第11話 大切な人が死んでも人生は止まらない
登場人物
―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友を探すドミネイターの少女。
―ドーニング・ブレイド…不老不死の魔女、オリジナルのドミネイター、大戦の英雄。
二一三五年、五月七日:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地近郊
嫌な一日程長く感じるのかも知れなかった。リヴィーナは目を閉じた。何も見えず、特に慰めは無かった。
彼女はふと、人生について考えた。人生の中で特に最悪な事の一つが、大事な人を亡くしても己が死なない限りは『その人がいない今後』が続いていくという事だ。
愛する両親、大好きであったマーガレット、そして人生の相棒のようであったラニがいない今後を受け止めざるを得ない事にうんざりしながらも、今現在はラニの死と向き合い、身元不明の鮫に食い荒らされた遺体とも向き合い、彼らに何が起きたかを突き止める必要がある。
うんざりはする。だが、考えたところで変わらない。隣のドーニング・ブレイドを見ると、彼女とちょうど目が合った。それから背後を振り返った。
故あってここまで吹き飛んで、浜から少し海に入った浅瀬に突き刺さったビルの一部の上に、身元不明の死体を一旦引き上げていた。彼をあそこに置いていくのは躊躇われた。彼の人生については何もわからないが、しかし殺されるべきであったとは思えない。
「遺体を損ねないように気を付けつつ、なんとかして彼も運びましょう」と少女は提案した。
「私が運ぼう。あなたは友人を既に運んでいるから…」とそこで、魔女は有機的なリヴィーナの衣服が蛇のように飲み込んで持ち上げている『遺体』を見上げた。カリリ少佐だったもの。
「ちょうど、物体を浮遊させて追随させる行為は経験があるのでね」
言いながら彼女は今度は空を見上げた。真上に広がる大空に夕焼けがやや射し始めた。リヴィーナも見上げたが、しかし虚しさがあるだけであった。そう、結局何も変わりはしない。
愛する人々が死んでもそれは覆らないし、それは一生残り続ける。
数分後:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地、正面ゲート前
『そこで止まって』と若い男性の声で静止のアナウンスが聞こえた。二人は遺体を運びながら、かつてのハリウッドの辺りを取り囲む壁の出入り口までやって来た。所々はビルそのものが壁として補強されていた。
ドーム球場の近くに立っているような威容であった。見上げる程高い巨大な壁が外の危険からここを隔離していたのであろう。
全景は当然ながらこの場からは見えないが、ある種の避難所として、旧ハリウッド保留地及び旧ハリウッド市を中心に、その近隣をやや取り込んだエリアであるらしかった。
かつての大都市圏全体からすればとても小さなエリアであろうが、しかし地球上のあらゆる場所が廃墟と化して復興段階である現状からすれば、まあよく保存されているとも言えた――終戦したにも関わらず、この壁の外に一切生活の痕跡が見えない事を除けば。
『スキャン中…ドーニング・ブレイド少佐、及び…このデータは…そちらはリヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー大尉ですか? 待って、その遺体は…』
「ああ、日常にイレギュラーを持ち込んでしまって恐縮だが、殺人事件が発生した。この件は可能な限り伏せておいて欲しい、でないと対立が激化するかも知れない…それと今日の外出用の合言葉だが、質問は『昨日のアラスカの天気』で答えは『セブン・キロ・シックス・アリゾナ・タンゴ・ナイナー』だ」
巨大なゲートがゆっくりと開き始めた。この壁の建造には、フロリダに残ったセミノール達の財が惜しみなく使われたのであろうと想像した。かつて生活圏を大きく奪われた人々の自活の手段としてのカジノやリゾートや観光施設が、要塞として機能してきた事を思うと複雑な心境になった。
リヴィーナはふと隣を見た。開戦後もフロリダを離れなかったフロリダ各地のセミノール、そしてミカスキがこの地へと逃げ込んで立てこもり、退役軍人を中心に市民軍を組織し、アメリカ軍の取り残された兵力を迎え入れてここで持ち堪えていたという。
という事は、ドーニング・ブレイドが住んでいたフォート・ピアース保留地の人々もここに避難してきたのであろう――侵略される我が家を離れずに死んでいった人々を除けば。
「少佐、あえて質問はしませんでしたが、ここで起きている対立…というのはどのようなものですか? それが政治的な問題ですね?」
『伏せておいて欲しい』とドーニング・ブレイドが言った時にも、リヴィーナはそれには触れなかった。その判断を一旦信じた。
「その件をいつまでも避けるわけにはいかないな、では――」
『復讐を! 復讐を! 復讐を!』
不意に奥の方から大声で民衆が叫ぶのが聞こえた。ゆっくりとゲートが開いていったが、しかしここからでは見えない『市街のどこか』でそれが起きていると思われた。
記録映像で見たような、昔のデモ行進か、対立する派閥同士の衝突間際の状況に思えた。まあ実際にその光景を見ないとなんとも言えないのであろうが。
「気になりますが、まずは遺体を検死してもらわないといけませんね」
「説明を怠っているようですまない」
「これが今も生きている者の責任ですので」
壁の内側に広がる市街地には生活の色が見えたが、この地を何やら奇妙な雰囲気が覆っている事は否定できなかった。
ふとリヴィーナは振り返った。ここまでの
国によって放棄された地方の最後の生活圏として生き残っていた地がこの内側なのであろうが、ギター型ビルを政治及び軍事の本部とするこの地に一体何が起きているのか。
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