あまりにもモンスターで、ありえないほど猫。
結局アイゼンも加わり、皆で手分けしてのモンスター退治が始まった。
アイゼンは宿に戻って休むはずだったが、他人に任せて自分だけ休む事に耐えられなかった。
「おめーせっかくオレが助けてやったのに! なんだよやる気満々じゃねえか」
「違うんだ、なんだか自分だけ休むのは申し訳なく感じて胃が……」
「お前を救うのは胃薬だけか、世界中の胃薬飲み干す気っすか。もう胃薬友達にしろ」
ニースとアイゼンが並んで走る事10分。牧場が数軒見えてきた。
町の外れの長閑な景色は、本来はゆったりとした時間が流れているはずだ。
だが、今目の前では牛たちが全力疾走でぐるぐると回っている。
「めちゃくちゃ元気じゃん、何これ、牛楽しんでんじゃん」
「いや、これは何かから逃げているんだ。見ろ、今度は別の群れが走り始めた」
「なにごっこ?」
「え? 何ごっこ?」
「見た感じ、トリスタンだと
ニースが謎の遊びの名前を口にする。
そもそも何ごっこという感想からして謎なのだが、今はその中身を尋ねている場合ではない。
「あの群れを何かが追っている……?」
「え、何も見えねえけど」
「追われていないとあんな動きにはならないさ」
「うわ、お前もしかして幽霊とか信じる系?」
「え?」
「オレ、見えないものは信じない」
牛を追う存在の姿が見えない。だが、確かに牛たちは逃げ回っている。
ニースの中では見えない存在=幽霊だ。
そのうち、他の者も集まり始め、牛を追うものについての考察が始まった。
牛は興奮しており、体当たりでもされたなら大怪我だ。
大切な家畜を倒す事も出来ない。
「なあ、アイゼン。オレ思ったんだけどさ」
「なんだ、何か閃いたのか」
「目に見えたら幽霊じゃなくね?」
「今その話か? あ、いや……まあアンデッドも幽霊と言えば幽霊だし、見えてもいいはず」
ニースの思い付きの疑問に思考を遮られつつ、アイゼンは牛の動きを観察していた。
牛は時折捕まったかのように立ち止まり、何かを振り払おうとする動きを見せる。
その動きを同時に複数の牛が見せる事はない。
「勇者様、相手は1体のようですね」
「ああ。何かに追われているのは間違いないんだが……」
「もしかして、体は小さいのかも。案外、野良犬だったり」
ひざ下ほどまで生えた牧草のせいで、追うものの姿が見えない。
牧羊犬だとしたら、牛も追いかけるかもしれない。
モンスターではない可能性も出て来た。
「なあ、アイゼン」
「なんだ?」
「胃薬友達にしろって言ったけど、友達飲むのはダメだよな。取り消すわ」
「その唐突な疑問に胃が痛くなりそうだが」
「ヒールしてやろうか」
「要らない、胃に滲みそう」
ジェインがいれば、ニースのペースに上手く巻き込まれてくれる。
はたしてジェインの到着が先か、アイゼンの吐血が先か。
その時、別の角度から見ていた冒険者が、黒く細い尻尾を視界に捉えた。
「おい、猫じゃねえか?」
「へっ?」
「いや、あの尻尾は猫だ、黒猫か?」
目撃した者曰く、その尻尾は確かに猫のものだったという。
とたんにその場に和やかな空気が流れ、早くも解散ムードだ。
「はっはっは! 腹が減って牛を丸かじりか。勇敢な猫ちゃんだ!」
「牛も嫌がっているだけだろう、猫なんてすぐに飽きて昼寝を始めるさ」
「おーい、町長に一件落着と伝え……」
皆が笑いながら走り回る牛から視線を逸らそうとする。
だが、その時信じられない光景に誰もが固まった。
真っ黒い何かが急に膨らみ、立ち止まった牛を丸のみにしたのだ。
「へっ!? わ、わ、モンスターだ!」
「キャー! 牛を丸呑みにしたわ!」
町の者が散り散りに逃げ、冒険者数人が牧場の柵の外で武器を構える。
そんな中ニースは嬉しそうに駆け出した。
「ニース!?」
「よっしゃ未知のモンスターかも! この野郎、牛の肉は高いんだぞ! 金払え!」
「ギャーン!?」
ニースがモンスターに体当たりをした。
モンスターは思わず口を開け、その拍子に飲み込まれていた牛が吐き出される。
斬りかかっていれば、牛も無事では済まなかったかもしれない。
捕食の時だけ膨らむのか、モンスターはすぐに小さくなった。
ニースはモンスターを掴み、皆に見えるよう高々と持ち上げる。
「これ何てヤツ? 猫みてえ、つか猫だ」
それは誰がどう見ても黒猫だった。嫌がって身をくねらせて逃れようとしているが、ニースの怪力からは逃れられない。
ちょうどジェインも追いつき、アイゼンの隣にやってきた。
「アイゼン! なぜニースは猫を掴み上げているんだい?」
「いや、あれはモンスターだ。さきほど牛を丸呑みした」
「あり得ない、猫より小さい牛だなんてさすがにボクも信じないよ。見えているものだけが真実なんだ」
確かに、直接見ていなければ信じられないのも無理はない。
アイゼンがどう説明していいのか迷っている間、ジェインはニースに呼びかけている。
「ニース! 動物虐待は牢屋行きだ! 猫ちゃんを逃がしてあげよう!」
「ジェイン。俺が誓う、ニースが捕まえているのはモンスターなんだ。猫に化けているか、見た目がそっくりなだけさ」
ジェインは首を傾げる。
ニースが黒猫を苛めているようにしか見えていないのだ。
「誤解しないでくれ、君たちが猫嫌いだとしてもそれはいい」
「いや、猫は好きだけど」
「でも猫をモンスター呼ばわりだなんて……酷いよ」
「猫に見えるからって、猫だとは限らない。猫や犬のようなモンスターだっているだろう」
「そうか、確かに。なるほど……」
ジェインはモンスターに詳しくない。
アイゼンの説得でモンスター派に傾く。
「ボクは見えなくても幽霊は信じている。実を言うと幽霊はちょっと怖い」
「えっ? 今その話?」
「夜中に城の廊下の甲冑が動きだした時、とても怖かった」
「いやそれ、見えてるよね?」
「甲冑に見えたけど、実は幽霊だった、それと同じなんだ」
アイゼンが苦笑いしながらニースに視線を戻す。
ジェイン、お前もか。もし間があればそう呟いただろう。
だがしかし。
「あっ」
モンスターがニースの頭にぱくりとかぶりついた。
口が上下ではなく上下左右4つに分かれ、まるで花弁のように開いた後、ニースの頭部を包み込んだのだ。
周囲からまたもや悲鳴が上がり、その場はパニックとなる。
「ああ、ボクがモンスターだと信じなかったために! ニース、君の事は忘れない」
「そんな冷静な誓いはいい! 早くニースを助けないと!」
まんまるに膨らんだその頭には、猫の耳がついている。
ニースが持ち上げていた猫型のモンスターに間違いない。
「まずい、モンスターを斬るとニースまで怪我する恐れが」
2人が駆け寄る。数人の冒険者も遠巻きに見守りつつ、手には武器を持っていた。
そんな中、当事者のニースだけは緊張感がない。
あろうことか小手を外し、頭を呑み込まれたままモンスターの頬を撫で、首の下をくすぐっている。
「……なにやってんだ?」
「唾液に頭をおかしくする作用があるのかも」
「だ、大丈夫だ。ニースは元々ちょっとおかしい」
「ということは? むしろまともになってしまうのかい? これ以上は悪くならないと思うけれど」
2人は言いたい放題言った後でニースの肩を掴み、モンスターの口からニースの頭を引き抜くことにした。
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