#9 《無双軍神》
レルドルとラーシャは、長く続く道を歩いていた。
先導するのは──フードの男、筋骨隆々の男、エルフの女、ゴブリン。
フード男はスレイ、筋肉男はガロムと名乗っていたな……と、レルドルは思考する。
ちぐはぐで、魔物すら存在する、実に荒唐無稽な集団ではあったが、後ろを歩く二人の眼には仲睦まじく映っていた。
「何だか、仲良さそうですね。微笑ましいです」
「あ、嗚呼。そうだな……」
頬を緩ませ、そんなことを言うラーシャに、レルドルは少し戸惑ってしまう。
未だ、彼らを信用していなかったから、である。
様々な考えは浮かんでは消えて、その末に、彼は大きく嘆息した。
──何故こんなことになってしまったのか──?
レルドルは、
ことの発端は、数時間前に戻る。
✕ ✕ ✕ ✕
それは、フェンリルの討伐を終えた頃である。
陽も落ち始めた夕暮れ、二人は帰路に着いていると、村の入口に馬車が一つ止まっていることに気付いた。
半楕円形の木枠に
馬車の少し前まで来て──レルドルは察知する。
スキル〈気配察知〉。
冒険者である彼にとって、ある意味では人間よりも、察し慣れた気配であった。
──魔。
それも、かなり強力な魔物である。
何よりも奇妙なのは、それと同等──あるいはそれ以上の猛者たる人間達が数名、この馬車に乗っていることだった。
咄嗟に彼は、自分達を計算した。
解体したフェンリルやフォレスト・ウルフの素材、手負いの右腕、Eランク冒険者。
「ラーシャ、動くなよ」
「はっ、はい!? 今名前で──もがっ!」
騒ぎ立てる彼女の口を、即座に乱暴に塞ぐ。
訳も分からず混乱する彼女だったが、数秒でその事態を察する。
声を潜め、彼女は問い掛けた。
「もご、もごががごが……?」
「ああすまん。手を退けよう」
「何がどうなってるんですか……? あの気配……」
「分からん……が、俺達が万全の状態でも勝てるかどうかだ。魔物が人間と居るのも気掛かりだ」
じろりと、馬車に取り付けられた荷台、その終点を睨め付ける。幕は閉じられている。
伝う汗は右腕を壊した時よりも、ずっと、もっと、粘り気有る物であった。
──半歩、ラーシャは右脚を後ろに置いた。
「……この場を離れた方が良い」
「け、けど街には皆がっ……」
レルドルは益々顔を顰め、舌を打って軽く悪態着いた。
街に被害が出る。
この自分が居ておきながら。
──それだけは、認めては成らぬ。
彼は元来、高いプライドを持っていた。しかし、
そう、彼は推測する。その上で、彼は
ならば、改革だ。
傲慢を罪ならざる概念へと昇格させる為、己が地位の昇格を目指しているのだ。
その為には──。
他神からの信頼が必要だ。
人類からの信仰が必要だ。
主神をも圧倒する、脈が、関係性が必要なのだ。
高慢──故の、自己に対する絶対的絶対主義。
そんな彼が、眼前の街が亡ぼされて逝くのを、ただ指を咥えて見ていることなど出来なかった。
それに、今の彼にはラーシャが居る。
従者を向かい入れた傍から、失望をされれば
(どうする!? この街で今一番強い防衛戦力は俺──だが今のままじゃ全く歯が立たない相手が3~4人! 【
彼は脳を酷使し、状況を打開する案を探す。
(いや、それではどう考えても術中へ嵌るより先に気付かれる!! いや、気付くと言えばそもそも、馬車の奴らは俺達に気付いて──)
その思考は、直ぐに打ち切られた。
馬車後部の幕が開かれたのである。
辺りに充満する、高濃度の
中から現れたのは、見慣れた猫背で不自然に腹の
人の如き肉付きと、人の如き体勢。
反対に、その肌色や瞳色には、人間離れした色彩を保有する。
レルドルは、その特徴に憶えがあった。
小鬼の上位個体──ゴブリンの中のゴブリン。
──ホブゴブリン!!
……しかしながら、それらはさして重要なことではない。
この場で最も驚嘆すべき事象は、この場で最も度し難い事象は──。
「ふ、服を──
ラーシャは眼前のそれを見て、眼を白黒させる。
「待テ、そう構えるナ。我々ニ、敵対意思ハ、無イ」
ゴブリンは半歩近付くと、
そして、さも当然のように──それは人の言葉を操った。
レルドルは恐る恐る訊ねる。
「……何をしにここへ来た」
「そうだナ。まず初めニ、意思ヲ、示すのガ、道理カ。我々ハ、お前ヲ、スカウトする為にここへ来タ」
その発音は独特で、不慣れさを感じさせた。
人の言語を憶えたてなのか、はたまた種族的に口周り諸々が、人の言語と相性が悪いのか。それは分からないけれど。
けれども、はっきりと、そのゴブリンは単語の意味を理解していた。理解して、発言しているのだ。
レルドルは戦慄する。
このレベルの知能知性を持った魔物は、他にどの程度存在しているのだろう──?
もしも仮に、それらが大勢居るとして。
日常的に、宗教的に、魔物を排除する人間の姿を見てしまったら──?
恐らく──人類は勝てないとは言わずとも、甚大な被害を被ることになるであろうことは、想像に難くない。
一匹居れば百匹居ると思えとは良く言うが、彼の眼前に現れたそれは、その一匹──惨事の片鱗であることを、彼に予感させた。
幸い、敵意や害意や殺意と言った類の物は、感じられない。感じさせないようにしているのかも知れないが、だとすればとても厄介である。
彼は、そんな最悪の状況を思考する。
けれど、それでも友好的に接するしか無い。
あくまでも冷静に。
己に指し向けられた指を睨め付け、首を傾げた。
「人違い……ではないですか?」
「ふン。分かっテ、いるクセ、白々しイ」
呆れたように、ゴブリンは言う。
肩を竦めて嘆息する姿は、益々人間を思わせる。
「ねー! まーだでーすかー!」
張り詰めた空気の中、緊張感の無い声が響き渡る。
8〜9歳程度の、少女の声にも聴こえたが……それにしては些か、発音や意識などの声の奥に在る芯のような物が通り過ぎているように、レルドルには聴こえた。
「もうさぁ、ちゃっちゃとソイツ捕まえて帰らな〜い?」
「駄目ダ」
「ちぇっ、詰まんな〜い」
痺れを切らした様子で現れたのは、エルフの幼女であった。しかし、侮ってはならない。
エルフとは長寿であるが故に、その分成長が遅いのである。人間の容姿年齢と同じ感覚で接せば、相手から反感を買うことも多々有る。
更に、あのゴブリンと親しげにしている。その一点だけで、警戒レベルは大きく引き上げられるだろう。
ラーシャはごくりと息を呑む。
けれども、レルドルが真に警戒しているのは、そこでは無かった。
通常、エルフはヒュームよりも優れた魔力を持つはずだ。
だが、眼前の幼女はどうだ?
これは魔術師にとって、戦士が殺気や闘気の一切を遮断することに等しい。
「ブッ飛ばしちゃった方が楽じゃない?」
「今だケ、はナ。後始末ハ、死ぬほド、面倒になるガ」
ゴブリンは苦虫を嚙み潰したかのような顔を、エルフに向ける。
「お前ガ、出るト、ややこしくなル。
「良いじゃん。上手く行って、結果アンタもココに居るんだしぃ。それで結果オーライよ!」
「それハ、結果論ダ。お前以外にハ、全ク、オーライではなイ」
ゴブリンとエルフは、眼前で警戒する二人を他所に、口論を始める。
ゴブリンは心底嫌な顔をして、深い溜息を吐いた。
その様子を最近何処かで見掛けた気がして、レルドルは毒気を抜かれた気分になる。
「……──
不意に、ゴブリンはその名を口にする。
その名を知っている。即ち──。
レルドルは確信した。
──彼らは転生者であるッ!!
「その名を知っているか。ならば、これだけは言わねばなるまい」
それでも尚、間違いは正すべきである。
揺らり、抜剣する。
「違う。マヨネーズ食べ物じゃあない。食べ物に掛けたり付けたりする
「いやキレ所そこ!?」
幼女の激しい突っ込みは、最早彼の耳には届いていない。
眉を顰め、わざとらしく嫌悪の表情を作りながら、彼女はゴブリンに問い掛けた。
「ああ言うの、ワタシ苦手なんですけど……アレ、ホントに仲間にしないとダメ? マニアとかオタクって言うんだっけ? マヨネーズマニア? 純正世界オタク?」
「オタクではない。俺はまだ、その域に達してはいない──!」
「……ねぇ、アレ頭だいじょーぶ? てかホントに神?」
「さぁナ……ともかク」
嘆息の後、ゴブリンはそっと両手を挙げた。
「我々ニ、戦ウ、意思ハ、無イ」
その言葉に続けるように、エルフは言う。
「そーそー! だからとっとと剣を下げなさい!」
「ど、どうします……?」
「普通に罠だろ」
不安そうに見詰めるラーシャ。
彼は短く一蹴する。
「そうカ。まア、信じテ、くれなくとモ、構わン。──我々ハ、
ゴブリンがそう言うと、レルドルはそれを鼻で笑った。
「はッ。ご主人様にそう言えとでも言われたか? 補助系と支配系の力を併せ持つチート能力で。それとも神界で何か弱味を握られているとか。……上級神に成れば蘇らせてやるから協力しろとか何とか言われたならば、止めておけ。魂の消滅は永遠にして絶対だ」
「立て板ニ、水ダ。まるデ、水掛け論だナ」
正に、一触即発!
両者、視線がぶつかり合う。
緊迫した空気の中、葉と葉の擦れる音だけが、
「そうジャ、なイ」
「では、
先に痺れを切らしたのは、レルドルであった。
問い質すようにして、彼は眼前の魔物へと投げ掛けた。
その問に、神の這入った魔物は……ニヒル、笑う。
「あア、だかラ、我々──」
「だから私達もそのたった
「……貴様モ、神であるなラ、習──」
「
ゴブリンの言葉を遮るように、話を進めるエルフ。
したり顔で言う彼女に、ゴブリンは小さく舌打ちをした。
「まア、そんナ、訳ダ」
「習合……たった
習合とは!
異なる宗教同士を混ぜ合わせる行為ッ!
神を
では、一柱の方はどうだろう?
複数柱を一柱と見る神格も、実際、神界には少なくない。
──
純正世界を愛す彼の脳内へと、真っ先に浮かんだのは、その世界に於いて
諸教習合と多神一体の併せ技、若しくは応用──!
「ようこソ、名も知らヌ、同胞ヨ。我々ハ〝
それは、七福神を〝七福〟と言う名の神として解釈するが如く。
それは、オリュンポス十二神を〝オリュンポス十二〟と言う名の神として解釈するが如く。
無理の有る屁理屈だった。
けれども──無理も確かに理であり、屁理屈もまた理屈である。
故に、彼らは徒党を組む。
我等こそ
其は群也! 其は軍也!
軍とは我で、我とは軍也ッ!
我は無双を誇る、天上天下唯一神の隊列!!
故に、此は天罰也ッ! 此は天誅也ッ!!
正なる唯一神の他に在る、邪神共の駆逐であり、排斥であるッ!!
混同し、混合し、混淆する
──其れはきっと、信仰の物語。
他の追随を、存在から赦さぬ、絶対神の物語。
百柱統一の信仰を持ってして、世界統一の信仰を目指す物語。
そして──魔王もまた、同じであった──……。
其を識るべき時には、まだ少し、話数と文字数が足りない。
✕ ✕ ✕ ✕
「さあ、着いたよ」
長い獣道を越えると、見えたのは一つの
森を拓けた場に、庵が一小屋だけぽつんと建っていたのである。
木の板を取り敢えずで壁にしたような外見で、お世辞にも、複数人が暮らす住居であるとは思えない。見る者総てにそう感じさせるほどの簡素さであった。
「わーお……中々通気性に優れた家屋でございますですねー……」
「この、小さな
「ちょっ師匠! 失礼でしょう!」
レルドルの歯に物を着せぬ物言いに、ラーシャは小声で叱責する。
「まァ、実際そーなんだけどなァ。オレァもっと派手でゴツいのが良いつったんだがよォ。そこのヒョロいのに反対されちまった」
突如、後方から声がする。
その声色は何処までも気怠そうな、気の抜けた物であった。
二人が振り返ると、この世界には似つかわしくない服装をした男が立っていた。
「え、誰ですか急に馴れ馴れしい……」
「お前、失礼だぞ」
白いタンクトップに、胸元から腰に掛けてがぱっくりと割れた迷彩柄の上着。
何よりも特徴的なのは、頭に巻き付けられた分厚いゴーグル。
ラーシャにとっては奇っ怪な装いではあったが、男が鍛冶や大工などの、職人めいた立ち位置であることは何となく察せた。
「あははは……。彼も僕らの仲間だよ。性格は……今ので察してくれると嬉しいな」
スレイがそう言うと、乾いた笑いが辺りに響いた。
誰の物か。きっと、職人の男以外の全員であろう。
それを特段気に掛ける様子もなく、職人は得意気に言葉を続けた。
「オレん名前は遊びの神キルテッドだ。歓迎するぜ──」
堂々とそう名乗ると、彼は庵の前に立ち、指をパチンと鳴らす。
──すると、庵の周囲の地面が
否! それは予備動作に過ぎなかった!!
砂埃を立てて、地面が地中に向けて吸い込まれて行く──ッ!
やがて庵の屋根すらも見えなくなった頃、鋼で出来た床が、抜け落ちた地面に替わって現れるッ!!
「──さァ、乗りやがれ野郎共! よォそこ、オレ様の秘密基地へ!」
現在参加神数:062/100
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