22. 助言
沢山出ていた宿題を金曜日のうちに済ませ、土曜日の朝9時には、キレトは芹花との待ち合わせ場所へ出かけたらしい。
それまでは、しばらくキレトの浮足立った足音が続いたが、やがて、ドアの開閉音がした。
その事を確認して、いつもより布団の中でダラダラしてから朝食に降りて行くと、お父さんは休日出勤で出かけていて、絵美さんの笑顔が迎えてくれた。
「おはよう、愛音ちゃん! 今朝は、遅かったのね」
「ずっと委員会とか有って、慌ただしくて疲れていたから。今朝は久しぶりに、のんびりしてました」
キレトと顔合わせないように、絵美さんには委員会という言い訳を通していたから、矛盾が生じないように、またその言葉を使った。
「
絵美さんが懐かしそうに古いアルバムを出して見ていたから、気になって私も覗いてみた。
幼稚園の青いスモックを着た3人の子供達。
ツインテールしてる私の髪の片方を引っ張っているのは、渡上だよね?
なんか、その面影のまま大きくなってて、一目瞭然なんだけど......
その悪ガキをとっちめている感じなのは、キレト.....だよね?
「私って、もしかして、イジメられっ子でした......?」
不思議なくらい、その時の記憶が残ってない。
前に絵美さんが言っていたけど......
本当に、お母さんが亡くなった哀しい出来事のせいで、その頃の記憶を忘れてしまったのかな?
「
その頃は、キレトが助けてくれていたんだ......
そういえば、この前のトリプルデートでも、そんな事が有ったもんね。
「それは、なんとなく分かります」
ああ見えて、キレトは意外と、正義の味方のような一面が有るから......
「
絵美さん、心配してくれているんだ。
川浦君に失恋したばっかりだったし、トリプルデート後、渡上の悪口三昧していたから......
「渡上君とは、そんな真剣な交際じゃないので、大丈夫です」
奪還作戦の事なんて、絵美さんにも話せない......
話したら、絵美さんにだって軽蔑されるに違いないもの!
「それならいいけど......私ね、昔、そんな気持ちも無いまま、当てつけで付き合い出して、後悔した事が有ったから。愛音ちゃんには、私の二の舞にはならないで欲しいと思って......」
えっ、絵美さんにも、そんな事が有ったの?
そういえば、この前の話の続きを聞きたかった。
例の......お母さんと、お父さんを巡っての三角関係なのかな?
「絵美さんが話し
私が願い出ると、絵美さんは、少し複雑そうな顔をした。
「そうね......こんな話、
絵美さん、その頃からもう随分
そうだよね、お母さんよりもずっと前から、絵美さんは、お父さんの事が好きだったんだもん......
「お母さんは、積極的な感じの人だったんですね。何だか意外......」
パッと見た目の印象だったら、お母さんより絵美さんの方がずっと積極的な印象なのに。
「友達になった
多分、絵美さんの期待は叶わなかったんだ......
だって今、私が、こうしてここにいるのだから......
「お父さんは、お母さんと付き合い出したんですね」
「そうなの......だから私、ヤケになって、告白して来たチャラい男と付き合う事にしたの」
あれっ......?
絵美さんの声は、それまでの口調と変わり、少し軽くなった。
「それって、もしかして......
「坂井って、見るからに女好きそうで、あまり良い噂を聞かなかったし。だから、坂井と付き合ったら、お父さんは私の事を気にかけてくれたり、反対してくれるかなって。そこでも、淡い期待していたんだけどね......そんな私の期待は、見事に裏切られたの。でもね、坂井も付き合ってみると、噂ほど悪い感じの人じゃなかったから、いつの間にか情が移ってたわ!」
なんか、私がキレトに期待していた感情と似ている......?
情が移ったって事は、好きに近い状態なのかな......?
でも、きっと、本心では、まだお父さんの事を忘れてなかったんだよね。
「お父さんと再婚するきっかけって、どんなだったんですか?」
「あまり聞かせたくないかな、愛音ちゃんには」
そう言われると、ますます聞きたくなる!
「お母さんに対して、申し訳無くなるような内容でも構わないので、教えて欲しいです!」
私がしぶとく食い付くと、絵美さんも重くなった口を開けた。
「
そういえば、この前まで、キレトは学区外に住んでいた。
「1年前くらいに、お父さんと再会していたんですね......」
その頃から、お父さんは絵美さんと会うようになった。
再婚に向けて、お父さんは色々変わっていったはずなのに、私は、何も見抜けなかった......
あの日、絵美さんとキレトがやって来る時までって......
私、どれだけ鈍感なんだろう!
「1年前、久しぶりに再会して、懐かしくて一緒に飲んだ時、酔った勢いで、高校時代の自分の気持ち、お父さんに白状したの。そうしたら、実は、お父さんからも、同じ気持ちだったって言われて......」
えっ、絵美さんとお父さん、元々両想いだったの......!?
そこに、お母さんが割り込んで来たから、歯車が180度狂ってしまったの......?
お母さんさえ転校して来なかったら、2人は普通に付き合って結婚していて、私は生まれてなかった......
「ごめんなさい......」
お母さんは、知らないままだったかも知れないけど、それを知ってしまった私は、絵美さんに謝らずにいられなかった。
「えっ、愛音ちゃんが謝るような事じゃないわ! こっちこそ、ごめんなさい! こんな、愛音ちゃんの気分害するような話をしてしまって......」
「ううん! 私がどうしても聞きたかったから......」
絵美さんは、悪くなんかない!
むしろ、悪いのは、後から現れて2人の仲に割り込んで来た、お母さんの方!
でも、お母さんだって、そもそも2人の気持ち知らなかったのだから、ホントは悪くないのかも.....
「どうして、あの時、素直になれなかったんだろうって、お互い後悔した。でもね、遠回りしなきゃ気付けない事も有るから、結果的には良かったのよ! 今は、また巡り会えた事に感謝してる! 私、1年前からずっと幸せで、今までの分も夢見心地が続いてるから!」
そう言った時の絵美さんの表情は、私が今まで目にした事も無かったくらい一気に明るくなった!
絵美さん、お父さんをずっと想い続けて来て、やっと成就したんだもの、嬉しいよね!
「良かった! 絵美さんの想いが報われて」
私、いつの間にか、一緒にいた時の事を全く思い出せないお母さんよりも、絵美さんの方に味方したくなっている!
すごく不思議なんだけど、今はもう絵美さんの方が、身近に感じられているから!
「心苦しいけど、愛音ちゃんにそう言ってもらえると、嬉しいわ! お互いコブ付きでの再スタートだけど、2人じゃなくて4人だから、2倍に楽しいわ!」
「新婚さん家庭に、お邪魔かな~とも思うんですけど......」
そう言うと、絵美さんが豪快なくらいに笑った。
「そんな新婚さんなんて年じゃないから、今さら! それより、そんな事を経験した私からのアドバイス。当てつけとか、相手に気にかけてもらう為に、その気も無い男子と付き合っても、成功は期待出来ないかもよ。男の人って、分かっていてくれていると思うような事でも、やっぱり声に出して言わないと伝わらないものだから!」
自身で経験済みの絵美さんが言うんだから、説得力が有る!
確かに、このまま渡上と付き合っても、虚しさしか残らなさそう。
「渡上は奪還作戦を期待しているようだけど......私は、今更そんな事は無理だと思っているから......」
川浦君と
「トリプルデートでペア組み損なった川浦君? きっとペア組んでいたらって、何度も思い起こしてしまうわよね」
「でも、2人が両想いなのは、ニブイ私でも疑いようが無くて、憧れ続けて来たけど、もう潔く諦めないとって思ってるんです......」
「他にも引っかかっている事があるの?」
そう、川浦君に今更、渡上を使って挑もうとなんてしてない。
私が、あの時、渡上の申し出を受けたのは、キレトのせい......
でも、それを、キレトの母親である絵美さんには言えない。
絵美さんは、私にこうして話しにくい事でも話してくれたのに......
「別に何も無いです! ただ、負け組同士の渡上に協力してあげようと思っただけです」
嘘つき!
渡上になんか協力する気持ち、
渡上に協力するなんて言ったけど、それで芹花と渡上が上手く行ったら、まるで、私はキレトがあぶれるのを手をこまねいて待っているみたいじゃない!
それはそれで、絵美さんにまた誤解されちゃう!
私、何やってるんだろう!
「私にとって愛音ちゃんは、親友の娘で私の娘でも有るから、とても大切な存在なの! 私は遠回りして幸せになれたけど、世の中、そうそう上手く行かないかも知れないから、後悔しないようにして欲しい! この話は、もうおしまいにしましょう。すっかり、ブランチのような時間になったわね」
私の分だけ残された朝食を温め直してくれた絵美さん。
絵美さん、優しい......
他の人達にとっても、お母さんって、こんな存在なのかな?
今まで、お母さんのいない状態でずっと生きて来て、絵美さんが現れてから、まだ少ししか経ってないのに、私、随分と助けられてきた。
今は、もう絵美さんがいない我が家なんて、考えられなくなっている!
ううん、絵美さんだけじゃなく、キレトも......
いつの間にか、2人はすっかり私の家族になっている!
家族......だからなのかな?
今までは、親友の芹花をキレトに取られるのがイヤなのと、キレトに傷付けられるかも知れないと恐れて、2人がくっ付かないようにと思っていたのに......
今は、芹花に......私の家族であるキレトを取られそうで、私だけノケモノにされているような感じで、2人が付き合うのがイヤ。
これって、ブラコンのような心境......?
「愛音ちゃんって、お友達の芹花ちゃんと
朝食中、それまでの沈黙から、いきなりそんな話を振られたから驚いて、殆ど噛まないまま飲み込んでしまった。
「えっ、あの......最初は反対していたけど、でも2人がいいなら、私がとやかく言う事でもないし......」
反対していた理由は、キレトが軽薄そうで、女をとっかえひっかえしてそうな奴だと思っていたからなんて、とてもじゃないけど母親である絵美さんに言えない!
「パッと見、坂井に似て
さすがは、絵美さん!
私が言わなくても、母親なだけに、息子の外見上から見える印象をよく理解している!
「ホントは、それで反対していたんです。でも、
それに気付かされたのはトリプルデートの時、そして、停電の時。
キレトがいてくれなかったら、私、ホントにヤバかった!
「良かった。最近、2人がわざと避けているような感じで、そんなに仲悪くて一緒に居るのもイヤなら、私、再婚した事を申し訳無く思っていたのよ......」
絵美さん、そんな事を気にしていたんだ。
「そんな......私や
「でも、私は、出来れば、愛音ちゃんとも仲の良い家族になりたいって願っているから」
絵美さんの口から家族という言葉が出て、嬉しいようなくすぐったいような気持ちにさせられた。
「私の中では、絵美さんも
「ありがとう、愛音ちゃん! そういう風に言われて、すごく嬉しい!」
絵美さんは、私なんか相手でも、そういう嬉しいという感情を素直に表現してくれている。
私も、絵美さんのように言えたらいいのに......
ううん、絵美さんは、過去の自分を繰り返さないように、そうやって素直に生きる事をだんだんと身に付けていった人だった。
分かってくれていると思うような事でも、言葉にするのが大事......
私も、少しずつ、そうなれたらいいな!
絵美さんに対しても、キレトに対しても......
でも、やっぱり、難しいな......
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