第32話 グッバイ

「さて、ところでクワリンパ、君はこんなところで何をしてるんだい?」


魔王様からの問いかけに、私は正直に答える。


「はい。ゲラゲロを倒した人間を打倒すべく襲撃をかけたところです。ですが、奇妙な魔術で未遂に終わりました。再度、挑戦するつもりです」


「へえ」


と魔王様はおかしそうに笑う。だが、その笑みは人を小馬鹿にしたような嫌なものだった。


「努力している・・・か。しかしそれにしては時間が掛かり過ぎなんじゃないかい? ゲラゲロを倒したとは言え、たかだか人間に1週間以上かかってるじゃないか」


「はっ・・・申し訳ありません。ですが人間にしては凄腕の魔術師のようでして、魔の森のモンスターすらも苦にしないほどで・・・」


私の言葉に魔王様は笑顔を引っ込めてキョトンとした表情をした後、急に無表情になった。


「ふーん、この魔の森のモンスターたちをねえ? それは本当なのかい?」


「はい。間違いありません。私としては当初、魔の森におびき出してモンスターとの戦いで疲弊させ、弱ったところを捕縛しようかと考えていたのですが失敗に終わりました。その後、こちらの仲間になるよう勧誘してみたのですが、拒否されましたので、私自ら対象を抹殺すべく行動しているところです」


「なるほどねえ」


魔王様は感心したように何度も頷いている。


だが、私には魔王様が何かまったく別の事を考えているように見えて気持ちが悪かった。


何だか酷く居心地が悪くて、早くこの会話を打ち切りろうと考える。


「あの、魔王様・・・お部屋をご用意するように致しますから、少しこの場所でお待ち頂けますか? 部下に案内させますので」


私は魔王様との会話を出来るだけ自然に打ち切れるように口を開く。


だが、魔王様は私の言葉など聞いていないが如くニコリと微笑えんで言った。


「ところでクワリンパ、前にも伝えたけど、僕のハーレムに入る話はどうなったんだい?」


「え?」


「前にも言ったろう? こんな辺境で人間どもと戦争しているよりも、君にはふさわしい役割があるって」


どうして突然、そんなことを今言うのだろうか。


・・・そう、確かに私は以前から魔王様の女になるよう誘いを受けていた。


正確にはハーレムの一員に、ということだが。


魔王様が囲っている女性の数は1000人をくだらない。


その力と権力、容姿に惹かれた者たちの集まりである。


私から見ても確かに彼の容姿は優れており、魔力が高く、その上有能だ。


歴代の魔王様と比べても、非常に優れているとも言われている。


だが・・・なんだろう、私にはその良さというのがピンとこないのだ。


魔族の私には魔王様のテンプテーションが効かないことも理由の一つなのだろうが、どうにも魅力を感じないのである。


その訳はよくわからない。モンスターなら強さに惹かれるはずなので、単に私が変わり種なのかもしれないが、ともかく私は魔王様のハーレムに加わりたいと思ったことがないのだ。


これがそう、例えばミキヒコからの誘いだったなら・・・。


(って、何で急にミキヒコが出てくるんだ!!)


私は慌てて首を振った。


だが、一度彼のことが頭に浮かんだ瞬間、たちまち心臓が早鐘(はやがね)を打ち出して、耳たぶ辺りがカーっと熱くなった。


(ど、どうして、いきなり・・・。ま、魔王様の前だぞ!? は、早く静めないと・・・)


だが、そう思えば思うほど、ミキヒコの顔が脳裏にちらついて、更に混乱が深まってしまう。


ああ、どうして私はミキヒコのことがこんなに気になるのだろう。


あんな奴、別に容姿が優れている訳でもなければ有能さの欠片もない男だ。


確かに、少しは優れた魔術師かもしれないが、それなら魔王様の方が上だろう。


私に対して優しくもないし、会話だってそんなに交(か)わした訳ではない。


・・・けれど、彼の纏う雰囲気、彼の声、それが聞こえた時の胸の高鳴り、どこにいても探し出せる彼の持つ体温、匂い、髪の毛の柔らかい感じ、ちょっと生活力がなさそうな所・・・そんなどうでも良いものが次々と思い出されて、胸がせつなく締め付けられるのを感じた。


「どうなんだい?」


ハッとして私は顔を上げた。


視線の先には魔王様が微笑んだ表情のまま私の答えを待っていた。


だが、その目はすでに笑っていなかった。何かを悟ったのだろう。


むしろ反対に、もし逆らえばただでは済まさないと、その目は語っていた。


だが、私の口は自然と言葉を紡(つむ)いだ。


それは私らしくもない、計算も何もない自然な言葉が無意識に口をついたという感じであった。


「お断りします。心に決めた方がいますので」


そう、そういうことなのだろう。


もちろん、彼は敵だ。


だから彼を殺して、私も死ぬのだ。


彼が私を殺すのである。これほど納得のいく終わりがあるだろうか?


・・・けれど、彼に再び見(まみ)えることが出来るだろうか?


あのような無礼な物言いで、魔王様からの誘いを断ったのだ。


きっと私を殺そうとするに違いない。


だが・・・、


「はーっはっはっは! そうか、そうか!」


魔王様は笑っていた。


それも心底おかしいとばかりにお腹をかかえて笑っていたのである。

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