第29話 友がググトになる時
友人の和夫の様子がおかしい・・・俺(涼介)はそう気づいた。和夫はググトに変わっていっている。一体、どうしたらいいのか・・・第28話の続き。涼介の視点から
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俺が和夫の異変に気付いたのは数週間前だった。それは何となく・・・いつもの和夫と違う違和感があるだけだった。だがそれが日に日に大きくなった。俺は和夫が少しずつ何かに変わっていく気がしていた。
だが昨日、俺は確信した。大学に行く俺の前にググトの気配を感じた。
(ググトがまた暴れる!」
俺はその気配のする方に向かった。するとそこには和夫がいた。
(こいつがググト?もしかして俺の様に平行世界から来たググトが和夫と入れ替わったのか?)
俺は和夫の前に出た。もしググトなら被害が出る前に消してしまおうと考えていた。だが目の前の和夫は、
「話を聞いてくれ。秘密の話だ。」
と声を潜めて言ってきた。俺は
(その方がこちらも都合がいい。誰も見ていないところで始末できる。)
と思ってそれに応じた。
俺たちは誰もいない講義室に入った。目の前の和夫は困った顔をして体から生えた触手を出した。俺は
(いよいよ正体を現したか!)
と思って身構えた。しかし和夫は俺に必死に助けを求めていた。その姿は俺をだましているとは思えなかった。
(目の前にいる和夫はググトではなく、和夫なのか・・・。だとするとどうしてこんなことに?)
俺はどうしたらいいかを考えてみた。
(東野先生に相談しよう。あそこの研究室なら何が起こっているか、わかるかもしれない。)
そう思いついた俺は和夫を連れて研究室に向かった。
俺は東野先生に頼んで、和夫を検査してもらった。スキャン装置に入る和夫は不安そうな顔で俺を見た。俺は笑顔で、
「大丈夫だ。」
と言ってやるしかなかった。だが俺の横で出てくる結果は想像を超えていた。
東野先生はそれを厳しい顔で見ていた。俺は訊いてみた。
「どうなんですか?」
「これは大変なことになっている。斉藤君の体に別の生物の一部が入っている。」
東野先生は深刻な顔をして言った。
「別の生物?まさかググトですか?」
「ああ、多分。別の次元の生物の反応がある。人間のものじゃないからググトだろう。」
「一体なぜそんなことが・・・。」
俺は東野先生の言葉が信じられなかった。だが東野先生ははっきりと言った。
「この結果は確かだ。君だって平行世界から来たんだろう。今回はそれが不十分に、いや体の一部のみが入れ替わったんだ。」
「触手が生えてきたんですよ。昨日まではなかったはず。和夫の体はどうなっているんですか?」
俺は嫌な予感がしていたが、とにかく訊いてみた。
「入ってきた細胞の方が強いんだ。だから彼の体の中で増殖している。がん細胞の様に。だから触手が生えてきたんだと思う。」
「じゃあ、このまま進めば・・・」
「ああ、ググトになる。正確に言うとググトのキメラだ。がん細胞ならそのまま死に至るが、この細胞は自らの都合のいいように体を変えていくからそうなるだろう。」
俺はその言葉に驚愕した。和夫がググトに変わっていくなんて・・・
「どうにかできないんですか?」
俺は何とかしてやりたかった。和夫をこのままにしておけない。だが東野先生は考え込んでしまった。
「うーむ・・・。今は思いつかない。今の状態を見ると、元々の体の免疫細胞が新しく入ってきたググトの細胞と戦っているようだ。まだ時間はある。その間に思いつくしかない。」
「それはどれくらいですか?」
それはまるで和夫の余命を訊いているかのようだった。
「半年くらいあるかもしれない。彼の免疫細胞が何とかググトの細胞を触手に押しとどめているようだ。しかしその触手を傷つけてしまったら、ググトの細胞が急激に反応して一気に体に回るかもしれない。そうなったらすぐに体が変化してくる。」
「半年か・・・」
俺はため息をついた。半年以内に何とかしなければ和夫はググトになる。そうなればとる手は一つしかない・・・
その様子にスキャン装置に入っている和夫は不安を感じたのだろう。
「何だ?どうしたんだ?」
と訊いてきた。東野先生は笑顔で和夫に答えた。
「大丈夫だよ。気にすることはないよ。」
だが小声で俺には、
「彼にはまだ言わない方がいい。」
と言った。俺は小さくうなずいて、できるだけ笑顔をして言った。
「しばらくしたらよくなるさ。」
だが和夫は不安な顔をしたままだった。俺は心配だった。だが和夫は一人にしてくれと帰っていった。
次の日、和夫は大学に来なかった。
(あんなことがあったんだ。外に出たくないのだろう。)
と思ったものの、一方で嫌な予感がした。それはますます俺の中で大きくなった。
俺は和夫のアパートを訪ねた。中にいる気配はしていたが、呼鈴を押してもドアを開けようとしなかった。
(和夫に異変が起こったのか!)
俺は和夫の名を呼び、ドアをドンドンと叩いた。これで出て来なかったらドアを壊してでも中に入ろうと思った。するとドアが開いた。
「!」
俺は一瞬、絶句した。出て来たのは、見た目は和夫だが、それは確かに人に擬態したググトだった。いやググトになった和夫というべきかもしれない。俺は気を取り直して尋ねた。
「大丈夫か?」
大丈夫なわけはないのだがそう訊くしかなかった。
「それが・・・」
和夫は言葉を濁しながら俺を部屋に入れた。和夫は触手を切り落としたと言った。だから急激に進行してこんな姿になったようだった。俺は
(もう和夫には隠せない。俺は本当のことを告げねばならない)
と感じていた。それが和夫にショックを与えるかもしれないが・・・。
和夫は擬態を止め、半ばググトになった姿を俺に見せた。彼は俺を驚かせてしまうと思ったらしいが、そんなことはとうに承知していた。それより和夫に真実を告げる方法を考えていた。
和夫はかなり落ち込んでいた。俺は言った。
「俺とお前は友達だ。どんな姿になろうとそれは変わらない。俺のできることは何でもする。」
すると和夫の気持ちは上向いてきた様だった。俺は和夫に話し始めた。
「俺は以前の涼介じゃない。半年前に平行世界から来た別の涼介だ。寝ている間に次元の変化が起こって入れ替わってしまったんだ。そしてその平行世界にはググトという恐ろしい生物がいる。それは人に擬態しながら人を襲って血をすする。昨日の検査ではなぜかそのググトの一部がお前の中に入っているのが分かった。その細胞がお前の中で増殖している。だからそうなったんだ。」
それを聞いて和夫は訳が分からず、きょとんとしていたが、やがてその意味を理解していっているようだった。彼の顔が驚きと恐怖が浮かんできた。
「俺は化け物になるのか?」
和夫の問いに俺はしずかにうなずいた。
「いやだ!いやだ!化け物になりたくない!」
和夫は叫んだ。
「大丈夫だ。何か方法がないか、東野先生が考えている。まだ時間はある。」
俺は言った。だがそれは嘘だということはわかっていた。こうなった以上、ググトの細胞は和夫の体の中で増殖し、完全にググトになるのは遠くないだろう。そんな短時間では対策は立てられない。だがあまりに残酷な現実にそう言ってやるしかなかった。
「俺はいやだ!もう何もかもいやだ!」
和夫は暴れ始めた。
「しっかりするんだ!」
俺は和夫を押さえつけようとしたが、その力はすでに常人を越えていた。俺は吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。和夫は狂ったように叫び続けて外に出て行った。
しばらくして俺は何とか立ち上がって外に出てみた。だが和夫の姿はなかった。
「まずい・・・もし和夫が人を襲うことがあれば・・・」
俺はググトの気配のある方に向かって走った。
「きゃあ!」
俺の向かうその先で悲鳴が聞こえた。
「人を襲っている!遅かったか!」
俺は走りながら、
「エネジャイズ!」
とマサドに変身した。しばらく行くと半分ググトになった和夫が若い男を捕まえていた。すでに口で体を切り裂いて血をすすっていた。
「やめるんだ!」
俺は向かって行った。すると触手を動かして俺を攻撃してきた。
「和夫!気をしっかり持つんだ!お前は何をしているのかわかっているのか!」
俺は叫んだ。その言葉に触手の動きは止まった。そしてとらえている若い男を放した。
「ひぃー!」
とその若い男は慌てて逃げて行った。半分ググトになった和夫は立ちつくして、
「俺は・・・俺は・・・」
と涙を流していた。和夫の絶望した感情が俺に伝わってきた。俺は変身を解いて涼介の姿に戻った。
「帰ろう・・・」
俺はそう言うしかなかった。和夫はゆっくりとうなずいた。俺は和夫の肩を抱えるようにして彼のアパートに戻っていった。
部屋に帰ると、和夫は泣きながら訴えてきた。
「俺は化け物だ!人を襲っていた!もう生きていけない!殺してくれ!」
「何があっても俺が止める!だからしっかりするんだ!」
俺は言ってやった。空腹の上、人の血の味を知ったからには、また発作の様に人を襲うのは確かだった。俺がいつまで和夫を止められるか・・・
「お前まで巻き込んでしまう・・・」
「気にするな。俺はマサドだ。ググトと対峙できるように変身できる。俺に任せるんだ。」
今の俺にはそう言うしかなかった。和夫はさらに涙を流した。
「ありがとう・・・ありがとう・・・」
俺は和夫の空腹を何とか満たそうとしていた。だが和夫は食べ物を食べようとしないし、無理に食べさせても吐いてしまった。それでいて空腹が続いているようなのだ。もう栄養補給は人の血しかないのかもしれない。
その日の夜、和夫はまた暴れた。俺は何とか抑えようとしたが、また吹っ飛ばされた。
(まずい!また外に出て行く!)
その時、俺の左腕が目に入った。ケガをして血が流れていた。
(こうなったら!)
俺はその腕を和夫の前に差し出した。すると暴れる和夫はその腕の血をおとなしくすすり始めた。そして傷に口を突っ込み、血を吸い始めた。
(これでしばらくはおとなしくなる・・・)
俺は安堵した。和夫はしばらく血を吸っていたが、そのうちに空腹が落ち着いたのか、そのまま横になって寝てしまった。
俺は少しふらふらしていた。かなり血を吸われてしまったが、なんとか気を失わずに済んでいた。だがこんな手はもう使えない。今度発作が起こったらどうすればいいのか・・・
翌朝、和夫が目を覚ました。俺は和夫に尋ねた。
「気分はどうだ?」
「最悪だ!」
和夫は言った。だがその顔には悲壮感はなかった。
「そうか。じゃあ、大丈夫だな。」
俺は立ち上がろうとしていたがふらふらして壁につかまった。
「しっかりしろよ!」
和夫は笑いながら言った。
「お前のせいだぞ!あんなに血を吸うからだ!」
俺はふざけた様に言ってやった。
「お前の血はまずかったぜ。だから途中でやめたんだ!」
和夫も負けずに言い返した。もういつもの和夫に戻っているような気がしていた。だが和夫は急に顔を曇らせて言った。
「ありがとう、涼介。俺のために・・・。俺は訳が分からなくなるときがある。そんな時は人の血を追い求めているんだ。」
その目には涙が光っていた。
「気をしっかりもつんだ!すぐに元に戻る。」
俺は和夫の背中を叩いた。
「よく考えてみた。やはりこのままでは・・・。頼む。俺を殺してくれ!」
和夫が俺の目を見て言った。だが俺は首を横に振った。
「それはできない・・・」
「どうしてだ!お前はマサドという者だろう。だったらできるはずだ。」
和夫は俺の腕をつかんだ。俺はその手を振りほどいてきっぱりと言った。
「お前は和夫だ。ググトじゃない。だからそんなことはできない・・・」
だがもし和夫が人を襲うようなことがあれば、和夫を始末しなければならなかった。その時は決断しなければならないが・・・
「だったら自殺する!」
和夫はすぐにナイフを取り出し首に突き立てようとしていた。
「よすんだ!やめろ!」
俺は止めようとしたが力が入らなかった。その時だった。
「ぐわー!」
と和夫は叫び声を上げた。そして触手を振り回して暴れてそのまま外に出て行った。また血を求める発作が出たようだった。俺は追おうとしたが、体がふらふらしていた。
「和夫! 和夫!」
叫ぶのがやっとで、すぐに追いかけることはできなかった。
「きゃあ!」
和夫の行く先々で悲鳴が上がった。人々は逃げ惑っているようだった。
「このままでは・・・」
俺は決意しなければならなかった。被害を食い止めるためこの手で友を殺さねば・・・。俺はふらつく体でなんとか追いかけた。だがもう遅かった。そこには若い女性の血をすするググトがいた。もう和夫ではなかった。そしてその前には拳銃を構えた警官がいた。
「やめろ!」
俺は叫んだ。しかしそれを打ち消すように拳銃が数発、発射された。それはすべてググトに命中した。
「ぐあっ!」
そのググトは体から血を吹き出しながら倒れた。完全なググトではなかったから、数発の拳銃の弾が致命傷になった。
「和夫!」
俺は呼びかけるように叫んだ。だがそのググトは何も言わなかった。ただ俺をじっと見ながら泡になって消えていった。それは見慣れた光景だったはずだが、俺は激しい悲しみに襲われた。知らず知らずに目から涙を流していた。どうにかしてやることはできなかったか・・・だがいくら思い返してもそれを思いつけなかった。
その場に立ちつくした俺に冷たい風が吹き抜けていった。空虚感に苛まれた俺はその場を静かに立ち去っていった。
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