第14話 漫画家と漫画家 ー相談ー
あの後、誠意を見せた渾身の謝罪で命を繋ぎ止めることに成功した俺は、恭子の願いをちゃんと聞くことになった。
何やら相談に乗ってほしいとのことで、こうして恭子の後をついてきている。
「ここで少し待ってて」
「お、おう……」
なんだこの状況は。俺は今、恭子の部屋の前にいる。無駄にドキドキする。
もしや……これが、恋をしている感覚……!?
「変なことしたらその場で切腹してもらうから」
「あ、はい」
あ、これ単純に命の危機でドキドキしてるだけだわ。
待つこと数分、声が聞こえた。
「入っていいわよ」
「……では失礼して」
ゆっくりと扉を開ける。女と言っても漫画家の部屋だ。どうせ散らかっているに違いない、と思っていたが、その予想は大きく外れた。
白を基調とした家具と隅々まで綺麗に整えられた資料の数々。所々にキャラクターのグッズが整理されて置かれており、自分と同じ職業だとは到底思えなかった。
「……ジロジロ見過ぎ」
「いや……部屋綺麗過ぎるだろ……」
「仕事の作業場は別だから。自分の部屋は作品のインプットに使う場所だと思ってるし」
「へぇ……」
そういえば恭子はアシスタント数人と漫画を描いていると言っていた気がする。俺はアシスタントを雇うときは相当締め切りがヤバい時だけだ。自分とは何もかも違いすぎて圧倒されるばかりだ。
「……突っ立ってないでどこかに座ったら?」
「あ、あぁ」
クッションの上に座る。どこかいい匂いがする。そういえばこいつも女だったなと嫌でも意識してしまう。
「それで、相談ってなんだよ」
「……こんなこと相談するのは屈辱的で仕方ないけど」
「帰る」
立ち上がろうとした瞬間、俺の側の地面にペンが突き刺さった。
「まだ話してる途中でしょ?」
「は、はい……」
逆らったら殺される。それだけは理解できた。
「……男ウケをよくしたいの」
「……」
なぜそれを俺に聞く? 俺が童貞と知ってのことか? 煽ってるなこれは。そうに違いない。
「勘違いしてるみたいだけど、漫画の話よ」
「あ、そっちね。それを早く言えよっ」
まぁそんなことだろうとは思ったが。
「というか、俺そもそもお前の漫画をあんまり読んだことないんだが」
「……仕方ないわね。ほら、読みなさいよ」
1冊の本を手渡される。一見少女漫画の作風だが、王道の冒険譚となっている。
「……へぇ」
1話を見て絵のうまさに圧倒される。売れっ子漫画家なだけはある。1話だけ読んだが、1巻発売して即重版がかかったと言われても納得の面白さだった。
「普通に面白いと思うが」
「……そ、そう? まぁそうよね。今一番売れてるとか言われることもあるし」
こいつ……わざとか? 同じ漫画家に対して売上自慢をしてマウント取ってきやがった。
「で? 男ウケが悪いって言われてるのか?」
「言われてはないけど……読者アンケートで女性の比率が高過ぎるって編集さんから言われたのよ」
「あぁ……」
すごい最近聞いたことのあるような展開だ。やはりファン層を広げようというアドバイスはどの編集者からも言われることなのかもしれない。
「それで、男性人気もあったほうがいいかもって思ったのよ。ほら、あなたの描く漫画男性人気ありそうだし」
「ありそうっていうか男性人気”しか”ないんですがそれは」
サイン会など何回か開催してもらったことがあるが、見事に男だけだった。そもそも男性向けエロ漫画だし仕方ない。
「男性人気ねぇ……」
パラパラと漫画のページをめくり、あるキャラが目に止まった。
「お、このキャラ……」
「あぁ、人気キャラね。女性からもカッコいいって意見をよくもらうわ。そのキャラがどうかしたの?」
「いやいや、こういうキャラを恥ずかしい目に合わせて際どい格好させれば男性人気なんか鰻登りに──」
次の瞬間、眼前にペンの先が。眼球に突き刺さる寸前で止まった。
「私の漫画を汚さないでくれる?」
「すみません、命だけは助けてください」
命乞いをしてようやくペンが下げられる。
「だ、だけど俺はふざけてたわけじゃないぞ」
一瞬ムッとした顔をされたが、俺の表情が本気なのを見て話を聞く姿勢になってくれた。
「男っていうのは基本的に単純だ。肌の露出だったり、弱いところを見せたり。性欲を湧き立てるような描写は自ずと男性人気に繋がるんだよ。いつも強気な彼女が……なんてギャップがあれば尚更だ」
「……男のあんたが言うんだから、説得力しかないわね」
「分かっていただけたようで何よりだ」
「じゃあ……この子の衣装を変えるとか……いや、それだけだとインパクトが弱いかも……」
恭子は一人でに悩み始めた。必死になって男性人気を得ようとしているんだろうが、少し勿体ないような気がして、つい口に出していた。
「無理に男性人気を得ようとしない方がいいんじゃないか?」
「え?」
「ここまでアドバイスしておいて何言ってんだ、って思われるかもだが、下手にファン層を広げようとすると今までの読者が離れかねない。男性人気を得ようとしてエロ描写を入れたら、女性層が離れていった、とかな。それに俺は、このキャラとか、このキャラ。それ以外にも服装のデザインや雰囲気はめちゃくちゃ良いと思ってる」
「へ、へぇ……」
満更でもない表情。どれだけ売れっ子作家となっても褒められると嬉しいらしい。
「俺みたいに新しい作品を描き起こすならともかく、既にある作品を中途半端にするのが一番ダメだ。やるなら徹底的に、だな。あくまで俺ならそうするって話だけど。そうすれば男女問わず、自ずとファンはついてくるんじゃないか?」
「……そう、ね。男性からも人気を得ようと必死で少し視野が狭くなってたのかも」
どうやら悩みは解決したらしい。そうなれば俺はもう用済みだろう。
「じゃ、俺は帰る」
「えぇ。……ありがと」
「え……」
「な、何よ」
今、聞き間違えたか? こいつが俺にお礼を言うなんて。
「明日は槍が降るかもな……」
「今から降らせて見せましょうか?」
ギラリ。恭子の手に持っているペン先が光って見えた。
「い、いやぁ……遠慮しますっ!」
逃げるように俺は恭子の部屋を後にした。
「全く、あの男は……」
拓巳が去った後、恭子の言葉が誰もいない部屋で響き渡った。
「……あの時からちっとも変わってないんだから」
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