異世界倫敦の守護者達 ~アンティークショップから始まる戦いの日々~

和泉悠

プロローグ

 ロンドン市内、コヴェントガーデンに近い路地裏にある古ぼけた扉の前に、一人の青年が立っていた。

 金髪の髪をすっきりと襟足で整え、180センチくらいのすらりとした体格にグレーのスーツを着ている姿は、こんなところよりもビジネス街の方が似合いそうだ。

 青年は自分の左手首に嵌められた時計を見る。


「約束の時間だが…」


 目の前の扉には「Closed」の文字。

 昨日、電話で来店予約をした時に聞いた人の好さそうな店主の声が甦る。

 だが先ほどから電話をしてみても、呼び出し音が鳴るだけで相手が出る気配はない。

 仕方なく予約した時間を10分過ぎたところで扉の取っ手を掴んで引いてみると、木がきしむような小さな音を立てて扉が開いた。

 扉の向こうに見えたアンティークショップ独特の雰囲気の商品達を見て、間違った店に来たわけではないようだと一安心する。


「入りますよ」


 予約しているから問題はないだろう、と店内に足を踏み入れる。

 すると足元が突然金色の光に包まれた。


「は!?」


 突然の事に逃げようとしたが、まるで足が床に縫いつけられてしまったかのように動かない。

 焦るだけで何もできない青年の全身が光に包まれると、店内からその姿は忽然と消えてしまった。




「きたか」


 目の前の床に金色の光が現れたのを見て、口元に小さく笑みを浮かべた男が椅子から立ち上がった。

 その数秒後、古ぼけた木の床に立つ人物に向かって楽し気に話しかける。


「ようこそ『ベイカーズ』へ」

「ベイカーズ…?」


 男は周囲を見渡すと、怪訝そうに目の前の男を見る。

 少しクセのあるブラウンの髪に珍しいグリーンの瞳。端整な顔立ちをしているが、肌は病的なほどに白い。運動などまるでしていなさそうな細い身体には、ブラウンに黒の細いストライプの入ったスーツを着ているものの、だらしなく着崩している。良い生地を使っているのにもったいないと思ってしまう。


「…俺はこことは違うアンティークショップに来たはずなんだが」

「そうだね。でも君はここにいる。そして僕が君を呼んだんだよ」


 「ま、アンティークショップって事だけは合ってるからいいんじゃない?」なんて勝手な事を言う相手に驚きがいらつきに変わる。


「呼んだと言うが、さっきの金色の光もお前のせいか?」

「お前なんて品がないね。…そうか、まだ名乗ってなかったね。僕はエドワード・ベイカー、この店の店主だ」

「…ジェレミー・カートレットだ」


 相手に名乗られてはこちらも名乗らないわけにはいかない。


「ジェレミーね。良い名前だ」

「それより用件を言え。呼んだというのはどういう事だ?」

「随分とせっかちだね」


 そう言われてもジェレミーもこの状況を把握した上で、早く元々行く予定だった店に行かなければならない。


「用件というのは簡単だ。僕たちと異なる世界で生きてきた君の力を借りたい」

「…小説の読みすぎか?」


 異なる世界と言われても、どうみても自分と違う世界で生きてきたような相手には見えないし、この建物だって古いけれどロンドンにはこれくらいの時代の建物はいくらでもある。


「あ、信じてないね。じゃあ、窓の外を見てごらん」

「窓の外?」


 エドワードが指さす先にあった窓は少し薄汚れていて、ここからでは外の様子があまり見えない。ジェレミーは窓に近づくと、はめ殺しの窓の向こうを見るために目をこらす。


「…!!」


 窓の向こうに広がる景色はビルの街並みでも、ありふれたロンドンの下町でもなかった。

 舗装されていない道路を走るのは馬車であり、人々の服装はまるで映画で見た19世紀ロンドンの人々のような服装だった。


「映画のセット…というわけではなさそうだな…」

「ジェレミー、君にはこの世界で頼みたい事がある」

「…ここはどこなんだよ」

「『ロンドン』だよ。ただし、君のいたロンドンとは別のね」


 パラレルワールドという言葉がジェレミーの頭を過ったが、それよりも目の前の正体不明の人物にどこか空恐ろしいものを感じ始めていた---。

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