第35話 素晴らしい発明品だ!
昼食の席。
木製の卓上には焼きたてのパンと煮込み料理、香草を散らした肉料理が並べられていた。
「量産を考えると、工房の規模を拡張したほうがいいかな?」
「でも、魔石の供給ラインも整えないと。特に屑魔石の需要が一気に跳ね上がる可能性がある」
「価格設定も重要ね。高すぎれば普及しないし、安すぎれば儲けが出ないわ」
三人の会話は熱を帯び、ついには手元のパンが半分残ったまま、誰も口を付けようとしなくなっていた。
身振り手振りで議論するその姿は、食堂の中で一際目立っている。
そんな様子を、ヴェルトハルトは黙って見ていたが、やがて黄金の瞳を細め、低く響く声を放った。
「……主よ。食事中に商談に夢中になるのは勝手だが、ここは公共の場だ。他の客に迷惑だぞ」
「っ!」
ハジメとデニス、セリナが一斉に固まる。
数瞬の静寂ののち、三人の顔が同時に赤くなった。
「……す、すみません」
「いやぁ……つい夢中で」
「わ、私も……反省します」
周囲からクスクスと笑い声が漏れる。
ハジメたちは急いでスプーンを取り直し、冷めかけた料理を口に運んだ。
ヴェルトハルトは軽く息を吐き、再び黙々と食事に戻る。
その背中には、どこか「まったく子供の面倒を見るのは大変だ」という諦めにも似た気配が漂っていた。
食事を早々に済ませた三人と一人は、すぐにデニスの雑貨店へと戻った。
扉を開けた途端、客の声と活気が飛び込んでくる。
魔法瓶を手にした人々が「便利だ」「もっと欲しい」と口々に語り合っているのが耳に入った。
「……やっぱり、注目されてるな」
ハジメが思わず呟くと、デニスが鼻を鳴らす。
「当然さ。今うちの店は町で一番ホットな話題の中心だ。だからこそ、魔導コンロも同じ手順を踏むべきだと思う」
「同じ手順……」
「そう。まずは数量限定で販売し、反応を見る。きっとすぐに売り切れて話題になるはずだ。そこで一般人や冒険者の声を拾い、改良の余地を探す。魔法瓶のときと同じだよ」
デニスの言葉にセリナも頷く。
「それに魔法瓶の成功であなたの名前はもう職人の間で知られているわ。真似をされる前に、ギルドで特許を申請するべきね。魔導コンロは魔法瓶以上に需要が広がる可能性があるもの」
ハジメは深く息を吸い込み、拳を握った。
「……はい。魔法瓶の時と同じように、まずは守りを固めて、次に攻める。特許を申請して、量産体制を整えていきましょう」
ヴェルトハルトは静かに微笑み、ハジメの背を叩いた。
「うむ。主の歩みは確かに形になりつつあるな」
こうして彼らは、魔導コンロを新たな武器として世に送り出すための第一歩を踏み出す。
完成した魔導コンロを抱え、ハジメたちは揃って職人ギルドへ向かった。
デニス、セリナ、ハジメ、ヴェルトハルトの四人並んで歩く姿は、街の人々の目を引いた。
ギルドの扉をくぐった瞬間、受付の職員が目を瞬かせる。
「……これはまた、珍しい顔ぶれだな」
職員はデニスとハジメ、そして竜人族のヴェルトハルトを見て頷いたが、視線をセリナに移すとさらに驚いたように眉を上げた。
「デニス殿と名匠ゴードンの弟子君、それに竜人族の従者は前にも見たが……セリナ嬢が誰かと組んで来るとはな」
セリナは涼しい顔で返す。
「仕事よ。偶には誰かと手を組むこともあるわ」
そう言って机の上に魔導コンロを置くと、職員の目が大きく見開かれた。
「これは……新しい魔道具か?」
「その通り!」
デニスが胸を張り、すかさず続ける。
「新発明だよ。名前は『魔導コンロ』。この二人が共同開発したんだ」
そう言ってデニスはハジメとセリナに顔を向けた。
職員の周囲にいた職人たちがざわつき始める。
「またあの子供が……?」
「いや、セリナ嬢まで一緒だと?」
「一体どんな品物なんだ……」
職人ギルドの空気が一気に熱を帯びる中、ハジメは少し緊張しながらも前に出た。
「お願いします。これを登録したいんです」
ハジメはヴェルトハルトに持たせていた魔導コンロをギルド職員に渡す。
魔導コンロを受け取った職員は受け取って、見た目などを確認してから、性能テストを別室で行う。
ギルドの実験室に移され、魔導コンロは職員たちの手によって検証されることになった。
厚い石造りの部屋に数人の立会人が集まり、見守る中、職員が小さな屑魔石を取り出す。
「これを魔力源に……? 本当に動くのか?」
半信半疑の声が飛ぶ中、魔石がセットされ、点火用のつまみが回された。
次の瞬間、青白い炎が安定して噴き出し、鉄鍋の底を照らすように燃え上がる。
「……おおっ!」
周囲が一斉にどよめいた。
さらに火力を弱めたり強めたりと調整してみせると、炎は驚くほど滑らかに反応した。
「火力が自在に変わる!」
「屑魔石でこんな持続力が……? 一体どうなっているんだ」
職員は鍋に水を入れてしばらく様子を見た。やがて、ぐつぐつと泡が立ち、勢いよく沸騰し始める。
その光景に、立会人の一人が息を呑んだ。
「これは……革命的な発明だ!」
さらに職員は記録用の紙に走り書きをしながら言葉を続ける。
「屑魔石は今までほとんど使い道がなく、廃棄か、せいぜい子供の魔力練習に回される程度だった。それがこれほど有効に使えるとは……需要が一気に高まるぞ!」
興奮した声が部屋中を包む。
「冒険者の旅の必需品になる!」
「料理人も飛びつくはずだ」
「市場で爆発的に広まるぞ!」
職員は改めてハジメたちに向き直り、力強く告げた。
「間違いなく、この魔道具は歴史に刻まれるだろう。職人ギルドを代表して称賛する!」
突然の絶賛に、ハジメは顔を真っ赤にしながらも深く頭を下げた。
セリナは静かに誇らしげな笑みを浮かべ、デニスはしてやったりとニヤリと笑う。
ヴェルトハルトは黙って腕を組み、従者としての誇りを瞳に宿していた。
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