第21話 実はすごかったんだ……
石畳を踏みしめ、三人は職人ギルドの重厚な扉をくぐった。
受付に座る中年職員は、デニスの姿を見て軽く会釈する。
「やあ、デニスさん。今日はどんな用件で?」
「こちらの子をね、職人ギルドに加入させたいんだ。保護者は僕。推薦状はゴードンさんからだ」
その名を聞いた瞬間、職員の表情が固まった。
「……ゴードン、さん? あの、工房をたたんで久しい偏屈職人の?」
「そう、そのゴードンさんだよ」
デニスは懐から一通の封書を取り出し、受付に差し出す。
職員が封を切ると、中には確かにゴードン直筆の推薦状があった。
「……まさか、あのゴードンが弟子を取るなんて……! 信じられん……」
受付の声に、奥から別の職員たちがざわめきながら顔を出す。
「ゴードンが推薦状を出した?」
「弟子を取らないって有名だったのに……」
ギルド内に驚きの声が広がっていく。
職員は慌てて姿勢を正し、ハジメへと向き直った。
「し、失礼しました。それでは、実力を確認させてもらえますか?」
「実力……ですか?」
「はい。推薦状が本物だとしても、やはり本人の腕を確かめるのが手続き上必要なのです」
デニスが笑みを浮かべ、ハジメの背中を軽く押す。
「大丈夫だよ。ハジメ君、あの試作品を見せてあげなさい」
「……わかりました」
ハジメは荷物から、昨日完成させたばかりの保温機能付きの魔法瓶を取り出す。
銀色に輝く滑らかな外装に、職員たちは目を丸くした。
「これは……容器、ですか?」
「はい。中に入れた飲み物を、温かいまま、あるいは冷たいまま長時間保てるんです」
栓を開けると、まだ湯気を立てるお茶の香りが漂った。
驚いた職員が慌てて確認する。
「ま、まだ温かい……!? これ、入れてからどのくらい経っているんですか?」
「半日くらいです」
ざわめきが広がる。
ゴードンの推薦状に加え、この確かな成果物。
職員は目を見開き、深々と頭を下げた。
「……納得しました。これなら間違いなく、職人ギルドに迎え入れる価値があります」
周囲の視線が一斉にハジメへと集まる。
ただの子供と思われていた少年が、今、正式に職人の一歩を踏み出した瞬間だった。
ざわつく空気を耳にしたのか、奥の工房から一人の若い職人が姿を現した。
まだ二十歳そこそこだろうか、革のエプロンを付けた精悍な顔つきの青年だ。
手には煤で黒く染まった金槌を持っており、鋭い視線でこちらを睨んでくる。
「なんだよ、この騒ぎは……。あ? お前……!」
青年の視線がハジメに突き刺さった。
ハジメもすぐに気づく。――今朝、朝市で難癖をつけてきたあの若い職人だ。
「おい、坊主。こんなところで何を……」
吐き捨てるように言いかけた彼は、受付に置かれた推薦状と、ハジメが手にしている魔法瓶に目を止めた。
さらに周囲の職員たちが真剣な面持ちで頷いているのを見て、言葉を飲み込む。
しばし沈黙の後、青年は深く息を吐いた。
「……今朝は悪かった。勝手に敵視して、怒鳴って……。俺も失敗続きでイライラしてて……ってそうじゃねえな。八つ当たりなんかしてすまん」
不器用な声音に、工房で働く仲間たちが驚いたように目を丸くする。
ハジメは一瞬戸惑ったが、やがて小さく頷いた。
「……俺のほうこそ、浅はかでした。職人のこともギルドのこともよく知らずに首を突っ込んで……すみません」
短い謝罪の言葉に、青年は僅かに目を見開き、やがて苦笑を漏らした。
「ふん、その歳で素直に謝れるなら大したもんだ。……まあ、せいぜい精進しな」
それだけ言うと青年は背を向け、工房へと戻っていった。
その背中を見送りながら、デニスが満足そうに笑みを浮かべる。
「……どうやら、一歩前進ってところだね」
騒がしかったギルドも落ち着き、ハジメとデニスは正式加入の手続きを再開させた。
デニスがハジメの代わりの書類などにサインを行い、受付が書類に不備がないかを確認する。
特に問題がないことを確認して、机の引き出しから木札を取り出し、刻印を押して手渡してくる。
「これが職人ギルドの証です。ランクは下から順に【見習い】、【新人】、【半人前】、【一人前】、【匠】、そしてごく一部の伝説的な人物のみが到達する【名匠】となります」
「……名匠、か」
ヴェルトハルトが小さく呟くと、職員は苦笑する。
「夢のまた夢です。ですが、努力次第で必ず道は拓けるでしょう」
名匠とは数十年の経験、あるいは革新的な発明で国や歴史に名を刻んだ存在である。
職人ギルドにおいてもほとんど伝説扱いであり、弟子になっただけでも一目置かれる存在となるのだ。
ハジメは知らなかったがゴードンは本当に凄い人物であったのだ。
ちょっとしたハプニングはあったが、ハジメは正式に職人ギルドへ加入した。
ギルドを出ると、外の空気が妙に新鮮に感じられる。
デニスが隣で笑いながら言った。
「いやあ、ゴードンの名前は大きいね。これで文句をつけてくる奴も少なくなるだろう」
「……助かりました。ゴードンさんにも、後でお礼を言わないと」
「そうだね」
石畳を歩き出したところで、前方から冒険者装備の人影が現れた。
背には弓、腰には短剣。
荷物を軽々と抱えた猫耳の少女――ミリアだった。
「あれ、君たちじゃない」
軽い調子で声をかけてきた彼女は、まずヴェルトハルトの姿に目を留め、一瞬だけ目を丸くした。
だがすぐに猫らしい気ままな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「今度は職人ギルド帰り? 君、どんどん色んなこと始めるね」
「えっと……そう見えますか?」
「見えるよ。冒険者に、職人に……どれだけ欲張りなのさ」
からかうように言いながらも、その瞳には興味の色が宿っていた。
ヴェルトハルトが隣で腕を組み、低く告げた。
「主は欲張りなのではない。生き延びるために現実を選んでいるだけだ」
その真面目すぎる返答に、ミリアはくすりと笑った。
「ふふっ。やっぱり変わってるね、君たち」
ミリアは荷物を抱え直し、猫耳をぴくりと揺らしながら、ハジメとヴェルトハルトを見やった。
「ねえ、君たち。このあと時間ある? ちょうど夕飯どきだし、一緒にどう?」
突然の誘いに、ハジメは目を瞬かせる。
「えっ……僕たちとですか?」
「うん。新人の君と話してみたいし、それに――」
彼女の視線が横に立つヴェルトハルトへ向かう。
「竜人族とご飯なんて、滅多にできることじゃないしね」
からりとした口調に悪気はなく、ただ本音をさらけ出しているようだった。
横で聞いていたデニスが、ふっと笑った。
「いいじゃないか。僕はちょうどお店に戻らないといけないし、二人で行ってきなよ」
「でも……」とハジメが気を遣いかけるが、デニスは片手を振って遮った。
「気にしなくていい。若いうちに色んな人と縁を持つのは大事なことさ。僕に気を遣うより、彼女の誘いを大事にしたほうがいい」
そう言い残して、デニスは軽やかに歩き去っていった。
その背を見送って、ハジメは少しだけ緊張した声でミリアに向き直る。
「じゃあ……お邪魔してもいいですか?」
「もちろん! さ、行こう行こう!」
ミリアは楽しげに笑い、夕焼けの街を先導する。
その背中を追いながら、ハジメはヴェルトハルトに視線を送った。
「ヴェルト、大丈夫?」
「主の決断に従うのみだ。……だが、油断はするな」
「はは……わかってるよ」
猫耳の少女と、稀人の少年、竜人族の従者。
奇妙な三人の夕餉が、今まさに始まろうとしていた。
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