦える兵士がいないのだろうか。
それとも貴族たちが前線に出て、その後ろを生徒に任せるつもりなのか。
どっちにしろ戦場なんて、相手も本気で裏をかきに来るから安全な場所などない。
俺だってモンスター戦は得意じゃないから、ちょっと強いやつに囲まれたらイチコロだ。
それに、あの大ザルレベルの敵が来たら、どれだけの犠牲が出るのか想像もつかない。
あんなものが出てきたら、今の段階では倒す術が、この世界のどこにも存在していないのだ。
童貞のまま死にたくないなあ、というのが第一の感想である。
学園の方針には腹が立つがどうしようもない。
戦争中なんだから兵士という資源をどう使うかでしかないのかもしれないが、生徒たちは若すぎるだろう。
訓練も済んでいない生徒を戦場で消費してどうしようというのだ。
俺にできることは、やはりレベルを上げておくことだけだった。
3時間ほど続けて、パーティー狩りで初めてルーンストーンがドロップするのを見た。
低級であるから、ルーンをレベル2までは上げることができる。
レベル3まで上げることもできなくはないが、中級を使った方がいい。
「わあ、本当にドロップがいいよ。私、初めて見た。買い取ってもいいかな」
それでさっそくアンナプルナが石を使用する。
白く光ったので、得られた属性はデヴァという聖属性だ。
「いきなりあたりか。さすが聖女だな」
「嫌味に聞こえるよ。でも、これがあたりなんだね」
「魔法バフだしな。ドロップとしては武器も出るからそっちが本命だけどさ」
「ふーん、本当によく知ってるね。ちょっと私、どっちのスキルを取ろうか迷ってるんだよね」
「迷った時は、階位の高い方を取ればいい。聖女ならどれも必要だから」
「本当によく知ってるね」
掲示板に書かれていたことをそのまま言ってしまっただけだが、これは余計なことまで喋ってしまったかもしれない。
普通は聖女のスキルなんて図書館に行って調べでもしなければわからない情報だ。
もしかしたら図書館にも情報がないかもしれない。
カリナが「トウヤの言った事が間違っていたことはないわ」とか何とか言ってくれている。
サクヤの方は、見よう見まねで俺のキャンセルの真似事を練習しているようだった。
強攻撃からのスラッシュだが、なかなか成功していない。
普通に技を出してもつながるが、それだと当て終わった後に体が離れすぎていて何もできなくなる。
キャンセルするとダメージ判定が早く出て、そのぶん射程は短くなる。
しかしキャンセルは技の種類や場面によって、例えば相手がのけ反りか硬直かの判定によって使い分けられなければ、むしろ損することも多い。
ガードされたりしたら、むしろ技後の硬直に距離が開いていた方が安全だからだ。
当たり判定を見てからキャンセルして技を出すのは俺にとっても難しい。
さらにはキャンセル入力して失敗すれば、棒立ちの硬直が長くなる。
「本番で練習しないで、カカシ相手にやった方がいいんじゃないか。運動部なら使わせてもらえるだろ。怪我するぞ」
「うむ、たしかに体が動かなくなるから怖いな」
俺も昔はカカシ相手によく練習したものだ。
こっちに来るまでは、毎日一時間の練習を欠かしたことはなかった。
カリナも盾術マスタリを持っているから、スタン系の練習をさせたいところだ。
迷宮から出たら、第二魔法研究会に行くというアンナプルナと、中庭を挟んだ反対側にある文化棟に向かった。
そしたら闘剣部のレベル28が、またアンナプルナにちょっかいを出しに来た。
「俺のパーティーに入れ。そうすればレベルも上げてやるし、准将くらいにはしてやれるぜ。そんな奴らと組んで戦場で死ぬより、よっぽどいい話だと思わないか。士官になれば前線に立つ必要はなくなるんだぞ」
「だってさ、どうする」
「お断りします。私は邪神軍と戦うために学園に来ました。魅力的な提案ではありません」
凛、とした声があたりに響き渡る。
怒った顔に思わず見とれてしまった。
凄いことだと思う。
この聖女様は、しっかりとした意志と決意でもって、覚悟を決めている。
俺のようにゲームだなんだと浮かれたことを考えてチャラついていない。
「わからないやつだな。力ずくで連れて行くしかなくなるぞ」
「なら俺が相手になるぜ」
「お前は俺が誰だか知らないのか。なら教えてや――」
「いや、いい。さっさと校舎裏にでも連れて行ってくれ。そこで話しをしよう」
話が長くなりそうだったから、シナリオをスキップしたい誘惑にかられる。
さっさとしてくれないと手芸部の奴らが帰ってしまうではないか。
そしたら校舎裏まで案内してくれたので、人目に付かない死角に入ったところで、バクスタからのワンコンで世間の厳しさを教えてやった。
きっちりHPを1割残しての無駄のない追撃に自分でもほれぼれする。
こういう奴は早めに話をつけておかないとエスカレートして手に負えない事態になるのだ。
これに懲りたらローグ系に背中を見せたりするんじゃないぞ。
それに手下も連れて歩いたほうがいいな。
決闘場でばかり戦っているからそんな目にあうのだ。
「ちょっと、ちょっと、なんでもう出てきたの。お話はどうなったの」
「バクスタからのワンコンで話しはついたよ。それにしても美人は絡まれて大変だな」
「う、うん。で、でも、ちょっと卑怯じゃないのかな。普通にやっても勝てるでしょ」
「まさかぁ。相手はレベル28だぜ。それにルール無用の戦場じゃ、その場にあるものを利用して勝つのが定石だ。この場合、俺は相手の間抜けさを利用して勝ったというわけだな。俺って智将だろ」
「そ、そうだね。――じゃ、じゃあさ、例えば乱戦になった時は、どんなことに気を付ければいいのかな。どんなにイメージしても戦場では死んじゃうような気がするんだよね。だって聖女って、どう考えても一番最初に狙われるでしょ」
「まずはマップを見ることだな。マップで敵と味方の位置がわかっていれば、後ろを取られることはない。出来れば忍者が持ってる身代わりの術とかあれば、ハイドしたローグも怖くないんだけどな。それは無理だから、まずはマップを見て敵と味方の位置を把握することだ」
そういえば、俺は大規模戦争もそこそこ得意だったな。
だけど何人倒しても最後は必ずやられるし、なんかすっきりしないくてのれなかった。
撃破数を競うにしても、運の要素が強すぎてイマイチ楽しくなれない。
何を考えているのか、アンナプルナは呆けたような顔を俺に向けていた。
綺麗なピンク色の唇がマジで美味しそうだなとか思ってしまった。
どんな味がするんだろうか。
「て、敵と味方の位置がわかったら、どこに行けば優位に戦えるかわかるだろ。大規模戦では位置取りが最も重要になってくる。わかるか、味方の位置を利用して自分の背中を守るんだ。前はパーティメンバーに守ってもらえばいい。チャンスを見つけたら迷わず拾いに行って、ダメそうなら考える前に捨てるんだ。視界の広さがエースの条件だぜ」
「トウヤは守ってくれるのかな」
「そりゃな。俺を抜ける奴がいたらたいしたもんだ。って、縁起でもないわ」
そんなことになったら俺は死んどるやんけ、となって初めて気が付いた。
やっぱりアンナプルナに守ってもらえるのは心強い。
だからこそ聖女を守りきれたら戦闘での勝利は間違いない。
カリナでも張り付けておいて、敵は俺が倒せばいい。
聖女さえ生きていれば、部位破壊も毒もなにもかも、全部が元通りになる。
クラスメイトを失うリスクも少なくなるし、立て直しだって利く。
中間考査はこれで行こう。
気が付けば中庭は、恋人たちだらけになっていた。
そりゃ戦争に行くわけだし、みんな覚悟を決めて行動に出たのだろう。
あのレベル28も、今のうちにアンナプルナをものにしようとか不埒なことを考えたのだ。
いつの間にか周りをうらやましそうに見ていたことに気付いて居住まいを正したら、アンナプルナも同じような顔で周りを見ていた。
うらやましいのだろうか
俺の視線に気がついて、アンナプルナは居住まいを正した。
高潔な印象だが、この聖女は意外と親しみやすいところがあるのかもしれない。
フォローする言葉も思いつかなかったので、そのまま文化棟まで歩いた。
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