第27話 春の祭典④匿う

「で、どーすんだよ」


 ニマがカイに尋ね、続けてぼやく。


「どうするよ。バレたらやばいぞ、マジで」


 お嬢様はウルウルお目目でこちらを見上げている。


「突き放せるのかよ?」


「お前はどうなんだよ?」


 ニマもカイも似たもの同士だ。きついことも言うけれど、それはいつも仲間のことを思っているからだ。

 はーと大きなため息をつく。


「2日だ。祭りが終わるまで、俺らの拠点に居てもいい」


 お嬢様がパーっと目を輝かせた。


 多分そうなると思った。カイは優しいから。わたしのことだって、見捨てておけなかったのだから。その優しさはわたしに特別あったわけではない。


「言っとくけど、汚ねーぞ。貴族のお嬢様がいられるようなところじゃない。飯だってろくなもんじゃないし、雑魚寝だ。耐えられるのか?」


「知らないうちに、どこかに連れていかれるより、全然いいわ」


 お嬢様は気丈に言った。

 お嬢様がテント暮らしなんてすぐに根を上げると思ったのに、そんなことはなかった。わたしの服を着て楽しそうに街に出る。髪をまとめて帽子をかぶり下を向いていれば、外ではフィオだと思われたようだ。


 お嬢様だけど、根が素直で明るくて天真爛漫で可愛らしいので、みんなもすぐに馴染んだ。良く接している。わたしにだけはお姉ちゃんぶってくるので苦笑いだ。ひとりでできるのに、なんでも手伝ってくれようとして、却って面倒くさいことになる。それを見て、カートンとミケにわたしも何もするなとお嬢様のお守りを任命されてしまった。


 小説を思い出そうとした。

 お嬢様の誘拐事件は確かにあった。でもそれは婚約前の話だった気がする。誘拐事件の首謀者を第二王子様が暴いて、それで婚約が確定されたような。その首謀者が第一王子で幽閉されることになるはずだ。でもこのとき第一王子様は13歳。もちろん首謀者であるわけがない。侯爵令嬢が第二王子の婚約者の候補にあがった。そうなったら第二王子が強力な後ろ盾を持ってしまう。第一王子を王太子に望む者たちが、それを危惧して脅すのに誘拐を企てたのだ。

 第一王子が首謀者でないことは誰もがわかっていたけれど、企てた人へのペナルティーで幽閉されることになり。だが5、6年後、第二王子の後ろ盾の誰かが亡くなることで情勢が変わり、第一王子の幽閉が解かれ、反撃が始まる。そして第二王子に廃嫡の危機が訪れて、それをお嬢様が第二王子と力を合わせて乗り越えるのだ。そうそう、確かそんな内容だった。


 お祭りの最終日、お嬢様はテントにいるというので、わたしは外に出た。昨日こもっていたので気持ち良さも格別で、大きくのびをする。お嬢様と関わるのは少し怖くて、何をするにも恐る恐るになってしまった。それも今日で終わりだ。今日はお祭りのフィナーレであるのでそこは残念だが、どのお店や出し物がよかったかの投票があるんだよね。これにみんなで行くことになっている。その帰りに屋台でご飯を買ってこようということになった。おいしいと思ったものをもう一度買い込むことにする。


「フィオはどこに投票する?」


 ハッシュから尋ねられた。


「そりゃもちろんキイロ食堂だよ」


 ひとり1枚なら、どこに投票してもいいのだ。


「そっか。お前、噂になってたぞ」


「噂?」


「売り子がすっごく可愛いって」


「えっ?」


「うちのチビたちは人気者だ」


 ハッシュが気持ちよさそうに笑う。


「おい、紙もらうぞ、こっちだ」


 ノッポの上にあげた手が見える。


「行くぞ」


 わたしはハッシュに頷いた。


 え?

 お腹に手がまわり、スッと横路地に引きずり込まれた。口を塞がれる。足をバタバタしたけれど当たっても男はたじろがない。


「とんだおてんばだな。全くこんなところに隠れていたなんて。一度助かったのにバカだな」


 髭の男は嫌な笑いを浮かべてわたしを見る。


「さっさとやっちまえ。変な色気を出して金をせしめようなんて思うから、みつかったりするんだ」


「殺るのは街中で危険すぎだ。さてお嬢様、眠ってくださいね。起きることはないだろうけど」


 衝撃があり、わたしは気を失った。



 気がつくと、小屋みたいなところに転がされていた。手と足を縛られ、猿ぐつわをされている。

 さっきの会話を思い出して背筋が冷える。


 奴らは誘拐ではなくてお嬢様を殺害するつもりだったんだ。でもひとりが変な気を起こして、誘拐したことにしてお金をせしめようと思った。それでしばらく生かしていて、見つけられ、それで生き延びる結果となった。そして今わたしはお嬢様と間違えられている。

 例えわたしがお嬢様じゃないって言っても、顔を見てしまい企てを知ったからには殺されるだろう。


「起きちまったのか?」


 髭男だ。


「眠っているうちに、殺してやろうと思ったのに」


 ニンマリと笑う。


「それにしてもお嬢様が身を隠すにしても、まさかストリートチルドレンと一緒に過ごすとは驚きですよ。さすが婚約者だ。第二側が探し出さなきゃ、オレ達はみつけることはできなかったでしょう」


 え、今なんて言った?

 第二側とは第二王子のレイモンド様のことだよね? 探し出すってレイモンド様は初めから知っていたはずだ。


「レイモンド様がお嬢様のお父様に居処がわかったと教えてくださってね。こちらは買収していたメイドから聞いたんです」


 王子様もお屋敷に裏切り者がいると知っていたのに、お屋敷で居場所を知らせた?


 理解した。……全部、仕組まれていた。怖さより哀しみに襲われた。


 外で物音がした。


「なんだ?」


 男たちは顔を合わせて外を伺う。

 前で手を縛られていてよかった。顔を擦り付けるようにして猿轡をずらす。首から下げた笛を出す。手が震えていてなかなか口に咥えられない。

 お願い、届いて!

 思い切り息を吐き出す。

 ぴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 思ったよりも澄んだ音だった。

 外に出ようとした男たちが戻ってくる。


「お、前っ」


 殴られる。身を縮こまらせる。

 でも、その前に殴り飛ばされたのは男の方だった。


「君は、フィオ、だね?」


 自警団の制服を着ている人に、わたしは何度も頷いた。


「フィオ? 令嬢じゃないのか?」


「イーストチルドレンだ」


 髭男たちが顔をしかめている。

 子供が飛び込んできた。


「フィオ!」


「カイ!」


 泣きたくないのに、今更震えがやってきて、哀しくてどうにかなってしまいそうで、わたしは大きな声をあげて泣いていた。

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