Episode10 ふざけるな
「服部さん、話があるんだ。今日は俺と一緒に帰らないか?」
教室で帰り支度をしていた静江の元に、隣のクラスの雲居百合雄がやってきた。
ちなみに静江と百合雄であるが、互いの家も近く、幼稚園から高校までずっと同じ学校に通っている。
高校生となった現在は話をすること自体、めっきり減ってしまっていたが、小学校低学年までは「りっくん」や「すーちゃん」などと呼び合う仲でもあった。
百合雄は、静江が「すーちゃん」と皆に呼ばれるのを嫌がり始めてからはずっと「服部さん」呼びだった。
そして、静江も百合雄の優しさと”一種の連帯感”を感じてか、自分も「りっくん」ではなく「雲居くん」と彼を呼ぶよう徹底していた。
一緒に肩を並べて帰る二人。
彼女たちの関係……と言うよりも”結びつき”を知らない人たちが見たなら、ただの高校生カップルに見えただろう。
歩き始めてしばらくの間、百合雄は黙ったままであった。
やっとのことで、口を開いたかと思ったら、彼はとんでもないことを言いだした。
「あのさ……服部さん、小学校の時によく『タイムマシンがあったらいいのに……』って泣いてたことあったろ? 当時の俺だって同じことを考えずにはいられなかった。それでさ、俺、さすがにタイムマシンは作れなかったけど、”過去へと飛べる能力”を手に入れたんだ」
「……!!!」
大真面目な顔で、あまりにも荒唐無稽なことを言いのけた百合雄。
もしかして、彼には珍しくふざけているのだろうか?
だが、百合雄はそのまま言葉を続ける。
「実際に八回ほど実験もした。ちゃんと記録だって執っているし、”自分が行かなければならない時間軸”に焦点を合わせるコントロールもできるようにもなったんだ。それに俺一人だけじゃなくて、”他の者と一緒に過去へと飛べるのか”ということも試したんだ。ただ、その被験者は人間じゃなくて、母親が飼っている猫の”メロンプリンセスアィーラ”だったけど」
静江は思う。
彼の母親はやはり独特のネーミングセンスの持ち主であるのだと。
いや、そんなことよりも、この話の流れでは彼は自分に”一緒に過去へと飛ばないか”と言いたいのだろう。
過去に飛べるなんて信じられない。
でも、静江は彼を信じたかった。
心から信じたかった。
「最初は俺一人で過去へと行って、”あいつら”と対峙するつもりだった。でも、俺は服部さんがずっと俺と同じ思いをし続けていることも知っている。俺たちはただの同級生の間柄じゃないだろ?」
静江はコクリと頷いた。
熱い涙が目から溢れ出した。
彼の言う通り、自分たちはただの同級生の間柄ではない。
かと言って、男女間に生じる愛で結びついているわけではない。
強いていうならば、同じ苦しみを背負い続けてきた同士であろう。
今、通っている高校にも、同じ苦しみを背負い続けてきたと思われる同士は数人ほどいる。
でも、自分たち二人はその中でもとりわけ目立っているような気がする。
入学直後より悪い意味で注目される存在にならざるを得なかったのだから。
そこそこの進学校であり、それに高校生ともなれば面と向かって幼稚な揶揄いや虐めをしてくる者こそいなかったが、影で自分たちのことが話題になり、クスクスと笑われているのは知っていた。
だが、よくよく考えてみると、百合雄の方がより”重症”であるとも静江は思っていた。
自分は海外に……それも英語圏の国に移住したならば、まだマシだ。
純日本人顔なので違和感があるには違いないが。
百合雄は、海外移住した場合でもかなり厳しい。
「俺は”あいつら”を……”俺の出生届を出しに行く前の両親”を絶対に説得するつもりだ。あいつらに、特に母親の方に『ふざけるな』って言ってやりたいんだよ。いざとなったら、刃物で脅してでも”ふざけた名付け”を阻止してやる! ……俺たちもあと数年待てば改名だってできる。”棺桶に入る時までこの名前”なんて人生を歩むつもりはない。でも俺たちが今日という日まで、こんなふざけた名前で生きてこざるを得なかった過去や心の傷は消せやしないんだよ! 服部さんだって、そう思うだろ?!」
百合雄も泣いていた。
静江は何も言わず、彼の手を握りしめた。
そう、静江の名前は服部静江。
普通に読んだなら、「はっとりしずえ」。
だが、戸籍上の読み仮名はどう読めばそう読めるのか、「はっとりすーざん」であった。
そして、百合雄の名前は、雲居百合雄。
普通に読んだなら、「くもいゆりお」。
しかし、戸籍上の読み仮名は無理やりにも程がある、「くもいりりぃまん」であった。
(完)
【後書き】
本作ですが、同じ名前の読みの方々を貶める意図はございません。
表現の一環として、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
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