第9話 恋人の秘密
私と信二の間に何も秘密はないと思っていた。だが・・・。
恋人の謎の行動に悩む「私(真美)」の話。
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私と信二の間に何も秘密はないと思っていた。だが・・・。ある日を境に彼はおかしなことを言うようになった。
「君って、こうだったっけ?」
私が変わってしまったように信二は感じたのだろうか・・・
彼は仕事に行かなくなった。昼間はずっとアパートにいて、たまに真夜中にアパートをそっと抜け出していた。そして私と食事することはなくなった。
一緒に住み始めて半年・・・やはりずっと一緒にいると2人の仲は変わってしまうのか、それとも人が変わってしまうのか・・・。だが中身は信二のままのように思えた。私には以前と同じように優しかった。
(ヒモになろうとしているの?)
私はそれでもいいと思っていた。一緒にいられたら何もいらない。生活費なら私が何とかする・・・愛さえあれば・・・
しかし
「どうかしたの?」
私が聞いても彼はごまかしてまともに答えてくれなかったし、彼の生活はずっと変わらなかった。相変わらず、昼間はぼうっとして何もせずに過ごしていた。
(どこか悪いのだろうか?)
私は彼の体のことが心配になった。だから彼に訊いてみた。
「どこか悪いのかもしれないよ。お医者さんに診てもらおうよ。」
しかし彼は首を振り、
「いや、どこも悪くない。」
その一点張りだった。私の不安は増すばかりだった。
だから彼が夜に出かけるとき、そっと彼の後について行こうと思った。暗くしても眠らないようにじっとガムをかんでいた。すると彼が静かに起き上がった。私の様子を伺いながら、そっと外に出て行った。
(今日こそは確かめるわ。)
私はそっと後をついて行った。彼は歩きながら周囲を見渡していた。何かを探しているのか、それとも何かを警戒しているかのようだった。
(なにか怪しい動きだわ。一体、信二は何をしようとしているのかしら。)
私はサングラスと帽子で変装していたが、周囲に人が歩いていないのであまり近づくと信二にばれてしまうかもしれなかった。だから遠くからつけていたが角を曲がったところで見失ってしまった。
(信二はどこに?)
私はあちこち走り回ったが、やはり彼を見つけられなかった。私はあきらめてアパートに戻った。朝になって彼は戻ってきた。やはり彼の行動はつかめないままだった。
ただ気になることがあった。休日に彼を無理やり街に連れて行ったことがあった。
(昼間に家にいて夜出かけるなんて、まさか吸血鬼になったわけでもないでしょう。ちょっと太陽の光を浴びせてみるか。もしかしたら日光を浴びたらおかしな習慣も治るかもしれない。)と思ったからだった。
昼間に彼を外に連れ出したが、別に何も異変は起きなかった。ただ最近、家にいることが多いせいか、色白になっていただけだった。
だがなぜだか、彼は周囲をかなり警戒していた。そしてしばらくして何かの気配を感じたのか、
「ちょっと走るぞ!」
と言って私の腕を引っ張って人ごみの中に紛れ込んだ。
(えっ?どういうこと?何かが信二を追ってくるの?)
私はそのまま彼とともに何かから逃げるように走った。横にいる彼の顔には緊張感がみなぎっていた。
(こんな街中で? もしかして・・・)
私は彼が精神的におかしくなったのではないかと思った。誰かに狙われている・・・という妄想があると聞いたことがあった。彼は心の病気なのだろうか?
その後、角を曲がっていきなり看板の陰に身を伏せて隠れた。私が彼の顔を見ると、彼は口に人差し指を当てて「静かに。」と私に示した。私はそのままじっとしていた。するとその前を走り過ぎた男の姿があった。
「どこに行った? 逃げられたか!」その男はそう呟くとそのまま行ってしまった。
(本当に追われているんだわ・・・)
私は思った。彼が心の病気でないとしたら、一体どういうことなのか・・・
「今日は帰ろう。」
彼はそう言って2人でアパートに戻った。彼は何も説明してくれなかった。私も怖くて何も聞けなかった。
(一体なに?何かの組織に追われているっていうの?)
私は彼が某国のスパイではないかと考えた。夜に諜報活動をしている?私の前で物を食べないのは毒殺を恐れるため?・・・考えれば考えるほど謎が多かった。私の方が妄想に取り付かれそうだった。
私はネットニュースで色々調べた。するとこの近所で行方不明の人がいた。それだけでなく無残に斬り裂かれた死体も発見されていた。それもそこそこの数だった。
(もしかして殺し屋?)
私は恐怖の念に駆られた。あんなにやさしいのに裏の顔は冷酷な殺し屋なのか・・・だとすると秘密を知った私も消されてしまうのだろうか・・・
私は彼の様子をよく観察した。外ではあんなに緊張していたのに、家の中ではだらけ切っており隙だらけだった。こんな人が殺し屋であるわけがない・・・いやうまく隠しているのかもしれない。素人の私に見抜かれるようではプロとして失格だ。普段の姿は計算してそう装っているのかもしれない。
しかし冷静に考えれば考えるほどそれはなさそうに思えた。殺された人がすべて、殺し屋に狙われる程ほど重要人物とは思えなかった・・・
私が本当に不安なのは、彼が私を嫌になってはいないかどうだった。彼がそんな行動をとるのはそこに起因しているのかもしれない・・・考えたくもなかったが・・・
ある日、私はとうとう彼に尋ねた。
「一体、どうしたの?仕事にはいかない。昼間は家でぐうたら。たまに夜はどこかに出て行くし・・・何かあったの?」
「いや、なんでもない・・・」
いつものように彼はただうなだれるだけだった。彼だってこういう生活がいいとは思っていないはずだ…と私は信じていた。
「言いなさいよ! 言わないと怒るわよ! 私が原因なの?」
今回ばかりは私はさらに厳しく問い詰めた。しかし言ってしまった後で後悔した。もしかして・・・この生活に嫌気がさしたのでは・・・
「お前のことが嫌になった。」とか「他に好きな人ができた。」とか別れを切り出されるんではないかと思った。でも私はまだ彼のことが好きだし、このまま一緒にいたいと思っている。彼がヒモになっていようと・・・
「話を聞いてくれ。真美。」
いきなり彼は顔を上げて私を見た。
(これは別れを切り出される・・・まずい・・・なんとか切り抜けないと・・・)
私は考えを巡らせた。
「いえ、無理に言わなくてもいいのよ。言いたくないこともあるから・・・」
私は彼の話を聞くのが怖かった。多分、別れ話のはずだから・・・
「いや、聞いてもらいたい。これは2人の問題だ。」
彼は静かに言った。
(これは本当にまずい・・・)
私は覚悟して座り直した。こうなったら取り乱さずにまず聞いてやろうと思った。その後で泣こうがわめこうが私の気分のままにすればいいと思った。彼はゆっくり話し出した。
「俺は以前の俺じゃない。」
(あっ、やっぱり・・後は2人とも変わってしまったから、別れた方がいい・・・なんて言い出すのかしら。)
私は心を落ち着かせて次に言葉を待った。すると彼は思わぬことを告げた。
「君の信二は別の世界に行ってしまった・・・ここにいるのは向こうの世界から来た信二だ。」
(へっ? 話が見えない。それとも新しい別れの言葉? こうやって私を煙に巻いてうまく話を持ってこようとしているの?)
私は思わぬ不意打ちに少し混乱していた。
「君は向こうの世界の君と変わらない。俺は君が好きだということには変わらない。だが・・・」
彼は目を伏せた。
(来た来た! 話が元に戻ってきた。やっと別れを切り出そうとするのね。それはお見通しよ。)
私は彼をじっと見た。彼は言いづらそうにしていたが、やっと顔を上げた。
「俺はググトなんだ。君は人間だ。これはどうしようもできない。」
(また話がそれた。ググト? なにそれ?)私は眉をひそめた。
「向こうの世界では俺も君もググトだった。数少ない種族だから、2人で結婚して多くの子供を残そうと話していたんだ。でも俺だけこの世界に飛ばされたんだ。いやこの世界の人間の『俺』と入れ替わってしまったんだ。だからこうなってしまったんだ・・・」
彼は悲しそうに言った。
(ええっ! 何という作り話! 別れるためにこんな話をでっちあげたのね! 何かのSF漫画でも読んだのかしら・・・それともふざけて・・・)
私は彼の顔をのぞきこんだ。彼は真剣な顔をして嘘を言っている感じはなかった。
(本気で言っているの? だとしたらヤバいわ。家にずっといておかしくなってしまったのかしら。)
そう思うと急に彼のことが心配になった。
(ここは私が何もかも受け入れてあげなくちゃ。病気だったとしてもいつかは治るはず。)私はまるで彼の「母」にでもなった気分だった。
「それでどうしたいの? ここから出て行きたいの? 信二がよければこのままでいいのよ。」
私は優しく言った。すると彼は、
「ここにいたい。人間であっても真美は真美だった。ずっと君のそばにいたい。君が許してくれるなら。」
私の目を見つめて言った。何かおかしな展開になったが、彼の言葉がうれしかった。
「ええ。いいわよ。信二は無理しないで。」
と私はそう言った。その後に、(また元に戻るわ。今は少し頭がおかしくなっているだけ・・・)と心の中で付け加えた。
それから数日が過ぎた。そしてついに来てしまった。あの日が・・・
私が朝、仕事に出かける時だった。彼はいつものようにアパートの外まで出て来た。
「いってらっしゃい!」
彼は笑顔で送り出してくれた。
「行ってくるね。」
私は手を振って答えた。いつものように裏通りから駅に向かったが、誰かの視線を感じていた。そこを通る人は少なかったはずだった。
(誰かしら?)
私は周囲を見渡した。すると壁を越えて若い男が私の前に立ちはだかった。そしてにやにやしながら私に近づいてきた。
「何ですか!大声を出しますよ!」
私は身の危険を感じて言った。
「誰も来やしないよ!」
男は不気味に笑った。そしてナイフを取り出した。
「俺はむしゃくしゃしているんだ。誰だっていいんだ。殺せれば!」
男はそう言った。その目は狂気をはらんでいた。
(この男が連続殺人犯なの! わ、わ、私も殺される!)
私は恐怖で震えて足がすくんでいた。助けを呼ぼうにも声が出なかった。男はナイフをきらめさせながら私に迫ってきた。
「待て!」
その時、彼が駆け付けてくれていた。そしてその男の前に立ちふさがった。
「信二!」
やっと私は声を出すことができた。
「こいつが君の後をつけているのが見えた。だから追って来たんだ。」彼は言った。
(やっぱり頼りになる。まるで正義のヒーローだわ!)私は思った。
「お前から殺してやろうか?うふふふ・・・」
男はよだれを垂らしながらナイフを振り回していた。こんな狂った男が相手なら、さすがに彼でも危ないように見えた・・・
だがその時、私はとんでもないものを目にした。彼が触手を伸ばして化け物に変わったのだった。私は目の前で見ているのにそれが信じられなかった。
「ば、化け物・・・」
男は逃げ腰になった。化け物は男を触手で捕まえ、鋭い口で体を斬り裂き、ほとばしる血をすすっていた。
その残虐な光景を私はまともに見ることができなかった。頭の中はかなり混乱していた。化け物は男の血を吸い終わると、満足したように息を吐き、そして信二の姿に戻った。
私は確信した。
(信二の話していた話は本当だったんだわ。近所で殺された人はこの化け物にやられたんだわ・・・)
彼は私の方に向き直った。
「これが俺の姿だ。わかっただろう。俺はググトなんだ。人じゃないんだ・・・」
彼は化け物だった。それ以外は以前の優しい彼と変わらないのに・・・
「俺はここから出て行くよ。君の前から姿を消す・・・」
彼は悲しそうに後ろを向いた。
「待って!」
私は駆け寄って彼の腕つかんだ。人ではなく化け物だろうが私は信二を愛している。それは確かだった。
「いいのか?この俺で?」
彼は訊いた。
「いいの。信二でいいの。」
私は彼の目を見て答えた。
「じゃあ。ここから逃げるよ。ググトになった俺を狙ってマサドがすぐにやってくる。この俺を始末するため。」
彼の言葉に私はふかくうなずいた。
私と信二は手をつないで走った。私たちはこのまま逃げ続けることになるだろう。私もそれでもいいと思った。彼を愛しているんだもの。だけど・・・
(ググトって何? マサドって?)
私はいまだに理解していなかった。
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