Episode12 失敗は許されぬ~伝説の吸血鬼ハンターの息子の初任務~

 人には皆それぞれ適性というものがある。

 職業を選択する際には、それが自身の適性に合致しているかどうかを熟慮する必要がある。

 特に自身の命だけでなく、他人の命までもがかかっている場合は。

 ……と、十九歳の時に吸血鬼ハンターという職業を選択してから、かれこれ十二年となるグスターブは思っていた。

 かく言うグスターブ自身は、今までに退治した吸血鬼の数もかなりのものであったし、実戦で足を引っ張って同僚たちの命を危険に晒したことなども皆無であったし、同僚のフォローに回ることすらだってできるほどに優秀であった。

 さらに言うと、人間の中に紛れ込んだ吸血鬼を見つけ出す目も確かなものであった。

 彼の適性は、吸血鬼ハンターという職業に見事に合致していたと言えよう。


 そんなある日、グスターブの所属する部隊に新入りが入ってくることとなった。

 しかも、ただの新入りではない。

 いまや伝説となっている、とある吸血鬼ハンターの一人息子だ。


 ちなみに、その伝説の吸血鬼ハンター自身は四年ほど前に病気で亡くなっていた。

 あの人が早くに亡くなってしまったことはあの人の家族だけでなく、この世界にとっても大きな損失であった、とグスターブは今でも思っている。

「失敗は許されぬ」があの人の口癖だったらしい。

 グスターブと普段の管轄地域は違っていたが、前に一度だけ、最大級の吸血鬼の巣窟と噂されていた古城への潜入捜査において、あの人とともに戦ったことがある。

 その手並みの鮮やかさのみならず、判断能力や統率能力など全てにおいて、あの人を超える吸血鬼ハンターなどもう二度と現れやしないだろう。

 そう、まさにあの人こそ吸血鬼ハンターとなる星の元に生まれてきた人だったのだ。


 あれほどに偉大な人を父に持ち、その背中を追って育ってきた一人息子。

 確かに外見はあの人の面影をしっかりと宿していた。

 だが、全体的にどこか軽い感じ……というよりも軽過ぎる。

 口ばっかりが達者で中身が伴っていないにも程があるといった感じだ。

 そりゃあ、親子であっても別の人間だし、まだ若いということもあり、若さゆえの怖いもの知らずや傲慢さもあるのかもしれないが。

 目に見える不安。

 いや、目に見え過ぎている不安であり”不吉な予兆”。


 ついにグスターブは本人に直接聞いてしまった。


「これまでに他の職業を……つまりは父親と違う道を選ぼうと思ったことはないのか?」


「ないっスね。吸血鬼ハンターの一人息子も当然、吸血鬼ハンターになるモンじゃないっスか。でも、”出来た父親”の元に生まれたことは本当に幸運だったって感謝してるんスよ。皆、チヤホヤしてくれるし、父親のおかげでどこに行っても特別扱いなんスから(笑)」


「……明日の夜の舞踏会の潜入捜査が初任務となるわけだが、不安はないか?」


「それもないっスね。ついに俺の初任務キターって感じっスけど、俺には父親の血が……伝説の吸血鬼ハンターの血がしっかりと流れているんスよ。だから、大丈夫っス。伝説の吸血鬼ハンターの一人息子の名に恥じぬ華々しい活躍をしてみせますから(笑)」


 グスターブは、心の中で溜息をつかずにはいられなかった。

 十中八九、こいつは役に立たないだろう。

 華々しい活躍どころか、足手まといにしかなりそうにない。

 伝説の吸血鬼ハンターの血が流れているから何だというのだ。

 自身の身体に流れている血などよりも鍛錬を重ねることの方が……いや、残酷なようだが鍛錬を重ねても越えられない能力の壁というものは多々あるわけで、自分の適性を見極めることの方が重要なはずだ。

 そのうえ、こいつは吸血鬼ハンターという命がけの仕事を軽くならびに甘く考えている。

 思い返せば、グスターブのかつての同僚たちの中には吸血鬼たちとの戦闘開始直後に――臨戦体勢に入った吸血鬼たちの顔面と唸り声のあまりの恐ろしさに――小便を漏らして泣き喚きながら敵前逃亡した者だって複数名いた。

 こいつのように親の七光りで吸血鬼ハンターを選んだわけではなく、自分の適性を見極めたうえ覚悟を決めて実戦へと挑んだ者たちでさえ、恐ろしい吸血鬼を実際に前にして逃げ出さずにはいられなかったというのに。

 おそらく、こいつもそうなるだろう。

 でも、そうなってくれた方がいい。

 余計なことをしでかされて、足を引っ張られるよりは遥かにマシなのだから。



※※※



 伝説の吸血鬼ハンターの一人息子の初任務となる舞踏会の潜入捜査には、グスターブと他二名を合わせた合計四名で当たることになった。

 他の吸血鬼ハンターたちは外で待機し、外へと出てきた吸血鬼を追跡する。

 舞踏会には大勢の人間が――それもかなり社会的地位の高い者たちが――集まっているわけであるし、みだりに怯えさせたり、最悪の場合、巻き込んでしまったなんてことは絶対にあってはならない。


 そう、”失敗は許されぬ”。

 あの人の口癖ではないが、グスターブも他の二人もいつになく緊張した面持ちにならざるを得なかった。

 いくら実戦を積んだ者たちであっても、失敗は許されぬ任務――百点でなかった場合は全て零点であり、挽回する機会など最初から存在しない任務――にあたる時はいつも同じ面持ちになっていた。


 しかし、そんなグスターブたちとは違い、伝説の吸血鬼ハンターの息子は銀の弾丸の入った銃を手にはしゃいでいた。


「これが俺のマイ銃っスか。銀の弾丸って狼男だけじゃなく、吸血鬼相手にもイケるんスね。まあ、バキュンとぶっ放して、軽~くやっつけてやるつもりっス。ここは伝説の吸血鬼ハンターの息子の俺に任せてくださいってとこっスよ」


 こいつを任務から外してくれ、という言葉がグスターブの口元まで出かかっていたも飲み込んでしまった。

 仮にグスターブがそう訴えたとしても、上の者たちからの「花を持たせてやってくれ。なんだかんだ言っても、あの人の息子なんだから」と暗黙の了解での特別な配慮を求める空気が圧力のごとく漂っているのを肌で感じずにはいられなかったためだ。


 グスターブたちに絶大な不安と不吉な予兆を抱えさせたまま、ついに潜入捜査は始まった。 

 事前にもたらされていた情報によると、紛れ込んでいる吸血鬼はかなりの舞踏会好きの女であるらしい。

 女吸血鬼は数々の舞踏会に出席し、”これは”と思った紳士、場合によっては淑女に目星をつけ、何回かに分けて血を吸うのではなく、その日の夜に獲物の血液をグビグビと吸い尽くして死に至らしめていた。

 よって、この舞踏会で大食漢の女吸血鬼を見つけ出すことができなければ、明日の朝には血を抜かれた無惨な死体が一体、発見されることとなるだろう。


 どこだ?

 どこにいる?


 あまりジロジロ見過ぎてはいけないし、見なさ過ぎてもいけない。

 しかし、舞踏会開始からほんの数分で、グスターブは件の女吸血鬼を見つけ出すことができた。

 グスターブが少し離れた場所にいた他の二人のハンターととさりげなくアイコンタクトを取ると”分かってる。あの女だな。”と二人ともさりげなくアイコンタクトを返してきた。

 彼ら三人の吸血鬼を見つけ出す目は、確かなものであった。


「あいつっスね。俺もすぐに分かったっス」


 グスターブの隣にやってきた伝説の吸血鬼ハンターの息子も、そう言って顎をしゃくった。

 顎をしゃくるがいなや、懐に隠していた銃をチャッと取り出した。

 ”ちょっ、お前っ!”とグスターブが止める間もなく、奴はバキュンと一発放ってしまったのだ。


 しかも、最悪中の最悪なことに放たれたその銀の弾丸は女吸血鬼ではなく、その隣にいた若い女性を貫いたのだ。

 その心臓ではなくて顔面を。

 無実の女性の顔面で、禍々しい血の花がパッと咲き、無惨に砕かれた彼女の白い歯が床へと散らばった。


 突然の殺人に、しかも公衆の面前で発生した殺人に舞踏会会場は静まり返ったが、次の瞬間、恐怖と混乱の坩堝と化した。

 広がりゆく悲鳴に「人殺し!」「助けて!」という喚き声。

 招待客たちは皆、この殺人現場から逃げ出そうとしていた。

 そう、件の女吸血鬼も。


 ブヨブヨとした肥満体型で顔も脂でテカっている女吸血鬼は被害者の隣に立っていたため、被害者の飛び散った血と脳漿をその身に浴びていた。

 自身の唇の端についていた被害者の脳漿をペロリと舐めとった女吸血鬼は、「ふふ、残念でしたわね」とニタリと笑い、まるまると太ったコウモリへと変化し、飛び去って行った。

 いかにも重たげな体型をしているわりに、その逃げ足はとても速かった。

 

 対するグスターブたち、つまりは殺人加害者ならびにその一味だとみなされた四人は駆け付けた兵たちにあっという間に取り押さえられてしまった。

 相当にヤバい事態に、ヤバいどころか取り返しのつかない事態になってしまったということを伝説の吸血鬼ハンターの息子もさすがに察したらしい。


「……グスターブさん、もしかして俺、失敗してしまったンすか?!」


「もしかしなくても失敗だ! 大失敗だ!! なんてことをしやがったんだ?!!」


「だ、だって、吸血鬼って言ったら、大抵は高貴な顔立ちの美形のうえ、何年も日の光を浴びていないような肌をしているんモンなんスよね? その特徴に合致していた、いかにも吸血鬼っぽい若い女がいたから、俺は…………まさか、あんなに顔艶の良いデブ女が吸血鬼だったなんて、トラップにも程がありますよ!」


 ……なんと、こいつは狙いを外してしまったわけではなく、最初から間違えていたのだ!

 吸血鬼には影がない、鏡に映らないといった基本的な知識によるチェックにて紛れ込んでいた吸血鬼を見つけ出したわけではなく、その外見に吸血鬼っぽい要素があるというだけで何の罪もない一人の女性を吸血鬼だと決めつけ、気の毒なことにその命までも奪ってしまった。

 そもそも、自分たちが携帯している銃は万が一の事態に備えての物だ。

 人が大勢集まっている舞踏会にて、考えなしにバキュンとぶっ放すためのものではない。


 伝説の吸血鬼ハンターの息子は啜り泣き始めた。

 泣きたいのはグスターブたちの方だった。

 ”不吉な予兆”は現実のものとなってしまった。

 というよりも、女吸血鬼を逃げられてしまったばかりか、これほどまでの事態にまではなってしまうとは誰も予測だにしていなかった。


 絶望と悔恨。

 けれども、いくら絶望し悔恨したところで、失われた命はもう永久に戻っては来ない。

 そんなグスターブたちに追い打ちをかけるようかのように、一人の兵が怒鳴り声をあげた。


「お前たちが手にかけた方は、さる高貴なお方のご落胤だったのだぞ! 正当なお血筋の姫君ではあられなかったとはいえ、あのお方の御息女を殺害するとは……!! これから先、お前たちは……いいや、一族郎党、”この国で”無事に生きていけると思うな!!!」



(完🦇)

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