アンデッド・ゲームズ・メモリー~時間遡行を果たし、俺だけ強くてニューゲームな世界で、死の運命から幼馴染を救う~

文月ヒロ

第一章・絶望と波乱の一日

第1話ゲームを始めますか?

 ――夏、鹿羽しかばね市。


「ったく、チッ、こんだけしか持ってねーのかよ。シケてやがんなぁ」


「なら、返せよ、クソったれ……ッ」


 富志ヶ峰ふしがみね高校旧校舎裏にて、三浦みうら袈刃音かばねは、激しい尻餅と同時に両手を地面につけた。

 思わず口から汚い台詞が飛び出たのは、眼前にたたずむ少年を下から睨み付けた後の話。


 少年の名は霞雅かすが阿久弥あくや


 袈刃音の敵。

 いや、それではこの2人の関係が対等であるように聞こえてしまうし、袈刃音が彼にまともな反抗が出来ている事になってしまう。


「あ?はっ、まさかお前、俺に命令出来るとか勘違いしてんじゃねぇよな?おい、何か言えよッ」


「カ――ハッ」


 霞雅の蹴りが袈刃音の腹に突き刺さる。


 そう、抵抗など袈刃音に出来る訳がなかった。

 腹の痛みに苦悶の表情を浮かべながら、けれど、何も出来なかった。

 霞雅の背後へ目を向ける。


 そこには4人の男子生徒――霞雅の取り巻きが、ヘラヘラした顔で自分を見下ろしている様子があった。


 金を取られた、だから何だ。1人相手でも不安が残るのに、相手は5人。

 これでは最早喧嘩にすらならない。

 そんな勝ち確ならぬ"負け確"のゲームをするほど袈刃音は馬鹿ではなかった。


 故に訂正しよう、霞雅阿久弥は袈刃音にとっての『天敵』だと。


 別に、何かをした訳じゃない。何か人に馬鹿にされるような要素もほとんどない。

 三浦袈刃音がイジメられる事など、通常ならばきっとあり得ない。


 ない“はず”だったのだ。


「大丈夫?」


 そう、目の前で袈刃音に声を掛けた


「…集団恐喝されてぶっ倒れてる奴が、大丈夫な訳ないだろあさひ


 霞雅達が去って二十分以上が過ぎた頃、現れた彼女――朝比奈あさひなあさひに対し、袈刃音は不機嫌な顔を向けて言った。


 だが、対する旭は穏やかな笑みを浮かべ、


「そう言ってられる内は大丈夫だよ。…じゃ、行こっか」


「……そだな」


 この一連の流れが袈刃音にとっての日常だった。


「はぁ…何で何時も、私が来た時にはもう霞雅君達いなくなってるんだろ?文句言えないじゃんっ」


 下校途中、旭がそう言葉を溢した。


 それは初めて聞く台詞ではない。

 寧ろほとんど毎日耳にしている何気ない言葉だった。何時ものように聞き流して適当に相槌を打てば良かった。


 けれど、きっと今日は、それまで溜まっていた鬱憤が少しだけ外に漏れたのだ。


「絶対すんな」


「え、何で?」


「…仮にそんな機会があったとして、霞雅の奴は猫被ってやり過ごすに決まってる。んで、後で俺が告げ口したとか思われて、ぶちギレたアイツにボコられるんだよ」


「いや、流石にぶちギレるまではいかないでしょ…」


「そこまで、いくんだよ。……霞雅はだって、旭の事、す、好きだからさ。絶対、そうなる」


 その手の話が絡むと、途端言葉に切れがなくなって声も小さくなる辺り、袈刃音のヘタレ加減が透けて見えた。無論、行った事の内容は旭の耳にしっかり届いていたようだが。


 朝比奈旭。


 長い茶髪の髪に整った顔立ち、抜群のスタイル、おまけに文武両道で明るい性格の少女。

 彼女を簡潔に表現するならば、それが一番しっくり来る。

 兎も角、朝比奈旭は所謂いわゆる高嶺の花だ。

 幼馴染みでもなければ、袈刃音のような平凡で少し陰気な男子生徒が彼女と親しく接する事など出来ない。


 それがクラスメイト全員の共通認識――いや、正確に言うならば『旭を抜いた』を文頭に入れる必要があるだろう。袈刃音の知る限り、彼女は自分の魅力にそこまで自信を持っていないのだから。


 そして、気付いたのはごく最近だが、霞雅阿久弥は旭に恋心を抱いている。

 奴と彼女との接点は、同じクラスの生徒というだけでほぼ皆無。対する袈刃音は彼女の幼馴染み。

 大方、霞雅は袈刃音という存在が気に食わなかったのだろう。


 笑えない、笑いたくもない話だ。


「じゃあさ、袈刃音は私の事――好き?」


 それは突然だった。


 唐突に旭は、はにかむような微笑をこちらに向け、そう言ったのだ。


「……………俺が、旭…を……?」


 きっと、袈刃音がイジメられている理由を彼女は知らない。

 きっと、何時もの袈刃音なら、顔を赤く染めて彼女の言葉をはぐらかしたりしていた。

 きっと、何時もの彼になら、その言葉は日常に溶け込む甘味になり得ただろう。


 しかし、今の袈刃音の精神状態では、その言葉は速効性を持った猛毒だった。


「好き…好き?」


 その2文字の言葉の為に、感情の為に、毎日悩まされ続けている自分が、元凶である彼女を好きかだと?


 馬鹿にしているのだと思った。

 笑わせるなと思った。自分を追い詰めている人間を、苦しめている人間を。


「好きな訳、ないだろ!誰の所為でこんなになってると思ってんだッ……。お前が、お前が霞雅をたぶらかさなけりゃ、俺はイジメられてなかったんだッ…!」


 袈刃音の言葉には正当性など欠片程もなかった。

 それは酷く自己中心的で、的外れな怒りでしかなかったのだ。


 しかし


「……ぇ、え?あ、あぁ……そ、そっか……そう、だよ、ね……。な、何かごめん…………ッ……」


 言い終えて、旭はようやく自分の目から涙が流れ出している事に気付き、自身の顔を両手でサッと隠した。


 ほぼ同時に、彼女の涙を見た袈刃音も自らの発言の愚かさを悟った。

 ただ、今さら気付いた所で後の祭りだ。

 直後、『ごめん』と言って旭は走り出した。


 慌てて追い掛けようとするも、袈刃音は立ち止まった。吐き気がする程の自己嫌悪が足を引っ張ったのだ。


 『誤解だ』とか言って、この嫌な雰囲気を今すぐ終わらせたい。

 そんな事を考えている自分に気付き、心底嫌いになった。

 だから、彼女を追い掛けるのを止めた。


 出来るものなら、ゲームのようにセーブポイントからやり直したい。そんな思いを抱きながら、とぼとぼと道を歩く。


「?あ、旭…?」


 少し先で、何故か旭が立ち止まっていた。


 ――謝ら、ないと…。


 そう思った。

 自己嫌悪が一瞬邪魔をしたが、その気持ちは純粋な物で、だからこそ伝えたかった。

 近寄り、そして、


「そ、その…旭、さっきは――」


『ごめん』と、言い掛けた所で袈刃音は、ふと旭の怯えた横顔を見て彼女の視線の先を辿った。

 すると、道路の真ん中、そこで――倒れた女性の上に覆い被さるように男が四つん這いになっていた。


 不審、という言葉よりも性犯罪者という言葉が袈刃音の脳裏を過った。


「な、何だよ…アレ?」


「わ、分かんない…」


 袈刃音の疑問の声に旭の返答が返ってきた。


 しかし、妙だ。


 こんな開けた場所で、しかも、夜ではなく夕暮れ時という微妙なタイミングで……。

 旭も同じ事を思っていたようで、目の前の光景に震えながらも、男にいぶかしむような目を向けていた。


「って、そ、そうだ袈刃音、警察ッ…」


「あぁ、いやそれは旭がやれ。…男の相手は、お、俺がや――ッ……!?」


「ど、どうしたの。――ぇッ!?」


 2人は騒ぎ過ぎた。だから、男は2人の方を向いた。


 いや、それ自体に恐怖は感じなかった。

 寧ろ、恐怖を覚えたのは男の顔。

 逆光で見え難かったとはいえ、しかし、見えていたのだ。

 異様に変色し所々ただれた肌を、ペンキで塗りたくったように濡らす赤い血液が。


 ――その姿は、まるでゾンビのようだった。


 不意に、


『それじゃあ始めようか、アンデッド・ゲームを』

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