第31話 スクープの果てに

 俺は芸能人のスキャンダルをスクープする記者だ。だが最近この仕事に嫌気がさしてきた。そんな時・・


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 俺は最近つくづくこの仕事に嫌気がさしていた。朝から晩まで張り込み、有名人のスキャンダルをスクープする・・・それが俺の仕事だった。俺はいくつかのスクープを物にした。大物歌手の不倫。若手俳優の破局離婚、アイドルの交際・・・それを読者に面白く提供するのだ。それは社会に大きな衝撃を与えてはいた・・・。 


 だが結局は世間の人たちの好奇心をあおっているだけだ。ワイドショーなどで視聴率が取れると見るや、まるで大きな犯罪でも起こしたかのように徹底的に叩く。それが世間一般の意見だと言わんがばかりに。すると世間の人たちもその有名人に非難の目が向けていく。

 そうなれば謝罪会見を開こうが、黙認しようがどうにも収まらない。そうして社会から排除した後は、しばらくしてみんな忘れていく・・・

 こんなことでいいのだろうか?俺は社会正義のために報道をしたくてこの世界に入ったのだ。芸能人を追っかけるためじゃない。


 それでも俺はあるホテルで張り込んでいた。ある有名俳優が不倫をしているという情報をつかんで。これも生活のためだ。だが今日も空振りだった。なにもなかった。


「ああ。だめか・・・」


 俺はあきらめかけていた。この情報がガセだったのか?相手が警戒しているためなのか?・・・もう少しこのまま粘ろうか、いやあきらめて別のターゲットを探すか・・・と考えているときだった。

 俺はふと窓の外を見た。そこには一人の若い男が歩いていた。


「あれは・・・」


 帽子を深くかぶり、サングラスとマスクをしていたが、あの姿は一般人と思えなかった。芸能人特有のオーラが出ていた。


(こんな夜に・・・何かある!)


 記者の勘にピーンと来た。俺はすぐに外に出てその若い男を追った。


 その男はある店の前に立ち止まると、辺りを見渡して店の中に向かって声をかけた。そしてサングラスとマスクを少しずらした。


(あれは工藤静也!)


 それは今、売り出し中のアイドルだった。人気はうなぎのぼりで若い女性に騒がれていた。どうしてこんなところに・・・

 店の中からは若い女性が出て来た。そして腕を組んで歩き始めた。


(しめた! 熱愛現場だ! 逃すものか!)


 俺はその様子を密かに何枚も写真に撮り、動画を撮影した。

 工藤静也は今まで熱愛のうわさはなかったし、もちろん週刊誌に載るようなことは一切なかった。これはスコープだ。俺の頭には週刊誌の文字が浮かんでいた。


『工藤静也! 熱愛!』


 これでスクープ賞はいただきだ。これでしばらくは食いつなげる。俺は2人を尾行した。幸い気づかれていない。だが・・・人通りの少ない方に歩いて行っている。そっちは港しかない。

 俺は不思議に思いながらも後をつけた。やはり2人は波止場を歩いている。何を話しているのかわからないが、静也はより暗い方に連れて行こうとしているようだった。


(もう少し寄ってみるか・・・)


 そう思った瞬間だった。静也の体から数本の触手が伸びてきた。


(なんだって!)


 俺は反射的にカメラを構えた。そしてファインダー越しに見てしまった。

 静也から出て来た触手は女性をしっかり捕まえた。驚いた女性は声を上げようとしたが、その口は触手で塞がれた。そして静也の美しい顔は恐ろしい歯が並ぶ化け物の顔になった。


(化け物!)


 俺は恐怖にかられたが、カメラを放さずシャッターを押し続けた。静也は女性を鋭い歯で傷つけると流れる血をすすり始めた。


(あの女性を助けなければ・・・)

 とか

(助けを呼ばなければ・・・)


 という気持ちは全くなかった。とにかくこの場面をしっかりカメラに収めるのだ。


 やがて化け物は血を吸い終わり、その女性を海に投げ捨てた。ドボーンという大きな音が辺りに響いた。俺ははっとして姿を隠した。奴に見つかったら自分の身が危ない。

 しかし化け物はこっちに気付いていないようだった。そして静也の姿に戻り、何もなかったかのように歩き出した。


(見てしまった! どうしよう!)


 俺は必死に頭の中で考えた。すごいスクープだ。芸能人のつまらない恋愛のスクープとは比べ物にならない。最近、世の中を騒がしている血を吸う化け物を写真に収めたのだ。


(これをどうやって・・・)


 とにかく殺された女性のことを警察に届けねば・・・そうしないと事件にもならない。だが自分のことは隠さないと・・・そうしないと折角の写真が取り上げられて特ダネがおじゃんになる。


 俺は近くの公衆電話から警察に通報した。


「女の人が海に投げ込まれたようです・・・」


 それで電話を切った。最低限の義務は果たした。後は警察任せだ。波止場近くを捜索して、きっと女性を引き上げて事件にするはずだ。そう思うと俺はその場をすぐに離れた。



 俺は家に帰って冷静に考えた。写真は完璧だ。


『工藤静也は化け物だった。これが証拠の一部始終!!』


 タイトルはすぐに浮かんだ。これで俺は一躍、一流事件記者の仲間入りだ。だが・・・それでは一時的だ。静也が逮捕されてそれで終わってしまう。もう少しセンセーショナルで読者を引っ張れるように・・・。

 俺は考えた。こうなったら静也のことは伏せて化け物のことだけを載せよう。奴はまた人を襲う。それを次々にとって雑誌に載せるのだ。そうすればシリーズとして長い間、写真を売り込むことができる。奴に見つかると危険だが、こっちには写真という切り札がある。もし静也が襲って来たならこの写真をばらまくぞと脅迫してやればいい。奴も芸能人だ。スキャンダルが雑誌に載るのを嫌がるだろう。もちろん見つからないように追跡して写真を撮り続けた方がいいが。




 次の日、若い女性の変死体が海から引き揚げられた。それを新聞やニュースは大きく取り扱っていた。SNSで見ず知らぬ男に誘われて出て来たとのことだった。だがどうしてそうなったのかを詳しく書いているところはなかった。警察でもわからないのだろう。真相を知っているのは俺だけた。



 俺は写真と記事を週刊誌に売り込んだ。それも三流じゃない、一流どころだ。いつもは俺を小馬鹿にして追い出す編集長の目の色が変わった。だがそんなこともおくびにも出さず、


「写真と記事かね?誌面はもう埋まっているんだが、特別に載せてやろう。原稿料はいつも通りでいいか?」


 と上から目線で言って来た。喉から手が出るほどこの記事が欲しいんだろうと思いながら、


「そうですか?それなら他のところに売り込みに行きます。もっと高く買ってくれるところがあるんでね。」


 と言ってやった。すると編集長はすぐに、


「いや、それは困る。わかった。2倍出す。」


 と言って来た。それぐらいじゃ話にならない。


「もういいです。お邪魔しました。」


 俺はそそくさと記事と写真をかたづけ始めた。それに編集長は大いに慌てた。


「3倍、いや5倍出す。それにもっと記事と写真を持ってきたら優先的に載せる。それでいいだろう。」


 俺の手をつかんで頼んできた。俺は渋々という風にそれを承諾した。




 実際、その化け物の写真と記事が載った週刊誌は飛ぶように売れた。それはテレビなどでも取り上げられて、ますますその雑誌は売り上げを伸ばした。


(さて、続報を書かなくてはな。)


 俺はそう思いながら苦労して調べた静也のマンションを張っていた。だがここしばらく奴に動きはない。週刊誌にも出たからより注意深くなって警戒しているのかもしれない。それでも辛抱強く俺は待ち続けた。

 するとやっと奴がマンションから出て来た。深夜遅く、辺りを見渡しながら道を歩いて行った。


(奴は今日やるつもりだ!)


 俺は確信した。奴に気付かれないようにそっと後を過ぎた。するとまた途中で若い女性と合流していた。そして今度は河原の暗いところに連れ込んでいた。

 俺はカメラを構えた。動画の方もしっかり準備している。はやる気持ちを押さえながらその瞬間を待っていた。

 奴はまた化け物になった。女性の口を押えて悲鳴を上げさせることなく、血をすすり始めた。その恐怖におびえた女性の目が、写真を構えた俺の目と合った。その女性は俺に助けてくれと言わんばかりの眼差しを向けていた。俺も一瞬、助けに出ようとしたが、


(だめだ!もう助からない。奴は化け物だから俺なんか出て行っても殺されるだけだ。それよりこれを撮り続けるんだ。それがジャーナリストの務めだ。それで世の中の人に警告できる・・・)


 などと都合よく思ってそのまま写真を撮り続けた。その女性はやがて眼を閉じてぐったりした。俺は罪悪感を覚えながらも、


(これでいいんだ! 奴の写真は十分撮れた。俺はジャーナリストとしてやり遂げたんだ!)


 と思い込もうとした。

 化け物はまた女性の死体を川に投げ捨てた。俺は奴に見つからないようにそこを離れた。そして何とか公衆電話を探して警察に通報した。それで俺は義務を果たした。




 次の日も大騒ぎになっていた。2人目の被害者が出たというので。だが2人ということはないだろう。俺が通報しているのだから発覚したんだ。そうしていなかったら今頃は何も出てきてはいないだろう。


 警察は週刊誌の写真を見て、その情報源について編集長に口を割らせようとしたらしい。だがあの計算高い編集長がそんなことを漏らすわけがない。このまま黙っていれば次々に特ダネが持ち込まれるのだ。警察の協力なんかしたらすべた御破算だということが分かっていた。やはりジャーナリストは同じ穴の狢、考えることが同じだ。

 続報の載った週刊誌はさらに売れた。俺はさらに奴を追いかけて特ダネをものにしようと考えていた。



 それから数回にわたり、静也が化け物になって女性の血を吸う場面をとらえた。その度に週刊誌に載せたが、徐々に反応が薄くなった。


(もう飽きて来たのか?だったら頃合いだな。)


 俺は思った。それならあの化け物は工藤静也だとばらしてやろう。そうしたらもう一度、盛り上げられる。


(今度は本人直撃してやるか・・・。)


 俺は愚かにも、奴が危険な化け物だということを忘れていた。




 俺は静也のマンションで見張っていた。奴はだいたい1週間に1回のペースで人を襲う。今日、出てくると踏んでいたら、やはり出て来た。そしていつものように途中で若い女性と合流した。


「すいません!工藤静也さんですね!」


 俺は動画のカメラを向けながら、奴に近づいた。


「何だ!撮るな!」


 静也は顔を手で隠しながら言った。女性の方は横にいるのが工藤静也と初めて知ったようで、口を押えて驚いていた。俺はカメラで奴をとらえながら言った。


「少し、お話を聞かせてください。」

「何も話すことはない!」


 静也は大声で怒鳴ったが、俺は引き下がらない。


「最近、海や川で亡くなられた女性の方々を知っていますよね?」

「知らない。俺が知るわけないだろう!」


 静也は声を荒げて否定した。


「それならこの写真を見てください。」


 俺は執拗に食い下がった。それらは静也が化け物に変身して若い女性を捕まえて血をすする様子が写っていた。もう言い逃れできないはずだ。証拠があるんだから。さあ、どうだ!・・・俺はこれで奴が観念してすべてを話しだすと思った。


『工藤静也、独占告白!俺は化け物だった!!』


 俺の頭に週刊誌の記事のタイトルが浮かんでいた。そしてこの動画をネット版に載せれば一大センセーショナルだ。俺の記者としての名声は不動のものになるだろう。

 だが静也は不気味に笑った。


「お前だったのか?俺の食事を盗撮していたのは。」


(こいつ、悪びれたようすがない。何なんだ!)


 俺は心の中で思った。こんな奴をジャーナリストとして許しておけない。徹底的に記事で叩いてやる。


「悪いとお思いにならないのですか?被害者の女性に。」

「思わないね。獲物なんだから。」


 静也は静かに言った。横にいた女性は俺と静也の会話を聞いて恐ろしくなったようだ。後ずさりして、そのまま逃げて行った。


「せっかくの獲物に逃げられちゃったじゃないか! どう責任を取ってくれる!」


 静也は俺を威嚇していた。


(責任?こいつ何言っているんだ? 狂っているのか?)


 俺は半分怒りながら、何とかして奴に罪を償わせてやろうと考えた。ペンの力で。

 だが静也から出て来た触手が俺を捕まえていた。


「何をする!」


 俺は叫んだ。しかしその声は奴の触手で遮られていた。


「今日はお前で我慢してやろう。」


 そう言って静也は化け物の顔になった。そして俺の体を切り裂き、血をすすり始めた。


(た、助けてくれ!)


 俺はもう声を発することはできなかった。このまま血を吸われて殺される・・・と思いながらも動画のカメラは回し続けていた。


(これはスクープだ!こんな間近で撮っているんだ。こんな映像は他にないぜ・・・)


 俺は自分のジャーナリストとしての本能に満足していた。そしてそのまま気が遠くなっていった・・・。




 次の週のある週刊誌のネット版ではセンセーショナルな動画が載せられていた。


『本誌記者が化け物に襲われ殺された! その一部始終!』

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