Episode11 誓い合ったはずなのに ※不愉快注意!
それは時を超えた恋であり、愛であったはずだった。
今から数百年前、現代でも広大な国土と人口を誇る国のとある屋敷にて、彼らは出会った。
若く美しい男女。そして、身分違いの恋。
互いの身の破滅にしか繋がらぬ恋は、秘めれば秘めるほどに燃えあがってしまうものであった。
それはついに露見してしまうこととなり、身分なき青年と令嬢は互いに手を取り合い、屋敷を逃げ出した。
だが、いったいどこに逃げることができるというのか?
もうこの世では結ばれることはならない。
けれども……自分たちの魂は離れやしない。離れるものか。
生まれ変わっても、きっと互いを見つけ出す。
どこにいてもきっと。どんな姿になってもきっと。
自分たちは「天に在らば比翼の鳥地に在らば連理の枝」であり、時を超えても愛するのは、ただ一人だけだ。
そう誓い合った彼らは荒れ狂う濁流の中へと身を投げた。
輪廻転生。
悲恋の恋人たちはともに東洋のとある島国に……まどろっこしい言い方ではなく、ストレートに言うと、現代日本へと転生していた。
青年は前世のみならず今世でも見目麗しく、現代日本風の言い方ならイケメンに生まれていた。
イケメンの宿命のごとく、彼に好意を寄せる女の子は決して少なくはなかった。
さらに言うなら、その女の子たちの中には彼自身も少なからず好意を抱いてしまうほど魅力的な女の子だって数人はいたものだ。
しかし、彼には心に決めた美しき女性(ひと)がいる。
もはや”心に決めた”なんてレベルなんてもんじゃない。
この世に再び産声をあげた時から、いや、産声をあげる遥か昔の時の彼方にて、互いに誓い合ったのだから。
彼女も現代に転生しているに違いない。
そして、彼女もきっと自分のことを探してくれているはずなのだから、と。
……のはずだったのだが、青年は十七歳になってでさえ、いまだ彼女に再会できてはいなかった。
運命というものは焦らすことを好むのであろうか。
周りの同級生たちが彼氏だの彼女だのでイチャイチャとついばみ合っている間もずっと彼女との再会を望み続けていた青年は、十八歳になってから速攻、マッチングアプリに登録した。
ドラマチックかどうかは個々の意見によると思うが、これも今の時代の出会い方の一つであり、彼にとっては再会のための方法の一つであった。
すると、なんということだろう。
彼女はすぐに見つかった。
メッセージのやり取りを幾度も行い、前世の自分たちが知っている歴史の表舞台には出てきていない人物や地名、固有名詞――すなわち今世の自分たちが時を超えても忘れるはずがなかった当時のこと――という繋がりを青年は感じることができた。
この確かな繋がりは、相手が青年とピタッとマッチングするために頑張って話を合わせてくれているような見え透いたものや脆いものではなかった。
本物だ。
やはり、時を超えた愛は各々の魂にしっかりと刻まれていたのだ。
彼女も青年と同じ十八歳の大学生であり、やはり今世でも美しいうえに何よりも垢抜けていた。
今世の彼女は年齢よりも大人びて少し気が強そうな印象を与えるようにも思えるが、様々なファッションやヘアメイク、ビューティーメソッドの情報が行き交う現代において、極限までに磨き抜いてきたことが明らかな前世以上の美人であった。
さっそく青年たちは会う約束を取り付けた。
待ち合わせ場所は、彼女が指定してきた高級中華料理店だ。
数百年の時の隔たりがあるといえ、彼ら二人は中華料理との縁をも深く感じざるを得なかったのだろう。
なかなか予約を取ることのできないお店であったらしいが、すでに彼女が予約を取ってくれたとのことなので行かないわけにはいかない。
何より一刻も早く会いたい。
待ち焦がれた瞬間へと思いを馳せる、この一分一秒の時間でさえ青年には惜しいぐらいであった。
なお、まだ十八歳の青年の身ではお財布の中身を心配せずにはいられなかったが、彼女の前で恥をかくことのないよう何とかお金を工面することはできた。
今世でやっと結ばれることができた自分たちは今度こそ幸せになる。
その幸せには愛だけでなく金銭的な余裕も含まれている。
人間は霞を食って生きているわけではないのだから。
自分のためにあれほど外見を磨き続けてくれていたであろう彼女のためにも、何不自由ない生活を、すなわち人生を送らせてあげたい。
現代日本では、身分なんてものは一部の人にしか存在しない。
今はまだ大学生だけれども、就職活動において社会の上部に食い込むことは可能だろう、いや、彼女のためにも絶対にそうしてみせる、と。
……という風に、感動に満ちた再会だけでなく、今世にてやっとつかめる幸福な日々の青写真を描いていた青年。
だが、”愛の再開”場所となったはずの中華料理店にて、実際の彼女の顔をみて愕然とせざるを得なかった。
彼女はマッチングアプリのプロフィール写真とは全くの別人であった。
「ちょっとだけ加工アプリで盛ってみちゃったんです。てへぺろ(笑)」などとはレベルとは次元が違う、紛うことなき全くの別人。
ブス、もとい不器量なども通り越して、その顔の造作は醜いとすら青年に思えた。
着ている服までもが粗末で、貧乏くささが、淀み切った空気が彼女の周りに立ち込めているかのようだ。
この時の青年の絶望を絵にするとしたなら、雨など降りだしそうにないのに、そもそも屋内にいるというのに、頭上では暗雲がみるみるうちに立ち込めていき、とどめの落雷の音もそう遠くないところで鳴り響いているといった感じであったろう。
言葉を失っている青年に、彼女は声を絞り出すように話し始める。
青年は思わず顔を背けたくなった。
「あ、あの……ごめんなさい。本当の私の写真を送ったら絶対に会ってもらえないって……だから、綺麗な人の写真を代わりに送ったんです」
ああ、そうだろうな。”これ”なら絶対に会わなかったよ、と青年の中でもう一人の自分が喋り出す。
「……私、今世ではこんな風に生まれちゃって……でも、あなたに会いたかったんです。今まで辛いことばかりの人生だったけど、あなたがいるから生きてくることができた。”あなたもきっと私のことを探してくれているはずなのだから”って。私はあなたに再び巡り会うために今日まで生きてきたんです」
ちょ、ちょっ、待てよ、これはこんなブスのために、この十八年間の間にあった結構な数のチャンスを不意にしてきたっていうのか? 皆から羨ましがられるような可愛い娘(こ)にだって、アプローチされたことだってあったのに、寄り道もせずにまっすぐに歩いてきた到達地点が”これ”なのか? こんなブスのために俺は……と、失った時間を、二度と取り戻せない時間を、思わずにはいられない青年。
「私たちは前世で誓い合いましたよね。生まれ変わっても、きっと互いを見つけ出す。私たちは『天に在らば比翼の鳥地に在らば連理の枝』であり、時を超えても愛するのは、ただ一人だけだと……」
……愛せねーよ。ヘアメイクやプチ整形で何とかなるレベルにすら達していないのは男の目から見ても明らかだし、これならまだ大年増の美人でしたってオチの方が遥かにマシだ。”こいつ”は、一つの輪の中に女を何人か集めて入れたとしても、おそらく一番、二番を争うほどの醜女だ。女の分母が五でも、十でも、百でも、千でもその順位は揺るがないだろう。現代は国境すら超えて様々な美人たちを(場合によってはその一糸まとわぬ姿などをもたやすく)目にすることができる時代だから、目が肥えてしまっただけだろうか? いや、そうじゃないだろう、これは…………と、青年は酷すぎるにも程がある脳内の独り言を止めることはできなかった。
「前世とも姿は違えども、私は今度こそあなたと添い遂げたい。いいえ、添い遂げましょう。そのために私たちは輪廻転生し、こうして再び巡り合えたのですから」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
青年はやっと言葉を紡ぎ出すことができた。
「……ごめん。無理だ。今世の君を僕は愛せない」
「…………それはやっぱり私が”こう”だからですか? 容姿のことは自分でも散々に自覚しています。でも、私の心は……この魂は何一つとして変わっていないんです。私たちは時を超えて誓い合ったはずなのに……」
「男は一度無理だと思ったら無理なモンなんです。そもそも正直に言うと、女として見ることができるカテゴリーにすら入っていないし。…………ぼ、僕たちは今世ではなく来世でこそ一緒になるべきだ。今世では互いに違う人を見つけた方が……」
その顔じゃ見つからないだろうけど、といった言葉は、青年もさすがに飲み込んだ。
「そんな……! 『どこにいてもきっと。どんな姿になってもきっと』と誓い合ったじゃありませんか! 私が前世とかけ離れた容姿に生まれたということだけで、あなたはあの誓いを……何よりも今世の私の生きていく希望すら打ち砕こうというのですか?」
「だけど、限度ってモンがあるし……」
青年は答えながらも、違和感を感じていた。
目の前の彼女は悲痛な面持ちをし、涙目と涙声にはなっているも、なんだか用意された台詞を読み上げているかのような、どこか芝居がかっているような違和感だ。
その時、青年の背後からツカツカといった音が響いてきた。
高いヒールが立てる苛立たし気な音に振り返ったと同時に、彼は顔面に冷たい水をバシャッとぶっかけられてしまった。
青年の濡れた視界に映ったのは――すなわち彼に水をぶっかけた相手は――”マッチングアプリのプロフィール写真と同一人物”であった。
一分の隙もなくバッチリ決めたヘアメイクに高いヒール、グラマラスなボディラインをくっきりと出しているミニワンピース。
十八歳という年齢よりも大人びて、気が強そうな印象を与えるも(初対面の相手に水をぶっかけるぐらいなのだから言うまでもなく気は相当に強い)、今世において極限までその美貌に手をかけて磨き抜いてきたであろう垢抜けた都会的美人がそこには立っていた。
「今の話、全部聞かせてもらったから」
そう言ったヒール娘は、青年が着くはずであったテーブルの下より苛立たし気に隠しマイクを取り出し、ダン! とわざと大きな音を立ててテーブルの上に置いた。
「ここね、私のパパの会社が経営しているお店の一つなの。あなたとの再会のために、パパに頼んで貸し切りにしてもらったの。んでもって、このテーブルに座っているのはうちの社員。店内に客のふりしてまばらに座っているのも全員、”私が自由に使える”社員たちというわけなのよ」
このヒール娘こそが青年が探し求めていた”本物の彼女”であった。
ヒール娘はマッチングアプリのプロフィール写真以上に美人であり、加工アプリなど不要だろう。
それに今世でも裕福な家庭に、すなわち社長令嬢という立場に生まれてもいた。
”本物の彼女”は、青年の期待を微塵も裏切らないビジュアルとバックグラウンドの持ち主であったのだ。
翡翠のピアスが光る形の良い耳に、手入れの行き届いた艶やかな髪をかけたヒール娘は言う。
というよりも、一気にまくし立ててきた。
「私の魂もあなたのことを忘れてなどいなかった。あなたに一刻も早く会いたかった。私たちは『天に在らば比翼の鳥地に在らば連理の枝』で、時を超えても愛するのは一人だけだと誓い合い、濁流に身を投げた悲恋の恋人たちだったもの。でも、今日という日まで再会を待ち続けていた”この私”に、あなたが本当にふさわしい男であったという確信を持ちたかったのよ。だから、私がどれほど醜くてもあなたの態度は……この私への愛は揺るがないものであるのかを確かめたかったというワケ」
「ちょっ……! ほ、本人を前にして醜いとか……」
「別にいいじゃないの。あなただって言葉こそマイルドだったけど、同じ意味合いのことをさっきまで言っていたじゃない。本人だって自分のビジュアルについては散々自覚してきているでしょうし。今更、言われたってどうってことないと思うわよ。そもそも、”あんた”、演技下手過ぎよ。途中でまるわかりだったもの」
ヒール娘は、テーブルの彼女をジロリと睨んだ。
「役者でもない人に演技力を求めるなんて酷じゃないか。そもそも、いくら社長令嬢とはいえ、社員を私事に巻き込んで”こんなこと”を強制する権利はないんじゃ……」
「権利も何も、この人たちは私のパパの言うことも、パパの一人娘である私の言うことも聞く以外の道はないのよ。世の中が、使う者と使われる者に分かれてしまうのは当然のことよ。それにね、今世でも裕福に、そしてさらに綺麗にも生まれた私は、この十八年の間に色んな男から声を掛けられ続けてきたの。そう、いくら前世で広大な国土と人口を誇る国で生きていたとはいえ、実際に出会える男の数も手に入る情報も行くことができる場所も何もかもが今の時代とは段違いよ。あなたの見た目はまあまあ合格だけど、世の中にはもっとイケメンは吐いて捨てるほどいるわけし、今日も私に会うために精一杯背伸びしてキメてきたつもりなんだろうけど、ダサすぎだしショボすぎよ。あなたは前世のみならず、今世でも貧乏に生まれてしまったみたいね」
青年の全身に、上から下へと侮蔑の視線を走らせたヒール娘。
瞬く間に羞恥で赤く染まりゆく青年の顔。
「あなたは”この私”にふさわしい男じゃなかったのよ。あーあ、私は前世だけじゃなくて、今世でも馬鹿なことをしちゃった。あなたみたいにどこにでもいるような男のために、せっかくの若さを無駄にしちゃったんだから。私のこの十八年間を返して欲しいぐらいだわ」
ある一定の年齢層の女たちが聞いたなら目くじらを立てて怒りそうなことをも平然と言ってのけたヒール娘。
「……い、いったい、どうしたんだよ? 前世での君は淑やかでとても優しい人だったじゃないか。今世の君にいったい何があったんだよ?!」
現実を――時を超えて誓い合ったはずの愛の無惨なる果て――を突き付けられてしまった青年は、いまだに今世での現実を受け止めきれないようであった。
しかし、その青年の問いにはヒール娘本人ではなく、テーブルに座ったままの”彼女役の彼女”が先に答えた。
「この人は前世からこんな人でしたよ。あなたにはいい面しか見せていなかったみたいですし、あなた自身もいい面しか見ようとしていなかったみたいですけど、屋敷に仕えていた”私たち”下女には本当に辛辣でしたから。身分と美貌を鼻にかけ、私たちの心も、そして当時は明確ではなかった人権も、何もかもガン無視にも程があるほどの扱いを”私たち”はこの人から受け続けていたんです」
ということは、テーブルの彼女の前世はお屋敷に仕えていた下女であったということか。
青年は覚えていなかったし、そもそもそれほど深い関わりというわけでもなかったけれども、この彼女とも前世で出会っていたのだ。
輪廻転生。再び巡り合った魂たち。
しかし、ほぼ同じ立ち位置のまま、輪廻転生は繰り返されてしまった。
「パパに言いつけてやるわ!! あんたは即効クビよ!! それでも良いの!?!」
「……どうぞ。”前世の私たちはお屋敷から逃げられないまま”だったのですが、もう世界的にも見ても時代は完全に変わっています。社会保障制度だってあるし、一個人であっても情報を世界に向けて、たやすく発信できるんです。仮に私が今日のことをネットで詳細に呟いたとしたなら、雲行きが怪しくなるのはどちらなのかは分かるでしょう? ルッキズムという言葉が広がっている昨今、他人の容姿を面と向かって侮辱するという行動に加え、父親が経営している会社の社員や店舗を完全に私物化して替え玉の演技をさせるなんてことは、間違いなくパワーハラスメントに該当しますよね? 誰もが覚えているわけでなく証明のしようもない前世まで絡めてくるなんて、スピリチュアルハラスメントでもありますよ」
真っ赤な顔で黙り込むヒール娘。
今まで気づかなかったことの方が不思議だが(我儘放題で誰にも注意されなかったのだろう)、今世の社会において相当にまずいことをしてしまったのを今更ながら悟ったらしい。
「前世では好き勝手に恋をして、好き勝手に死んで、その後のことなんて何も考えていなかったんでしょうけれど、私も含めた下女の数名がお嬢様の心中の手引きをしたということで無実の罪を着せられ、旦那様に手打ちされていたんですよ。”私たち”の見るも無惨な遺体は埋葬されることもなく、そのまま豚の餌になりました。天へと昇りゆく時に”私たち”は誓い合ったんです。『来世ではお嬢様との縁が紡がれていませんように。仮に紡がれていたとしても、来世では無事に逃げ出すことができますように』と、ね」
そう言った彼女は席を立って、出て行った。
彼女の後を追うように、店内にいた数人の女性社員たちも出て行った。
(完)
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