14. 報われない想い

 さっきのキレトと磯前いそまえさんのキスシーンばかり頭をよぎっていたから、その後の打ち合わせの内容が素通りして行った。


 当の本人達であるキレトと磯前いそまえさんが、何事も無かったかのように装っていたから、それまではあんなに動揺していた川浦君も、それに合わせて平静を保っていたのだけは覚えている。

 何も目にしてなかった渡上は、いたってマイペース。


 

 帰り道、校門の前で他の3人が反対向きに遠ざかると、ずっとモヤモヤしていた事をキレトに確認した。


「ねぇ、さっき、教室で、磯前いそまえさんと......」


「別に何もしてねーよ!」


 私が言い終わらないうちに、ぶっきらぼうに否定したキレト。


 何もしてないって......?

 キスしていたのに、それはカウントされないって、どんなよ!


「何しらばっくれてるの? 私も川浦君も見てたのに!」


「さっきのは、穂澄ほずみの目が痛くなって、目に何か入ってないか見て欲しいって」


 穂澄ほずみって......

 いつの間に磯前いそまえさんの事を名前で呼び捨てするようになってるの?

 もう、怪しさしかない!


「仮にそれがホントだったとして、の目に何か入っていたの?」


 わざとらしく私も、穂澄ほずみさん呼びしてあげた。

 磯前いそまえさんの言動が、どう考えても、接近する為の口実に思えてしまうのは、私だけ?


「いや、見えなかったよ」


「だと思った~! それが、さっき、私と川浦君が教室に戻ったタイミングだったの?」


 でも、そういう感じでも無かったような......


「それは、その時じゃなくて、その後の......」


 そう言いかけたのに、顔を赤くして口籠くちごもったキレト。


「その後って、何......?」


 キレトの赤面なんて初めて見た!

 なんか、磯前いそまえさんだけでなく、キレトの方も満更でも無い感じ~。


 絶対、何か有ったに違いない!


「お前、口軽そうだから、言うの止めた!」


「そこまで言いかけて、ズルイ! 芹花との事、協力してあげなくていいの?」


 私は、知っている!

 キレトは、この言葉に何より弱い事を!


「それ、言うか~? マジで、お前、誰にも言うなよ!」


「分かってるから!」


 そんなに磯前いそまえさんとの事は、2人の秘密にしておきたかったんだ。


「目のゴミは嘘だって知らされた後、穂澄ほずみに『キスして』って言われた」


 やっぱり、そ~いう事なんじゃない!


 磯前いそまえさんの方から積極的に迫って来たとは......いつ、誰が通りがかるか分からない教室なのに、大胆~!


「つまり目のゴミは、ただの演技で、磯前いそまえさんは最初からキス目的って事?」


「それが、あのタイミングだよ」

 

 キレト、あんな美人の磯前いそまえさんとキスしたわりには、不機嫌なんだけど......

 私達が目撃したから、まさか未遂みすいに終わって、怒っているとか?


「私達が見ちゃった時だよね?」


「2人分の近付いて来る足音に気付いて、穂澄ほずみは、わざと俺とのキスを見せつけようとしたんだ」


 えっ、私と川浦君が来るって分かってて、わざと見せつけていた?

 

「見せつけるって......? それは......私に? 川浦君に?」


 キレトが苦笑いした。


「お前、ホント、鈍さのかたまりのような奴だな! お前に見せびらかして何になる? 川浦に決まっているだろ!」


「川浦君になの? それって、もしかして......」


 川浦君にヤキモチ妬かせる為の磯前いそまえさんの演出?

 って事は、もしかして、磯前いそまえさんも川浦君が好きなの......?


 それで、キレトのプライドを傷付けられて、ご機嫌斜めなわけだ!


「俺を利用して、川浦に嫉妬させるのが狙いって分かったから、そういうの川浦に通用しないって伝えた」


「うん......確かに、川浦君、分かりやすいくらいに、すごくショック受けていた」


 .......えっ、待って!


 それじゃあ、2人は両想いって事......?


「残念だったな~、愛音! 川浦と穂澄ほずみが両想いで。もはや、割り込むすきなんてねーし」


 こ、こいつ~!

 川浦君との事を協力するって言ってたくせに......

私の失恋確定を絶対、面白がっている!


「まだ、本人達が気持ち確かめ合ってないし、すれ違うかも知れないから、私にだって可能性は残されているもん!」


 キレトの前で、誰が失恋なんて認めるもんか!

 

「いや、かなりその線は薄いだろうな~」


 そりゃあ、両想いの2人に割り込もうとしている片想いの私だったら、完全に私のが悪いのは認めるけど......


「2人が付き合い出すまでは、私は諦めないから! キレトは約束通り、ちゃんと協力してよね!」


「はいはい、こうなったら玉砕ぎょくさいするまで協力してやるよ!」


玉砕ぎょくさいって、まだ先の事なんて分かんないのに、ひどくない? 勝手に私の失恋フラグ立てないで!」


 キレトは協力というより、失恋する私を見て、小馬鹿にするのが目的なのかも知れない。


 私だって、最初っから、磯前いそまえさん相手に勝ち目が有るなんて、これっぽっちも思ってもいなかった......


 はた目から見ても、あの2人はお似合いだし。

 私なんかの出る幕は無いって、分かっていたけど......


 でも、学級新聞の編集委員を一緒に出来る事になって、全く可能性無かった所からのスタートで、勝手に、かなり近付けたつもりでいた。

 私がここで、イイ人ぶって、意欲的に新聞作り頑張ったら、川浦君、私の事を認めてくれて、今まで気にしてなかった存在でも、良い印象付ける事が出来るんじゃないかなって。

 焦らず、一歩ずつ近付いていけば、いつかは川浦君の横に、自然に並べる日が来るんじゃないかって期待していた。


 そんな新聞の編集委員に賭けた私の夢や野望が、初日早々、こんなにももろく打ちくだかれる事になるなんて、誰が想像出来る?


 新聞出来上がって、打ち上げ会とか、七夕の時とかじゃなくて、初日早々に!


 なんか、もう、明日からは、新聞制作サボって、さっさと直帰したいくらいの気持ちになってる......


 でも、ここで諦めたら、キレトの思う壺だ!


 このまま行くと、どう考えても、川浦君と磯前いそまえさんという、2年3組のビッグカップル誕生の流れだけど......

 新聞編集委員としての私が、まだ横並びの状態でいるんだから、是が非でも、それだけは食い止めたい!


 新聞が出来上がるまでに、川浦君の気持ちを磯前いそまえさんから私の方に向けさせるって、かなり難題だし、課題が多過ぎるけど、残された時間で私はいどむつもり!


「キレト、答えて! 私が磯前いそまえさんに勝てるものって、何か有ると思う?」

 

 「......はぁ~? 悪いけど、何1つ見い出せない。穂澄ほずみって才色兼備だから」


 キレトに聞いたのが間違いだった!


 自分が底辺まで突き落とされた気持ちにさせられる!

 そんなに磯前いそまえさんの事を賛美するなんて!


 男子の立場だったら、そりゃあ分かるよ、分かるけど......


「だったら、そんな才色兼備の磯前いそまえさんより、キレトは、どうして芹花なの?」


「決まってるじゃん! 断トツに可愛いから!」


「芹花は可愛いけど大人し過ぎるし、付き合って楽しそうなのは、磯前いそまえさんの方じゃない?」


 磯前いそまえさんだったら、常に話を振って来る感じで、退屈しなさそうだし。

 現に、川浦君だって、他の男子達だって、磯前いそまえさんに夢中だし。


 男の見る目と女の見る目って違うっていうけど、男子同士でもそんなに好みが違うのかな?


「俺さ、積極的に女の方からグイグイ迫って来られるのって、マジで苦手なんだよ!」


「えっ、意外!元彼女とか、そんな感じに見えたのにね~」


 キレトの転校初日に校門で見かけた、ハデ目の女生徒を思い出した。


「それが苦痛だったし、転校を機に自然消滅出来るって願ってたのに、待ち伏せされたのにはマイッタ」


「失恋に片足突っ込んでいる私の前で、自分のモテ自慢なんかして、デリカシー無さ過ぎ!」


 ついムカついて言わずにいられない!

 芹花の為に、キレトの情報収集した方がいいと思ったけど、これじゃあ、また口論になって終わりそう。


「あれっ、失恋、認めてないんじゃなかったっけ? さっきの話に戻るけど、あの時、元カノからの窮地きゅうちを救ってくれた穂澄ほずみには恩が有ったのを思い出した! つまり、愛音に協力はするけど、最終的に穂澄ほずみの味方するから、俺」


 何よ、それ!


 結局、キレトは、ただでさえ高層ビルの高速上りエレベーター並みに有利な磯前いそまえさん側に付くって事だよね?


 それでなくても、川浦君の気持ちだって、磯前いそまえさんに有るのに.......


 こんなじゃあ、私が1人で、どんなに頑張ったって、ただの空回りにしかならない......


「そんなの......私だって、本気で2人ともカップルになるの望んでいるんだったら、潔く諦めるもん!」


「それ聞けて良かった! 往生際悪く、2人の仲を裂こうとしたり、泣き叫ばれたりしたら、家に連れて帰るのも面倒そうだからな」


 私の事、どんな性悪女だと思ってるの、キレトは!


 そんなの.....ダメだったら、諦める他は無いって、私だって分かってる!

 いつまでも、未練ったらしく引き摺っていたら、自分が嫌になりそうだもん。


「ご心配には及びません! 私、引き際くらい心得てます!」



 ......なんてキレトには断言しちゃったけど、新聞作成の時間が憂鬱になるくらいの毎日がずっと続いているんだよね。


 お互い告白に至らないままでも十分なくらい、川浦君と磯前いそまえさんの息がピッタリ合うのを目の前で見せつけられると、やっぱり凹まずにいられない。


 もう既に付き合っているの、2人は......?


 って私、何度も錯覚させられた。


 川浦君が100%言い切らなくても、阿吽あうんの呼吸みたいで、磯前いそまえさんは機転を利かせて、次に川浦君が言いたかった事が伝わっているから、どこのクラスよりも作業がサクサク進んでいく。


 私とキレトと渡上なんて、アンケート回収と下書きを消しゴムで消したくらいで、他はほぼ出る幕無く、8割方、川浦君と磯前いそまえさん2人の連係プレイで仕上がってしまっていた壁新聞。

 

 こんなの目の前で展開されていたら、私なんて、つくづく本当に磯前いそまえさんの足元にも及ばないって痛感させられた。


 何年も川浦君に片想いして来たけど、やっぱり無理なものは無理だよね......

 玉砕ぎょくさいする前に、さっさと諦めるべきなのかも知れない。

 

 こんな事なら、新聞の編集委員に立候補なんてするんじゃなかった!


 新聞作成の日々は、締め切りの七夕に向けて、日に日に、川浦君と磯前いそまえさんが仲睦まじくなっていく様子を見せつけられただけで終わったような感じ。


 あの2人の視界には、きっと、他の私達3人は入って無い。

 完全に外野扱い。


 今まで13年間も生きて来て、こんなものの見事にスルーされた事って初めてかも知れない。


 しかも、その1人が、ずっと片想いしていた相手......

 こんな救いようのない憐れな状態に、私がおちいるなんて、想像しなかった。


 こんな感じだったら、玉砕ぎょくさいしないで済む可能性なんて、万に一つも無い!

 期待するのも、バカらしいって笑えて来てしまう!


 挽回ばんかいする機会なんて1回も与えられないまま、私はまるで最初っからそこに存在してなかったかの如く無視され続けて、いつの間にか気付くと失恋しているの。


 初恋の終止符が、こんな風に呆気あっけ無く打たれるなんてね......

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