悪意という名の透明爆弾
長月瓦礫
悪意という名の透明爆弾
ある日、空から落ちてきた透明な爆弾によって、人類は静かに終焉をむかえた。
誰かがそれを悪意と呼んだ。その誰かとは、すなわち神である。
人類が滅んだ今、爆弾のことを語る存在は神以外いない。
そもそも、悪意は感情の一種である。感情とは、カオスを言語化したものである。
言語化とは、すなわち言葉にするということだ。
地球上において、言葉を使用するのは人類だけだった。
感情を言葉にできるのも人類だけだった。
だから、必然的に悪意も人類からしか生まれない物だった。本能で生きる物たちには悪意という感情すらなかった。
悪意はいろいろな場所で生まれた。
貧しい人は豊かな人から奪おうとし、つまらない人はおもしろい人を黙らせようとし、苦しい人は楽しい人を殺そうとした。感情は人類の持つ心から生まれる。
言葉も心から生まれ、使い倒され、細分化された。
人類は名前のない物を嫌うから、どんな物にも名前をつけようとした。
時には覚えきれないほどの長い名前がつけられることもあった。
どんな感情にも名前をつけて、己自身を納得させようとした。
理不尽なことでも不条理なことでも不都合なことでも、必ず原因があると人類は考えたのであった。
だが、切っても切っても分けられない物が必ず存在した。
同じカオスを抱いているはずなのに、綺麗に分けられない。
すれ違いや対立は何度も起きた。
だから、人類は常に争っていた。戦っていた。競っていた。
死人たちが住むほの暗い世界と大して変わらなかった。
神様は世界の様子をずっと見ていた。
修羅のような世界をどうにかしようと、東奔西走した。
様々な意見を聞いてうなずいているうちに、一つの答えにたどり着いた。
自分たちの持つ悪意がどれだけ無意味で無力なのか、その身を持って知ってもらうことにしたのだ。
神様は目に見えないほど小さくなり、こっそりと人間たちに入り込んだ。
悪意と呼ばれる感情をマリアナ海溝へ送り込み、海の奥底へため込んだ。
つもりにつもったそれは、ひとつの透明な結晶になった。
大きな結晶体は見た目はきれいでも、結晶を構成しているモノは非常に醜かった。
それは人類の貧しさであり、苦しみであり、悲しみの集合体だからだ。
そんなものを美しいと思う人類がどこにいるのだろうか。
神様は透明な爆弾として、地面に投下した。
それらはバラバラに砕け散って、心のスキマに入り込んだ。
醜い感情をいきなり大量に詰め込まれた人類は、爆弾を耐えることはできなかった。
悪意は悪意を呼び、人類は一斉に死へ向かった。貧しい人も豊かな人も、つまらない人もおもしろい人も、苦しい人も楽しい人も、全員死んだ。
こうして、世界は滅んだのである。
悪意という名の透明爆弾 長月瓦礫 @debrisbottle00
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