第16話 女騎士との出会いを回想してみたい②
*****
“よう、お疲れさん。もう昼は食ったのか?”
そう、新たな『勤め先』の前ですれ違いざまに言葉をかけても返答はありませんでした。
着慣れない騎士団の装束と支給された細剣がそこそこ馴染んできたというのに、話しかけた相手。
女騎士、フラン=ノエルはまるで仇敵を見るような目で睨みつけるだけで言葉を交わしてはくれません。
“おいおい。……いくらなんでも挨拶ぐらいは。同僚だろう”
そう言うと、数歩通り過ぎてから――彼女は少しだけ振り返り、低く呟きます。
「黙れ。何が貴様と同僚なモノか。……野良犬め、しみ付いた卑しさは脱げまい」
“ははは、嫌われてんなぁ。仲良くしようぜ。少なくとも人前じゃやめとこうか”
「……チッ」
――――ここへやってきてからというもの、この調子です。
気まずい初対面からずっとこの調子のあなたへ業を煮やしたのか、とにかくあたりがきつくて、舌打ちでも返ってくるだけマシだというからひどい様子です。
嫌われるような事は、誓ってしていません。
だというのにこうまでされていて、不思議と、そう腹が立たないのです。
きっと、それは彼女自身でも、抑えのきいていない自分を不安に思っているのだと、伝わるからです。
それと、もうひとつ。
あなたは自分でも分かっているからです。
本当なら、自分なんて――――彼女と並び立てるなどではない事も。
野良犬と、鼠と、どう言われたとしても。
「そのとおりだ」と、いつも心の中で呟きました。
*****
そんなある日、彼女から剣術の試技を申し込まれます。
申し出を受けて中庭では、刃先を丸め、刃を潰した専用の剣をぶつけ合い、彼女と手合わせをします。
遠巻きに囲む騎士団の同僚たちは、驚くことに――あなたへの蔑みや侮りの視線はありません。
むしろ、物見高い様子でただ楽しみ、どちらが勝つかを賭けて盛り上がる有り様。
中には、フラン=ノエルの方へ生暖かい視線さえ向ける者まで。
それというのも。
「ふん、逃げてばかりか――――腰抜けめ!」
彼女の打ち込みは、確かに痛烈無比、疾風怒濤。
生半可な腕では文字通り太刀打ちできず、たちまちに倒されてしまうでしょう。
ですが、あなたには見えています。
彼女の剣さばきは確かに激しく、攻撃的なものです。
荒く組まれた剣の返し、血気にはやる踏み込み、相手が引いたと見るや侮る表情。
全て、何にも期待できず生きてきて、荒事ばかりの人生だったからこそ、あなただから見えるのです。
どう引いたらどこへ斬ってくるか、焦った表情を作ったらどうなるか、わざと足さばきをもたつかせたらどうするか。
あなたは、喧嘩で負けたことなら一度もないのですから。
そして決着は一瞬。
わざと剣を払われたふりをして、あなたは彼女がとどめを振りかぶったその剣の切っ先へ向け、自ら、片目を突き刺されにいくように踏み込みました。
彼女が次の瞬間の光景を思い浮かべて硬直したのを見逃さず、左手で彼女の右手を、剣の柄ごと握りしめて身を翻し、背負うようにして思いっきり、草地の上に投げ飛ばしました。
「――――か、ひゅっ……!」
背中を打ち付けたフラン=ノエルはたまらず、息を止めてしまいました。
その直後、息を整えた彼女は見ます。
今度は逆に、地に身を投げ出して。
その切っ先を突き付けられながら、曇り空を映す自分の視界を。
「き、さま……、卑怯な……!」
憎々しげな眼差しをあなたは黙って見つめ、こう言います。
“戦場に卑怯なんてない。何をやってもいいんだ”
「ふざ、け、るな……ごほっ……! こんな、こんなものが、勝負でなど……」
“なら、ルールを守ってくれる相手とだけ戦え。俺は荒っぽい連中や魔物と戦う。まぁ、任せろ”
「ま、待てっ……! まだ話はっ、行くな、おいっ!!」
いまだ敗北を受け入れられない彼女を残し、あなたは、剣をその場に突き刺して踵を返します。
彼女の名誉のために言うと、決して、弱くなんてありません。
ただ、あなたにとって――――その戦い方は、あまりに見慣れたものだったから。
もしも騎士の剣術で立ち向かってきたのなら、勝てる相手ではなかったかもしれません。
そして、その日の夜。
騎士フラン=ノエルが、初めて、くやしさで涙を流し、枕を濡らしたことを、あなたは知りません。
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