第29話 夜の試行錯誤

 錬金術で形を生み出した魔導コンロは、一見すると理想通りだった。

 金属の台座、魔石をはめ込む燃料口、そして炎を調整するためのつまみ。


「よし……! これで点火!」


 ハジメがあらかじめ買っておいたゴブリンの魔石を差し込むと、勢いよく火が噴き出した。


「え、ちょ、ちょっと!? 早っ!? 魔石が一瞬で灰になった!?」


 あっけに取られる間もなく炎は消え、ゴブリンの魔石は粉になっていた。


「……燃費、最悪だな」

「うっ……」


 ヴェルトハルトの冷静な指摘に、ハジメは苦笑する。


「し、仕方ない。次は火力の調整だ!」


 再び魔石を差し込み、つまみを回す。

 だが、火はつかない。

 思い切って回した瞬間――。


「うぉおおおおっ!?」


 天井まで炎が吹き上がった。


「やばい! 工房が燃えるー!!」

「主、落ち着け! 換気だ!」


 二人で慌てて窓を開け、布で炎を叩き消す。

 どうにか鎮火すると、ハジメはぐったりと座り込んだ。


「……火力、強すぎ。あとつまみ全然機能してない……」

「まだ改良の余地は多いな」


 黄金の瞳が僅かに笑みを帯びる。

 だが、ハジメは机に突っ伏しながらも負けじと呟いた。


「いいさ。これが職人の道ってやつだろ……! 絶対に完成させてやる……!」


 まずはガスコンロについてもっと理解深めるべきだと、ハジメは机の上に手を置き、深呼吸をした。


「……ガスコンロを再現する!」


 イメージを頭の中で組み上げる。

 前世で毎日のように見ていたあの形、あの構造。

 スイッチを回せばガスが流れ、火花で点火する。

 当たり前のように使っていた家電製品。


「――生成!」


 青白い光の中から現れたのは、まぎれもなく日本の家庭で使っていたのと同じ二口のガスコンロだった。

 銀色の金属光沢、火力調整のつまみ、ガス管を繋ぐ接続口まで完璧に再現されている。


「おお……できた……!」


 ハジメは感動を覚えつつも、すぐに眉をひそめる。


「……けど、この世界にガスなんてないんだよな」


 自分でツッコミを入れたあと、ハジメは姿勢を正した。


「よし、分解だ!」


 工具を取り出し、コンロをばらしていく。

 バーナー部分、ガス管、点火装置、火力調整ノズル。

 分解しながらノートに必死で図を描き込んでいく。


「なるほど……! このつまみでガスの量を調整して、火花で点火する仕組みか……。ガスを魔力か魔石に置き換えられれば……!」


 ヴェルトハルトは横で腕を組んで眺めていた。


「主よ、まるで少年が玩具を分解しているようだな」

「うっ……! でも、こうするしか理解できないんだよ!」


 分解された部品が机いっぱいに散らばる。

 だがハジメの目は輝いていた。

 これはただの模倣ではない。

 異世界用の魔導コンロを作り出すための第一歩なのだ。


 何度目かの試作を終え、ハジメは大きく息を吐いた。

 机の上には、火が出なかった魔導コンロ、魔石を一瞬で使い切った欠陥品、爆ぜて机を焦がした失敗作――惨憺たる試作品の山が積み上がっていた。


「……はぁ。結局、全然うまくいかないな」


 錬金術なら、望んだものを形にできる。

 そう神様に与えられた力を信じて疑わなかった。

 実際、 自分が知識を持っていなくても、錬金術はイメージの奥底から引きずり出すように形にしてしまう。

 見た目や性能しか知らなくても、中身まで整った完成品を造り出せる。


 だが、現実は甘くない。

 確かに日本のガスコンロは再現できた。

 しかし、それをこの世界の資源で機能させるとなれば、燃料の置き換え、火力の調整、魔力伝導率――考えることは山ほどある。


 元の世界と違い、この世界にはガスもなければ電気もない。

 だから燃料を魔石に置き換えた途端、バランスは崩れ、欠陥品ばかりが生まれる。


「神様の力で元の世界の物は作れる。でも、この世界に合った物にするには……俺の知恵が必要なんだ」


 錬金術そのものは神話級。

 だが、それをどう使うかは自分次第。

 ハジメは苦笑し、震える手で再び魔石を手に取った。


「神様から力をもらっても、俺自身が平凡なら意味がないってことか……」


 呟きは自嘲にも似ていた。

 ただ作るだけならできる。

 だが、応用するには知識も経験も足りない。


 隣で見守っていたヴェルトハルトが、静かに口を開いた。


「主よ。それでもお前は進んでいる。元の世界の品を一から再現した力は、まさしく神話に等しい」

「……そうかな」

「そうだ。だが、神話の力をどう生かすかは、主自身の才覚次第。だからこそ、試行錯誤は無駄ではない」


 机の上に広がる失敗作を、ハジメは改めて見つめた。

 そこには平凡な人間としての努力の跡が刻まれている。

 失敗ばかりでも、確実に自分は前へ進んでいるのだ。


「……よし、もう一回だけ試そう」


 額の汗を拭い、ハジメは再び錬金術に意識を集中させた。

 神の力を持ちながら、平凡な人間として足掻く――その姿こそが、彼自身の強さの証だった。


 額の汗を拭い、ハジメは再び錬金術に意識を集中させた。

 何度も試作品を作り出しては壊し、壊しては再び挑む。


「……っ、駄目だ。また魔石を一瞬で使い果たす……!」


 テーブルの上には、火がついた途端に暴発したり、逆に全く火が点かない魔導コンロの残骸が散乱していた。

 どれだけ繰り返しても、理想には届かない。


「……チートの力で形は作れても、この世界に馴染む物にはならないのか……」


 悔しげに歯を食いしばり、ハジメはもう一度錬金術を起動しようとした。

 その肩に、大きな手が置かれる。


「――主よ」


 ヴェルトハルトの黄金の瞳が、月光を反射していた。

 静かだが、有無を言わせぬ気迫を帯びている。


「これ以上はやめておけ。すでに日は沈み、とっくに寝る時間だ」

「でも、まだ……」

「焦るな。努力を惜しまぬ主の姿勢は誇らしい。だが、限界を超えては身を削るだけだ。平凡であろうと、強さは積み重ねの果てにあるもの。今は休め」


 ハジメは息を呑んだ。

 悔しさは残る。

 だが、その声音に込められた忠義と温かさに、抵抗する気力が薄れていく。


「……わかった。今日はここまでにするよ」


 ヴェルトハルトは小さく頷き、散らかった部屋を一瞥する。

 その表情には、主を見守る誇りが宿っていた。


 ハジメは力尽きるようにベッドに倒れ込み、重たい瞼を閉じた。

 夢と現実の狭間で、彼はただひとつの思いを胸に抱く。


 ――必ず完成させる。

 たとえ平凡でも、諦めなければ。


 ハジメが深い寝息を立てる頃、工房にはまだ錬金術の焦げた匂いと、砕け散った試作品の破片が散乱していた。

 ヴェルトハルトは静かに立ち上がり、ひとつひとつの残骸を拾い集めていく。


「……全く、世話の焼ける主だ」


 口調こそ呆れたようだが、その手つきは実に丁寧だった。

 魔石の欠片を分別し、壊れた器具を片隅に積み上げる。

 彼の背中からは、騎士としての几帳面さと、従者としての思いやりが滲んでいた。


 机の上に残されたメモ用紙を見つける。

 拙い字で書かれた試行錯誤の記録。

 失敗の連続だが、それでも諦めずに書き続けられている。


「……平凡かもしれぬ。だが、この執念こそが主の力だ」


 ヴェルトハルトは小さく呟き、紙を整えて机の端に置いた。

 そして、灯りを落とし、工房に静けさを取り戻す。


 月明かりが差し込む中、主の寝顔を一瞥する。

 その表情は疲れてはいても、どこか安らかで――未来を夢見る者のものだった。


「……必ず護る。主の道を、最後まで」


 ヴェルトハルトはそう誓い、工房の扉を閉ざした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る