第10話 軍学校・不遇職・最初のダンジョン


 それから続々と入寮する生徒がやって来て、上級性もぽつぽつと見かけるようになった。

 数日してクラス分けが張り出され、次いで入学式となる。

 俺の入学した第一士官学校だけで、一学年が20クラスに分けられていた。

 俺は第一士官学校のKクラスだった。


 貴族や期待される学生が第一士官学校に振り分けられ、それ以下が第二士官学校に振り分けられている。

 第二士官学校は一クラス100人以上となっていて、優秀ならばどんどん第一士官学校に上がって行けるし、成績が悪ければ容赦なく第二士官学校の生徒と入れ替えられる。


 入学式では、学園長が時間をかけてその辺りのことを説明していた。

 年末考査でレベルが規定まで上がらなければ、無慈悲にも退学処分になるそうだ。

 毎年、一割近い生徒が退学になって、そのまま前線送りになる。

 入学した時点で軍人となるので、もはや戦場から逃げることはできない。


 ゲームの時はすっ飛ばしていた話も、さすがに今となっては真面目に聞いた。

 俺のレベルはちゃんと上がってくれるのだろうか。

 すでにゲーム開始地点は過ぎている。

 入学式が終わったら自分のクラスでオリエンテーションだ。


 俺としては早くダンジョンに行きたくてしょうがない。

 すこし遅れて入ったクラスには、そうそうたるメンバーが待ち構えていた。

 目立たない黒髪の没個性イケメン主人公のセリオス、ユニークジョブは勇者。

 女主人公である金髪ロングのアンナプルナ、ユニークジョブは聖女。


 どちらもプレイヤーキャラクターで、ユニークジョブには強力なスキルツリー備わっている。

 勇者には全攻撃魔法と全剣技を使用可能にするなんてアビリティがあるのだ。

 もちろん、レアリティの高い解放の宝珠というアイテムが必要になるから、そう簡単にスキルやアビリティを開放することはできない。


 あとは、くのいちのユニークジョブを持つシノブ、最初から二次職の剣士になっているサクヤ、クラス委員長のカリナ、トラブルメーカーだった貴族のシモンあたりが記憶に残っているところだろうか。

 そして自己紹介が始まった。


 アンナプルナは、やはり誰もが見惚れるほどの滅茶苦茶な美少女だった。

 聖女だと言った瞬間に周りでどよめきが起きるが、このゲームの5次職には法王というヒーラー職があるので、どっちの方がより強そうなのかは疑問の残るところだ。

 勇者という響きもすごいが、皇帝とか覇王とかロードなんかの職も大げさ感では負けていない。


 もちろんロードとは道のことではなくて、君主とかのことだろう。

 単体での性能で言えば、間違いなく法王よりは聖女が上だった。

 そして、やはり美少女であるシノブやサクヤに注目が集まる。

 ゲームではカスタムキャラで始めた場合のみ、ここで宣言したジョブが自動的に付くことになっていた。


「僕は王都出身のセリオス。ジョブは勇者。レベルは1だ」


 おぉーというどよめきが起こる。

 同じユニークジョブは数万人に一人といわれるほど珍しいから驚くのも無理はない。

 みんなジョブとレベルを発表している。


「俺はダン。戦士、レベル1。いつかは聖騎士になる男だ。覚えておいてくれ」


 三次転職が目標とは謙虚な奴だ、と思っていたら先生が素晴らしい目標だと褒めている。

 夢をあきらめないでくださいとか言っているが、なにがそれを阻むというのかわからない。

 冗談だとは思えないので、この世界ではそれが高い目標なのだろう。


「僕はシモン・ラフィット、男爵家だ。魔導士レベル15。役に立つ自信があるなら僕の所に来い。パーティーに入れてやろう」


 レベル15で魔導士なら、かなりジョブレベル上げを頑張った方だと言える。

 魔法使いはMPの関係で、スキルが回らないからジョブレベルを上げるのが大変なのだ。

 俺の番がやってきたので立ち上がった。


「トウヤだ。道化、レベル1。よろしく」


 おい、うそだろ、という声が上がる。

 まあ、さすがに最初から道化は腕に相当な自信がないと選べないよな、と思っていたら、なんだか馬鹿にしたような感じで笑われた。

 なにも知らないのかと、俺は驚いた。


 なにも流行に乗っかって不遇職を選んだとかではない。

 自分の理想とするビルドのために選んのだ。


「ま、まあ、道化に可能性を見出す人がいてもいいと先生は思います。ですが、くれぐれも無理をせず気を付けてくださいね。それでは次の方」


 なぜか担任の先生にまでフォローを入れられてしまった。

 この先生たちも軍曹の階級を持っているので、物腰は柔らかいが上官に当たる。

 自己紹介が終わると、先生からの教訓じみた話を聞かされた。


「いいですか皆さん。皆さんはもう軍人です。戦場では命を懸けて戦わなければなりません。兵士が最初の戦場で命を落とす確率を知っていますか。それは7%です。どんなに努力しても、どんなに準備しても、戦いになるという事はそういう事なんです。強くなれと言いたいわけではありません。どんなに才能のある生徒だとしても訃報を聞かされることはあります。だから私は皆さんに後悔しない生き方をしてほしいのです。後悔しない学園生活を送れるように努力してみてください。先生からは以上です」


 教室が静まり返った。

 そしてみんなが教室から出ていく。

 廊下ではもう、部活動による新入生の勧誘が始まっていた。

 部活に入ると、その種類に応じてジョブレベルが上がりやすくなるバフが付く。


 このあと、俺としてはセリオスがどこの部活に入るのかだけ確認したい。

 選んだ部活によっては、俺が仲間にできないNPCが出てくる。

 しかしセリオスは人だかりに囲まれていて、なかなか席を立つ様子がない。

 果たして、このプレイヤーが操作しない勇者は世界を救えるのだろうか。


「おいおい、道化とかマジかよ。それでどうやってレベルを上げるつもりなんだ。誰かに寄生できるとでも思ってんのか」


 勇者が女の子に囲まれている頃、俺は刈り上げの男たちに絡まれていた。

 主人公でやっていた時にはなかったイベントである。

 それはそうだ。

 ユニークジョブ持ちに絡もうなんて奴はいない。


「そんなに甘くねえよ。田舎に帰んな」


「俺、受付の人に聞いたんだ。こいつ邪神軍の奴隷だったらしいぜ」


「マジかよ!」


「そのくらいにしておくんだ。クラスメイトに対して、そんな言い方は感心しない」


 なんと俺のことを庇ってくれたのはセリオスだった。

 それに対して、俺に絡んでた奴らは、舌打ちだけして行ってしまった。

 今は道化の20%弱体化デバフが効いているから、トラブルを回避できたのはありがたい。

 相手が一人なら、校舎裏にでも連れて行って人の道を教えてやることも可能ではある。


 結局、その後もセリオスがぐずぐずしていたから、ダンジョンに行くことはできなかった。

 それにしてもユニークジョブを持っているだけあって、その周りでは恩恵にあずかろうとする生徒たちが目の色を変えている。

 そうまでしてレベルを上げたいのかとも思うが、前線送りは嫌だもんな。


 結局、セリオスは第一剣友会と第一魔法研究会に入ったようだった。

 この部活動の掛け持ちは主人公にしかできないが、それでも二つまでだ。

 この時点で俺としては、第三手芸部に入るという選択肢が出てくる。

 生徒会にも強いNPCが揃っているが、生徒会には貴族でないと入れない。


 アンナプルナなら入れるのだが、それは容姿に恵まれているからであって、俺が行っても門前払いだろう。

 俺が向かうのは、布装備の直しなどを頼まれて小遣い稼ぎができる第一手芸部でもなく、装備制作部と合同で装備の直しをする第二手芸部でもない、なんの役にも立たない第三手芸部である。


 そのまま第三手芸部の部室にも行ったが、遅すぎたのか誰もいなかったので出直すことにした。

 ほかの手芸部なら結構な金を稼げるのに、どうして第三かといえば、そこでしか出会えないキャラがいるのだ。

 主人公にしか仲間にできないのかもしれないが、諦めるには早い。


 寮に帰ってきたのは、夕方になってからだった。

 アルトはまだ帰って来ていないので、俺は一人で食堂に行って夕食を済ませた。

 食堂から帰ってくるときに、片腕の掃除夫を見つけた。

 回復魔法の事情を知りたかったので、俺は思い切って話しかけてみた。


 なんでも子供のころに使用人として働いていたところ、主人に失礼があったとかで貴族に腕を切られたらしい。

 そういえばアンナプルナを主人公に選ぶと、腕を治すイベントがあるというような話を聞いたことがある。

 もしかしたら、この人なのかもしれない。


 やはりこの世界の貴族は恐ろしい。

 なんでもありではないか。

 ゲームの世界に入り込んだことにも慣れていたのに、急に孤独と不安を感じてきた。

 死にゲーと呼ばれるのは、理不尽な死に方にあふれている世界という事なのだ。


 いきなり道化のジョブを選んだことも、俺に不安を感じさせている要因かもしれない。

 狭い寮の一室で、俺は攻略チャートをもう一度おさらいしてみた。

 結局、アルトはクラスメイトとダンジョンに行っていたらしく、深夜過ぎに帰ってきた。




 俺は早朝に起きて、とりあえず実績を解除しておこうと考えた。

 このゲームは自分のジョブで覚えたアビリティに加えて、他職で覚えたアビリティも5つまで装備することができる。

 僧侶が持つ回復魔法のアビリティを装備した魔導士は、第二階位までの攻撃魔法と僧侶の使うヒールオールの魔法が使えるようになる。


 だから、たとえ勇者であっても攻撃力や魔力をアビリティで強化しなければ、同じスキルを使っても剣聖や古代魔術師といった最終職の特化ジョブが使うスキルほどには威力が出ない。

 だから普通はユニークジョブがあっても、ほかのジョブを育てることになる。


 装備できるアビリティは実績の解除でも得られることがある。

 実績は様々あるが、すべて解明されていたわけではない。

 それでも序盤を楽にしてくれる実績の解除はいくつか知られていたので、そのうちの一つを選ぶことにする。

 それらの実績を解除するには最初にレベルを上げるために倒したモンスターが影響する。


 俺は中庭に出ると、学園内にある召喚用の石碑に向かった。

 精霊が祭られてるとかいう事ではなく、そこには殺人鬼の骨が埋められているのだ。

 死んだ殺人鬼の死体を埋めて、そこに目印の石碑を立ててある。

 三つの石碑があって、切り裂きジャック、ピエロのキラークラウンにゾディアックである。


 死者の魂を弄ぶのはいけないが、こいつら殺人鬼だし、生き物が殺せるならと喜んで契約してくれるからちょうどいいという理由らしい。

 ちょうど契約しようとしている生徒がいたので、その調教師のジョブに付いているであろう男子生徒にお願いすることにした。


「ちょっとゾディアックを召喚して俺を攻撃させてもらえないか」


「はあ? そんなことしたら死ぬだろうが」


「倒せるから大丈夫だよ。この召喚獣は大して強くないんだ。アンタも試しておきたいだろ」


「まあ。そこまで言うならいいけどさ。死んでも知らねーからな」


 ゾディアックは魔法が使える。

 という事は防御が紙なので、近接してしまえば何もない。

 呼び出されたゾディアックはナイフを持っているが、それは近接されないためのブラフであって、ナイフの格闘術を持っているわけではなかった。


 倒したらレベルが2に上がって、実績が解除されましたとの表示が視界の端に現れる。

 最初に殺人鬼の討伐という実績が解除されていた。

 こんなの攻略サイトを見なかったらわかるはずがない。

 ステータスを開いたら無事にダンジョンワープのアビリティを取得していた。


「助かったよ」


「ちょちょちょ、ちょっと待てよ。なんなんだよ、今の動きは。どうやったんだ」


 説明してられないので、俺は企業秘密だと言い残してその場を去った。

 校庭では新入生が魔法の練習をしていたり、剣友会だと思われる生徒が木剣でカカシを殴っている。

 俺は朝の空気を楽しんでから寮に戻った。


 そして今日はダンジョンでの実地訓練である。

 実技指導教官がやってきて、4人パーティーを組むように言われて、当然のようにあぶれた俺は周りを観察することにした。

 セリオスはアンナプルナ、サクヤ、シノブと組むらしい。


 ハーレム羨ましいね。

 セリオスとアンナプルナがパーティーを組むなら、いくらノンプレイヤーキャラクターだとしても世界を救うことくらいできるかもしれない。


 なにせアンナプルナは状態異常回復の取得が早く、初見殺しのほとんどを回避できる。

 あとは火力馬鹿を集めて前線に立たせておけばクリアできるとまで言われた、イージーモード用ではないかという性能の主人公だ。


 片やセリオスは、剣も魔法も使えて防御にも優れているから苦手とする敵がいない。

 ごり押し攻略だとしても、レベルさえあれば行けそうな感じがする。

 一人寂しくあぶれた俺が教室の隅で佇んでいたら、委員長のカリナが声をかけてきた。

 後ろには女の子2人を連れている。


「組む人がいないのなら、私たちのパーティーに入るといいわ」


 この人はやはり面倒事を背負い込む質のようだ。

 そのせいで結構なピンチにも陥るし、気の毒な目にもあう。

 正直ひとりの方が良かったが、彼女が面倒事を避けられるくらいまでは、レベル上げを手伝うのも悪くはないと思っていた。


「じゃ、世話になろうかな」


 ゲームでは自分から声をかけてパーティーに誘わなければならないが、受け答えを間違えると仲間になってくれないし、どんな選択肢が出るのかも忘れてしまった。

 それに引きこもりの会話スキルで、かわいい女の子を仲間にできるとも思えないので、カリナの誘いは渡りに船とも言える。

 最初はソロが良かったんだけどな。


 パーティーを組み終わったら、武器のレンタル室に行って装備を借りた。

 とはいっても貸してくれるのは武器だけなので、防具は自分で用意しなくてはならない。

 そこでみんな装備を身につけ始めたので、俺も装備を取り出して身につけた。

 女子は色とりどりのポンチョを身に纏っている。


 どことなくオシャレでかわいいかもしれない。

 しかし足が出ているから寒さ対策にもならない。

 俺の装備はブラックレザーセットだから全身真っ黒だ。


「あら、良さそうな武器を持っているのね」


 武器の等級は、普通、中級、高級、最高級、希少級、遺物級、伝説級、神話級まである。

 神話級はエクスカリバーとかで、この世界に一つしかない。

 この場では中級がせいぜいで、俺のように高級や希少級の装備を持ってるものはいなかった。

 しかし等級なんて見ただけではわからないだろうから気にすることはない。


「まあね」


 周りの目が少し厳しくなったが、レベルを上げるまでは極力目立ちたくなかったのでひやひやする。

 そういう指摘は控えて欲しいものだ。

 装備の調達を終えたら、中庭からダンジョンに降りた。


「いいか、恐怖心を克服しろ。ここで芋を引くようなら前線送りだと思え。レベルを上げたければダンジョン攻略は避けて通れない。毎年それができずに退学になる奴がいる。気を引き締めていけよ」


 実技指導教官が言った。

 たしかに、ここで逃げだすようじゃ先はない。

 自由行動になったところで、俺たちは軽く自己紹介をした。

 カリナとリサは戦士でアナスタシアが僧侶、そして俺は道化だ。


 前衛が二人いるので、俺は後ろから魔法でも撃っていよう。


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