夫婦の日
~ 二月二日(水) 夫婦の日 ~
※
夫婦恋人問わず、男女の仲の
むつまじいこと。相思相愛の仲。
いくつも抱えた課題の内。
最も重要なことは、もちろん。
凜々花の勉強を何とかしなければならないこと。
「秋乃先生じゃ、効率よく教えてやれないだろうからな」
「……その通り。文系教科は壊滅的なうえ、理系教科については高校入試範囲外のことを教えそうだ」
ものの道理をよくわかってくれる才女、春姫ちゃんと共に。
舞浜家で、英語の試験対策ノートをまとめているんだが。
そんな左遷コンビをニコニコと見つめながら。
舞浜母が、呑気に紅茶を飲みながらつぶやいた。
「リリカー、天才。慌テズデモ、キット平気ヨ?」
「……ええ。天才なのは間違いありません。集中すれば、おそらく二週間程度で中学三年分の知識を詰め込むことが可能」
「それは過大評価なのかもしれんが、それでも残された時間頑張ったらうちの学校くらい軽々受かるとは思う」
「……だが」
「その通り」
「……集中しない」
「頑張らない」
「フフッ。マルデ、眠ル娘ヲ横目ニ心配顔デ話ス深夜ノ夫婦」
二人で同時にため息をつくと。
舞浜母が、コロコロと笑う。
まるで心配していないその訳は。
能天気だからだろうか。
はたまた大物だからであろうか。
だが、舞浜母の言葉を聞いて。
春姫ちゃんは、嬉しいような恥ずかしいような。
昨日の王子くんと同じような顔でオロオロとする。
「ああ。夫婦とか言われて困惑してるのか」
「んなっ!? ……コホン。そんなわけあるまい」
「いいよ無理に誤魔化さなくても」
「し、しかしあの二人が娘というなら鼻が高い」
「そうか?」
いや、そんな怪訝顔でにらまなくても。
こんな悪条件なかなかねえぞ。
「……何の不満があるのだ。優しく聡明な姉と、天真爛漫で誰にでも好かれる妹」
「家事ができない姉と勉強しねえ妹」
「……むむ。旦那様はネガティブで困る。あの子たちのいい所を見て愛してあげて欲しい」
「連日大変な思いしてきたからな。あの二人に勉強と料理教えるのがどれだけ大変だったか」
「……確かに。ご苦労様です」
夫婦ごっこを続ける春姫ちゃんが。
労いのつもりだろうか。
ポットから紅茶を淹れてくれた。
やれやれ、そう親切にされては。
頑張るしかあるまい。
「さて、次は数学か」
「……出題傾向は?」
「最近はまた基本が見直されていてな。基礎ができていれば七割は取れる」
「……ほう」
「だから対策としては、数をこなすしかないわけなんだが」
「……つまり、問題を作る側も数をこなさねばならないということか」
「そういうこと」
「……ふむ。肩でも揉んでやろう。旦那様が頼りだ」
「やれやれ……。頑張るか……」
爽やかな香りの紅茶を口に含んで。
早速ノートに向かうと。
舞浜母が、改めて。
「ヤハリ、夫婦ノヨウ」
そんなことを言うもんだからいきなり肩すかし。
「……またそのお話ですか。そのようなことを仰られては、お姉様が可哀そうです」
「ソウネ。……デハ、二人トモ立哉サンノオ嫁サンデハダメナノデスカ?」
「無茶なことを言わんでください」
法律的なことはともかく。
お母さんとしては、二人を同じ男に嫁がせるのっていやじゃねえの?
そしてこの母は。
秋乃の、常識知らずの遺伝元であるこの人は。
妙な持論を語りだす。
「ジェンダーフリーナ世ノ中ニ変ワリツツアリマスシ。二十年後ハ、ソンナコトニナッテイテモ不思議ナイノデハ?」
「とんでもねえな、二十年後。草食系男子が文字通り絶滅するぞ」
「……世の男子のために恋愛塾が開かれる未来が想像できた」
さすがに無茶だ、一夫多妻なんて。
逆もあり得るはずはねえし。
でも、舞浜母は。
時代の移り変わりを話して聞かせて来て。
可能性をさらに高めようとする。
「時代ト共ニ世界ハ変ワル。小学生ガヤッテミタイ習イ事ランキングヲ聞イテ愕然トシタ。ガガーンダッタ」
ががーんってほどの結果が出たのか。
それは興味深い。
「どんな結果だったんです?」
「三位ガプログラミング。二位ガダンス。一位ガナント、動画制作」
「…………ん?」
「……お母様。普通だと思いますが?」
「ガガーン」
よっぽどショックだったのか。
机に突っ伏しちまってるけど。
プログラミングは授業でも始まるくらい、現代人に必須なスキルだし。
ダンスはずっと人気の習い事だし。
そして動画投稿者として売れるかどうかは、動画編集技術が左右する。
何年も前から普通のことじゃねえのか?
「グスン。コウシテ、世界ハ変ワッテイクノデス」
「……お母様には、ショックな出来事だったというものだったのですね?」
「ハイ。ダカラ、立哉サンガ秋乃ト春姫ト凜々花サンノ旦那サンニナッテモオカシクナドナイノデス」
「一個爆弾混じっとる」
「……さすがに異常な事態です、お母様」
時代が変わったって。
実の妹を嫁さんにしちゃいかんだろう。
そもそも、実際の妹に萌える男はこの世にいない。
妹萌え属性ってのは、実際には妹がいないやつがなるもので。
妹がいるのに妹萌え属性がある男は、現実から逃げて二次元の世界で理想の妹を求めてるだけだ。
「デモ、可能性ハ有ルノデス」
「……ふむ」
「いやいや。想像してみたけど、だめだその家族」
「ソウカ?」
「……楽しく過ごすことができるとも思うが?」
いやいや。
なに言ってんだ?
「絶対だめだろ。インカムにまったく見合わぬ大食らいと浪費家がいる」
「タシカニ」
「……その場合、私も仕事に出ねばなるまいな」
「それは困る。誰が家事をする気だ?」
「……おっと、それこそ困る。立哉さんは家事を手伝わない気か?」
「そうは思ってねえけど、現実的にだな……」
実に意味のない、無駄な議論。
俺と春姫ちゃんによる理想と現実のすり合わせ。
そしてお互いに意見と打開策と。
その反論とを出し尽くし。
とうとう、結論が出ることになった。
「「……二人で逃げよう」」
俺たちの決断を合図に。
舞浜母は、珍しく。
声をあげて笑ったのだった。
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