第38話 まとわりつく女

 ホストの翔平は借金取りの相手を常連客の京子に頼んだ。彼女が犠牲になってくれるだろうと・・・だが翔平は彼女がググトだと知らなかった・・・ググトが来た現実社会の話。第37話の続きです。


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 「川口京子」という人間に擬態したググトは、もはやググトではなかった。翔平と言うホストに入れあげ、金のために人間を襲っていた。それも火に2,3人も・・・。最初は罪の意識に苦しんでいたが、繰り返すうちに良心の呵責を感じなくなった。彼女は本当の殺人鬼と化していた。


「これでも足りない・・・」


 金のありそうな人間を次々に襲い金品を奪ったが、翔平をナンバーワンにするにはまだ足りなかった。今のナンバーワンの拓には大金持ちの令嬢がついている。今日もホストクラブに京子は顔を出したが。その令嬢が店の真ん中のソファに陣取り、多くのホストを侍らせて楽しそうに飲んでいた。そのテーブルには一番高いシャンペーンのボトルがいくつも開けられている。

 京子は奥のソファに案内され、そこに翔平が付いた。


「好きなものを飲んで。」


 京子がいつものようにそう言った。翔平はうなずいたが、その顔は暗かった。彼はため息混じりにつぶやいた。


「あんなにされちゃ、もう負けだね。」

「ちょっと待っててね。もうすぐ大金が転がり込むから・・・」


 京子はそう言うしかなかった。大金の当てなどない。ここの支払いも奪った金で何とかしているほどだ。どこかの令嬢のような豪遊はできない・・・。


「俺、困っているんだ・・・」


 いきなり翔平が京子に言った。それが翔平の顔を曇らせているのか・・・。京子は訊いてみた。


「なに?」

「ちょっといい気になって借金してしまったんだ。車を買うのに。」


 翔平の顔は深刻だった。京子は悩む翔平の顔を見て何とかしようと思った。


「いくらなの?」

「3千万。」

「えっ!」


 その額の大きさに京子は驚いた。もちろん彼女にはそんな大金すぐには用意できない。


「すぐにナンバーワンになれる。それならこれぐらいの車に乗れって。そんなものすぐに買えるからって言われたんだ。それで買ってしまったんだ。でもすぐにぶつけてお釈迦にするし、借金がそのまま残っているんだ。」

「何とか待ってもらえないの?」


 京子は心配そうに聞いた。翔平の様子だと何かヤバいことがあるようだった。


「ちょっと怖いところから借りたんだ。今日もマンションに取り立てに来る。どうしたらいいか・・・」


 翔平は深刻な顔をして頭を抱えていた。その様子からはかなり危ない金融屋から借りたようだ。裏に暴力団でもついているような・・・。京子でもさすがに関わり合いになりたくないと思った。


「私にはどうにもならない。帰るわ。」


 京子が冷たく言って帰ろうとすると、翔平は彼女の手をしっかり握っていった。


「そんなことを言わないでくれ。マンションに帰るのが怖いんだ。でもマンションに居なくてもホストクラブがばれているから、ここに取り立てに来るかもしれない。」

「でもそんな大金、私にもないし・・・」

「いや、俺に代わって事情を説明してくれるだけでもいい。少し待ってくれるようにって。お願いだ。」


 翔平は京子の前に土下座していた。そこまでされると京子の心は揺らいだ。


「仕方がないわね。一緒にいてあげる。それなら大丈夫よね。」

「ありがとう。やっぱり俺の見込んだ京子さんだ・・・」


 翔平は京子をこれ以上ないほど、ほめそやした。京子はいい気分になって満足し、気が大きくなった。それでホストクラブが閉まった後、翔平のマンションについて行ってしまったのだ。


 翔平は都心の高級マンションに住んでいた。多分、これも別の女に貢がしたのだろう・・・京子は少し嫉妬に模した感情を湧きあがらせていた。それでもこらえて翔平と一緒に彼のマンションに行くことに喜びを感じていた。

 だが2人がマンションの部屋に入るや否や、ドアが「ドンドン!」激しくたたかれた。


「おい、いるんだろう! 早く出てこい!」

「借金くらい早く返さんかい!」


 それを聞いて翔平はぶるぶる震えた。


「奴らが来た。ここに帰ってくるのを待っていたんだ。どうしよう・・・」

「どうしようって言ったって・・・」

「頼む。君がうまいこと、言ってくれ。俺は怖いんだ。頼むよ。助けてくれよ。」


 翔平は京子に抱き着いて言った。そんな風に甘えられると京子は嫌とは言えなかった。


(いくら相手が暴力団でも人間だから。なんとかなるか・・・)


 京子はそう思って翔平をなだめて玄関のドアを開けた。翔平は押し入れの奥に隠れた。


「翔平はいるか?」


 やはり暴力団風の男たちだった。3人いる。いずれもがいかつい顔をして京子を威圧していた。


「どなたでしょうか?」

「わしらは取り立て屋や! 翔平の借金を取り立てに来たんや!」

「今はお金がないと言っています。少し待ってもらえないでしょうか?」


 京子は男たちの凄味に負けずに平然と言った。男たちは脅しが足りないと見たのか、ますます凄んできた。


「探さしてもらうぜ! そこをどけや!」

「中に入らないでください。私が話をします。」


 京子は男たちをきっとにらんだ。その言いようもない迫力に男たちは無理に入るのを止めた。


「ねえちゃん! お前は誰や? 翔平のこれか?」


 男の一人が小指を立てた。


「翔平さんに頼まれたんです。少し待ってもらえるように言ってくれと。」

「そんなことできるかい? 金を返せないようなら船に乗ってもらうか、腎臓を売ってしまうかしかないわな。」


 ◇


 押し入れの中で翔平は京子と取り立て屋の会話を聞いていた。


(船に乗る・・・とんでもない。腎臓なんか取られたくない!)


 翔平は首を横に振っていた。だがそんなことにならないだろう。それより手っ取り早く金になる方法があるのだ。


(京子が体を売って稼げばいい。多分、取り立て屋にそういう所に連れていかれるだろう。)


 それが翔平の狙いであった。だから京子にあんなに頭を下げてきてもらったのだ。それに・・・


(あの女、金を出し渋り始めた。それなのに俺を独占しようとする。もううんざりしてきた。もっと太い客をつかんでナンバーワンにのし上がるんだ!)


 だから京子にはここで消えてもらう方が都合がいい・・・それが翔平の目論見だった。彼は押し入れから外の会話を聞いていた。



「それともお前が肩代わりしてくれるんかい?」

「私もそんなお金は持っていないわ。」

「持ってなくても稼げるがな。紹介してやるから一緒に行こか。」

「そんな・・・」



 翔平は押し入れの中でほくそ笑んだ。これで俺の借金はチャラになると・・・。


 ◇


「とにかく一緒に来い!」

「いやよ!」

「来るんだ!」


 男たちは京子の手を引っ張り、玄関から引きずり出そうとしていた。


(しつこいわね。人間のくせに!)


 京子はだんだん腹が立ってきた。それに空腹になってきたから余計にイライラもした。


「うるさいわね! 私はどこにも行かないわよ!」


 キレた京子の言葉に男たちはいきり立った。


「このアマ! おとなしくしていたらいい気になりやがって!」


 男の一人が京子の顔をバシッと叩いた。それで京子は我慢ができなくなった。体から触手が伸び、3人の男をがっしり捕まえていた。


「な、なんだ! これは!」


 男たちは訳も分からず、ただ驚きの声を上げていた。すると目の前の京子の顔が変わっていき、鋭い歯を持つ口のとがった化け物になった。


「ひーっ!」「ば、化け物だ!」


 男たちはパニックになって叫んだ。ググトになった京子はその触手で男たちの口をふさぎ、一人ずつその体を引き裂いてその血をすすり始めた。男たちは声も出せずに死んでいき、ググトに血を与えるだけの存在になっていた。



 押し入れの中にいた翔平は取り立て屋の叫び声を聞き、「何が起こったのだろう。」と恐る恐る外に出てみた。 するとそこには・・・。


(ば、化け物だ!)


 翔平は腰を抜かして声が出なかった。目の前で化け物が3人の男を触手で捕まえて殺し、その体を切り裂いて血をすすっているのだから・・・。

 ググトの京子も翔平が見ていることに気付いた。彼女は血をすするのを一旦、止めて、翔平の方を見て言った。


「もう少し待っていて。食事が終わるから。すぐに後片付けもするから。」


 そしてまた血をすすり始めた。そのあまりの光景に翔平は「ううん・・・」と気絶してしまった。



 どれくらいたったことだろうか・・・翔平が目を覚ますとそばに人間の姿の京子が座っていた。翔平はすぐに起き上がって後ろに下がって身構えた。


「どうしての? 翔平。びっくりした顔をして。」


 京子は笑顔で言った。その様子にさっきの猛々しい様子はない。翔平は玄関の方を見たが、血が流れていることもなかった。


「どうしたの? 悪い夢でも見たの?」


 京子は相変わらず優しい笑顔を向けてくる。


(そうだ! 夢だったんだ! 押し入れの中で眠っていたんだ! あんなことがあるわけがない!)


 翔平はそう思って、警戒を解いて京子のそばに行った。


「悪い夢を見ていた。ところで借金取りは?」

「もう大丈夫よ。」


 京子は笑顔のままだった。


「それじゃあ、君が話をつけてくれたんだね。それはよかった。」


 翔平はほっとした。しかし取り立てを待ってくれたが、借金は残る。どう返済しようか・・・という不安は残った。


(やっぱりこの女を売り飛ばすしかないか・・・)


 そんな考えが頭をよぎったとき、京子が笑いながら言った。


「すべて始末したわ。きれいに。誰もどこに行ったかもうわからないわ。」


 その言葉に翔平は目を見開いた。ではあれは現実に・・・。そう思うと震えてきていた。


「かわいそうに。こんなに震えて。借金取りがよほど怖かったのね。もう大丈夫よ。それにまた別の人が来たって大丈夫よ。私が守ってあげる。」


 京子は震える翔平の手を取った。彼はますます恐怖で震えていた。


「私はもうおなか一杯。だから今夜は食事をしに行かなくても済むの。翔平が不安そうだから今夜は一緒にいてあげるね。」


 そう言って京子は抱き着いた。翔平はもう生きた心地がしなかった。これが一晩・・・いやずっと続くと思うと・・・。だが京子は楽しそうに言った。


「私の秘密を知ったのだからもう離れられないのよ。ずっと一緒よ。裏切ったら許さないわ。でもあなたのことは私が守ってあげるわ。ずっとずうっと・・・。ふふふ。安心していいのよ。」

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