Episode9 俺の大親友にとある実話怪談シリーズをすすめた結果

 俺にはガキの頃からの大親友がいる。

 名前は京也(きょうや)。

 京也の性格を三つの単語で軽く説明するなら、穏やかで律儀で几帳面ってとこだな。

 俺と京也は、学部は違えども大学も同じなんだ。

 京也と同じ大学に合格できた時、俺は本当にうれしかった。

 進学先の大学は親元から通えない距離のため、俺も京也も初めての一人暮らしのスタートだ。

 京也が入居を決めたアパートは他に空き部屋がなかったため、俺は仕方なしに近くのアパートへの入居を決めたものの、京也のところには頻繁に遊びに行っていた。

 でも、京也の奴は「今は散らかっているから」とか「今から出かけるところだから」とか言って、一度も部屋の中には入れてくれなかったけど。

 まあ、ガキの頃から人を家に呼びたがらないし、人の家にも遊びに来たがらない奴ではあったから仕方ないか。

 何はともあれ、俺たちは大親友の間柄だ。これからもずっとな。


 ちなみに、俺は今、読書にハマっている。

 一言で読書と言っても様々なジャンルがあるわけだが、俺がハマっているのは、とある実話怪談シリーズだ。

 日本の○○地方在住の今年で三十歳になる男性は、物心ついた頃より様々な心霊現象を体験していた。

 二十一歳のある夜、枕元に観音様がお立ちになり、「あなたのその力を世の人々の役立てる時がやってきました」とのお告げを受け、霊能者として生きていく決心をしたとのことだ。

 それからはさらなる波乱万丈な霊能者人生の始まりであった。

 俺は驚いた。本当に驚いたよ。そして、感動した。

 この日本に、こんなSUGEEEEE経験をしているTUEEEEE霊能者がいるんだって。

 そんなすごい人の実際の心霊体験(霊能者になる前ならびに霊能者になった後の大活躍も含めて)を纏めたものが現在文庫本で四巻まで出版されている。

 だから俺は、京也にもこの実話怪談シリーズを貸そうと思ったんだ。

 俺が好きなものは絶対に京也も好きになるだろうし、俺が感動したことには絶対に京也も感動するだろうと思ってさ。


 俺は実話怪談シリーズを持って、京也のアパートに行った。

 俺はてっきり京也が「ありがとな。お前がせっかく持って来てくれた本だし、借りて読ませてもらう」と笑顔で受け取ってくれるものと思っていた。

 しかし、京也は「ごめん、悪いけど持って帰って。疲れたんだ。ゆっくり眠らせてくれ」と渋い反応だった。

 そのため俺はやや半ば強引に京也の手に実話怪談シリーズを押し付けざるを得なかった。

 「そう厚みのある文庫本じゃないから、お前なら四冊ぐらいすぐ読めるって。このシリーズは絶対お前も気に入るからさ! 絶対に読んで感想を聞かせてくれよな!」ってさ。



※※※



 翌日の夜八時過ぎ、俺のアパートを京也が訪ねてきた。

 手には俺が貸した実話怪談シリーズ四冊があった。

 返しに来るのが予想していたより早かったけれども、昔から律儀で几帳面な奴だけあって、「借りたものはちゃんと早く返そう」ってとこだろう。

 しっかり読んでくれたんだな。

 いや、あまりの面白さと驚きによって、京也自身もページをめくる手が止まらなかったんだろうな。

 しかし、「どうだった?」と聞いた俺の言葉を遮るように、京也は捲し立ててきた。


「実話怪談って銘打っているけど、これは明らかに創作だろ? 全部通して読んだけど、まだ三十歳になるかならないかって奴の周りで、今までにそれぞれ別々の交通事故で七名、病気で四名、そのほか原因不明の霊障らしきモンで二十一名と合計三十二名も死んでいる。あと行方不明になったのが八名、命こそ助かったも発狂して精神病院送りになったのが六名って……もはや、この男自身が鎌を持った死神もしくは不幸を呼ぶ疫病神だろ? それに著名な霊能者を何人も呪い殺したほどの凄まじい怨霊が出てくる回が五回もあるけど、なんでこいつだけ毎回完全勝利してるんだよ。例えるなら人間が複数の熊と素手で戦って勝てたような奇跡なんて、万に一つも起こるわけないだろ。さらに言うなら、中学時代に事故で死んでしまった同級生の美少女が自分の守護霊に加わってくれて、元から守護霊についてくれていた可愛い幼女の姿をした狐の神様とはいざって時は協力しあうけれども、普段はあまり折り合いが良くなくてやれやれだとかさ……依頼者や成り行きで助けることになってしまった人やライバルポジションの女性霊能者にしたって、なんで揃いも揃って若い超美人ばかりなんだよ? しかも、おとなしめのお嬢様タイプか勝気なツンデレタイプのどちらかしか出てこないしさ。特に『百合の花のようにしとやかな美人』ってワンパターンな表現がシリーズ通して、十三回も出てきたぞ。曲がりなりにも世に出版しているってなら、せめてもっと語彙を増やせよ。これは単に実話怪談の体をなした俺SUGEEEEEと俺TUEEEEE物語だろ? 本物の霊能者や怪談師に失礼だ。何より……本物の死者の魂に対してな」


 京也は俺の大好きな実話怪談シリーズをけちょんけちょんにけなしてくれた。

 穏やかな性格だったはずなのに、まるで川の水がついに決壊してしまったかのごとく、京也はなおも喋り続けた。


「今だから言えるけどさ、俺とお前はそんなに仲が良いわけでもなかったろ? 昔から俺がお前を家に入れたことは一度もなかったし、お前からの誘いだって俺は全て断っていたし。L〇NEの交換すら、俺がいろいろ理由をつけて渋っていたろ? いい加減に察して欲しかった。頻繁に俺のアパートのチャイムを鳴らすことも、京也だなんて馴れ馴れしく名前で呼び捨てにするのも止めて欲しかった……押し付けられてしまった、この”実話風”怪談シリーズにしたって、親とか俺の友達とかにお前のところまで返しに行かせるのは忍びないから、俺が直接返しに来ただけだ。もう俺の実家にだって来ないでくれ。頼むから俺のことはもう忘れてくれ」


 そう言って、京也は帰っていった。

 大親友だと思っていたのは俺だけだったのか?

 いや、俺と京也に限ってそんなことがあるはずがない。

 さっきの京也は明らかに様子がおかしかった。 

 俺は京也が何らかの悪霊に憑りつかれ、その悪霊が京也の体を借りて、心にも無いことを言わせてしまったとしか思えなかった。

 いや、絶対にそうだ。

 京也は悪霊に憑りつかれてしまったのだ。

 このままだと京也の人生は滅茶苦茶にされてしまう。


 だから俺は、先ほど京也から戻ってきた実話怪談シリーズの霊能者さんに助けてもらおうと思ったんだ。

 俺の大親友・京也を助けられるのは、絶対にこの人しかいない。


 スマホで霊能者さんの連絡先を調べていた時、俺の母親から着信が入った。

 電話口の母親は、興奮冷めやらぬ状態であるのは明らかだった。


「あなたの大親友の京也くんのことなんだけどね、京也くんのお母さんが息子と連絡が取れないから心配になってアパートを訪ねたら亡くなっていたらしいの、それももう、”三日ぐらい前”にね、事件でも事故でもなく、持病とかもなかったらしいから、原因不明の突然死だったみたいだけどね、お通夜とかお葬式のお手伝いをさせて欲しいって、ママは”何度も何度も”京也くんのご両親に申し出たんだけど、親族だけの密葬にするから遠慮して欲しいって断られちゃったわ、それに『お宅の息子さんにもお線香をあげにきていただかなくても構いませんから』とまで言われちゃったのよ、本当に信じられなかったわ、礼儀や思いやりを知らない人たちなのね、京也くんも可哀そうに、でも人間って若くても死んじゃうものなのね、ママ、本当にビックリしちゃった」


(完)


 主人公の母親も、そこはかとなく狂気を醸し出していますね。

 最期ぐらいゆっくり眠らせてあげなさいよ。

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