第35話 リケジョ

 東野教授の研究に最近、夢野ミチルというリケジョが加わった。その彼女を町で見かけたが、そこにググトが突然現れた。果たして・・・現実社会の俺(小川涼介)の話


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 俺は久しぶりに東野先生の研究室に行ってみた。研究機器や設備がさらに多くなり、研究者も増え、研究室自体が活気に満ちていた。

 その中に若い女性も混じっていた。小柄な体に大きめの白衣、ひっつめ髪に丸い眼鏡をかけている姿はリケジョそのものだった。彼女は他の研究者にも声をかけ、この研究室の中心になって働いているようだった。

 その研究室に東野先生が顔を出した。


「先生、教授就任、おめでとうございます。」


 俺は東野先生にお祝いを言った。先生は最近の素晴らしい研究成果により次元物理学という新しい講座の教授になっていた。つい前まではうらぶれた万年助教であったのに。


「いや、まさか私が教授になれるとは思わなかったよ。これも君のおかげだ。」

「いえ、先生の天才的な発想と絶え間ない研究があったからです。こうなることはわかっていました。」


 俺はそう言った。確かに向こうの世界の東野教授はマサドのシステムを考案した偉大な研究者だ。この世界の東野先生も同じように優れた研究者であることは想像できた。


「いやいや。でもこの研究室も優秀な人が増えてさらに研究が進んでいるんだ。」


 東野先生は嬉しそうに言った。そこにさっき見た若い女性の研究者が歩いてきた。


「あっ。紹介しよう。ここで研究してくれている夢野ミチル君だ。東都大学の研究室から来てくれているんだ。彼女が来てくれたおかげで研究が飛躍的に進んだ。」


 東野先生が紹介するとその女性はぺこりと頭を下げた。


「小川涼介です。東野先生の研究に興味があってよくここに来ているんです。」


 俺はそう言った。だがミチルは俺を一瞥しただけだった。そしてすぐに、


「先生。これとあれと・・・」


 東野先生に研究のことについて話し始めた。2人が熱心に議論を始めたので俺はそのままそこを後にした。



 最近、ググトが現れることが多くなってきていた。それは次元の壁が破綻してきていることを意味していた。この世界と平行政界の人が入れ替わることが頻発し始めているに違いなかった。しかも体の一部だけが入れ替わったり、入れ替わらずに片方のみが一方の世界に来ることもあるなど不完全な事もあった。このまま放っとけば次元の壁は崩れ、双方の世界は破綻を迎える・・・。


 原因はマサドのシステムにあることがわかってきた。次元を超えて異次元においてあるボディを入れ替えているのだ。これが少しずつ次元の壁に障害を与えている。何とかしなければとこの世界の東野先生は研究により一層力を入れていた。しかし向こうの世界の東野教授はどうなのだろう? この現実に気付いているのか? 何か手を打とうとされているのか? 


 俺はそう考えながら街を歩いていた。しかし今はそれ以上に気になることがあった。それは数日前の出来事だった。


          ―――――――――――――――――


 この近くにまたググトの仕業と思われる惨殺死体が出た。それも一度に多く・・・。それほどの被害を出すのはもしかしてB級のググトかもしれなかった。

 俺は夜の街を歩き回った。そこでとうとう奴に遭遇した。大柄の体に多数の触手・・・一般的なC級のググトでないことは一目でわかった。B級は何らかの方向に進化したググトである。このググトは体を大きくして触手を増やしたようだ。


「お前だな! 最近、人を多数、殺めているというのは!」

「だったらどうした? 貴様マサドか? 貴様一人で何ができる! とっとと尻尾を巻いて帰れ!」


 そのB級ググトは俺など物の数ではないように言った。たしかにB級ググトは強力であり、一人で倒すのは大変だ。だが俺も度重なる戦闘でスキルが上がっているが、それでもB級部太を相手にするとなると死を覚悟せねばならない。しかしそれでもこれ以上犠牲を増やさぬためには戦わねばならなかった。


「お前の好きにはさせん! エネジャイズ!」


 俺はマサドになった。


「ふふふ。貴様など一ひねりだ!」


 B級ググトはマサドを恐れなどしなかった。奴は多数の触手を叩きつけてきた。


「おっと!」


 俺は慌てて避けた。ググトはさらに触手を伸ばしてきた。これでは攻撃を加えるどころか、近づくことさえできなかった。ググトは嘲るように触手をひらひらと俺の前で動かした。


「どうした? 怖くて近づけないのか?」


 明らかに挑発している。しかしそれに乗ればやられるのは目に見えている・・・。俺は身構えながら考えた。


(隙は、隙はないのか・・・)


 いや、あった、大型のググトの場合、足元にウイークポイントがある。俺は空中に飛ぶと見せかけてスライディングで足元から奴に接近した。慌てたググトは触手を向けてきたが、もう遅い。俺のパンチが下からググトを捕らえた。


「グオーっ!」


 ググトは悲鳴を上げたが、触手で足元にいる俺を叩いた。それも次々と・・・。やはりB級ググトは手ごわい。一筋縄でいかない。

 俺は負けずにパンチを繰り出した。ここで背を向けた者の負けだ。俺は奴の攻撃を受けながらもパンチを放ち続けた。


「バーン!」


 ググトが最後のあがきで全力を込めて俺を吹っ飛ばした。俺は地面に叩きつけられて動くことができなかった。だがググトの方もかなりのダメージを負っており、その最期が近づいてきていた。


「お、お前ごときが・・・。だがいい気になるな。俺を倒しただけで・・・。」


 ググトは苦しみながらも言葉をつづけた。


「いいことを教えてやろう。この近くにお前たちの言う『A級』がいる。こちらの世界に来たのだ。もうこれでお前らは終わりだ・・・。せいぜい楽しみにしているのだな・・・」


 ググトはそれだけ言ってバタンと倒れた。


「なに! A級だと!」


 俺はもっと聞き出そうと何とか奴のそばに行こうとした。しかし奴はもう溶けて消えていた。


   ―――――――――――――――――――


 俺は戦いで深手を負ってしまった。それでも元の姿に戻って、何とかマンションにたどり着いた。そして三日三晩眠り続けたようだ。幸い体の需要なパーツには損傷は少なかった。だが別次元においてあるマサドの体の方はかなり傷ついている。しばらくマサドになれそうにない・・・。


 しかしそれより気になることがあった。A級ググトがこの近くにいると・・・。俺は言い知れない不安な気持ちになっていた。

 A級ググトを俺はまだ見たことがない。いや人間でその存在をはっきり見た者はいないだろう。だがググトの間では上位者として君臨しているのだ。その能力や姿は一切不明。人間に完全に擬態しており、マサドでも見分けることはできないだろうと言われている。それができるのはググトだけだ。彼らの口から上位者であるA級ググトの存在が明らかになっている。


(一体、どんな奴なんだ?)


 B級以上の戦闘力を持った奴か? 多くの人間を殺めることのできるのか? それとも・・・。その実態がわからないだけ不気味なのだ。とにかく普通のググトより危険であることは間違いない。

 俺はまた真夜中に町をうろつくようになった。A級ググトにつながる手掛かりが見つかりはしないかと・・・。だが何もつかめないまま、数日が過ぎていた。




「最近、おかしいわよ。」


 喫茶店で理沙と待ち合わせをしていた。待っている間、俺はうとうとしていたらしい。俺の前に座った理沙が言った。


「ああ、少し寝不足かな。」

「なにしてるの? 夜はしっかり寝なきゃ。」


 理沙は心配したように言った。


「ああ、ググトが・・・」


 俺はそう言いかけて途中でやめた。そんなことを言えば理沙は変な顔をするからだ。まるでまた病気が始まったか・・・という風な。


「えっ、何?」

「いや、なんでも・・・」


 その時、俺は外にググトの気配を感じて話を止めた。道を歩く者の中にググトがいる・・・俺は確信していた。


「ちょっと、ごめん! 用ができた。」


 俺はテーブルにスマホを置くと、驚く理沙を残して外に出た。その通りには多くの人たちが行き交っていた。ここでググトが人を襲えば大きな被害が出る・・・俺は通りの先を見た。


「あいつだ!」


 俺は確信した。奴は少女に擬態している。奴の先にはサラリーマン風の男が歩いている。もう標的を決めたように見えた。


「待て!」


 俺は叫んだ。その時にはその少女からは触手が出てきて男に向かっていた。


「エネジャイズ!」


 俺はなんとかマサドに変身しできた。だが前のダメージが残っており、体が重く動きが悪い。奴は俺にすぐに気付き、俺が来る前に触手をひっこめてそのまま通りを走り逃げようとした。


「きゃあ!」「うわー!」


 いきなり現れたググトに驚いて周囲から悲鳴が上がった。奴は周囲の状況には全く気に留めず、そのまま走りだした。


「あれは!」


 奴の行く先に一人の女性が歩いていた。騒ぎに気付かないのか、逃げることもなくゆっくりと道の真ん中を歩いていた。そのままでは奴と衝突する・・・。


「危ない! 逃げろ!」


 奴を追っている俺は叫んだ。するとその女性は振り返った。その顔は見覚えがあった。


(あれは夢野ミチル!)


 確かに東野教授の研究室にいたミチルだった。丸い大きめの眼鏡をかけているので間違いない。いきなり現れたググトを見て腰を抜かすだろう・・・

 しかしミチルはググトを見ても平然としていた。いや、その目はこっちに来るなと言わんばかりにググトを睨んでいるように見えた。奴はミチルの方に逃げている。このままでは・・・


(まずい! 早く奴の動きを止めねば・・・)


 俺は焦ったが方法はなかった。ミチルが逃げて道を開けぬ限り・・・

 だが不思議なことが起こった。奴はミチルの姿を見ていきなり立ち止まったのだ。それはまるで蛇に睨まれたカエルだ。そしてじりじり後ずさりすると、横の狭い通路に入った。


(何が起こったんだ?)


 俺は不思議に思ったが、そこで立ち止まってはいられなかった。奴を追わねばならない。俺は慌てて奴の入っていった通路に向かった。

 その時、横目でちらっと見たが、やはりミチルは逃げようともせず、その様子をじっと眺めていた。冷静に状況を見極めようとするリケジョだからなのか?



 俺は通路に入っていって奴を探したが、すぐに見失ってしまった。マサドの体が本調子に戻っていないのだ。俺は追跡をあきらめてマサドから人間の姿に戻り、またその通りに戻った。だがそこにはもうミチルの姿はなかった。

 俺は先程の状況を思い出していた。俺はミチルのググトに対する態度が気になっていた。


(ミチルはググトを見ても驚きもせず、逃げようとしなかった。それどころか、ググトの方が涼子を避けた。いや、恐れて逃げたようにも見えた。一体何が・・・)


 俺はしばらく考えた。そしてある答えが頭に浮かんだ。


「まさか・・・」


 俺はしばらく呆然としていた。

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