第123話 摘出完了

 下顎を殴られたセネーレ王子が宙を舞い、頭から地面に着陸する。

 手加減したとはいえ、エデルの拳をまともに喰らい、恐らく顎は粉砕してしまっただろう。


「あれ?」


 と、エデルが思わず驚きの声を出す。

 脳を揺らして完全に意識を刈り取ったはずだったのだが、セネーレ王子が身体を起こしたのである。


 だが白目を剥いたままで、どう考えても意識があるとは思えない。

 にもかかわらず、バチバチと帯電する剣を構えて今にも躍りかかってくる気配があった。


「もしかして武器に身体を乗っ取られちゃった?」


 どうやらあの剣の方が無理やりセネーレ王子の肉体を操作し、戦いを継続しようとしているらしい。


「武器を使うんじゃなくて、自分が武器に使われちゃうなんて」


 呆れたように言うエデルへ、セネーレ王子が飛びかかってきた。


「このままじゃいずれ完全に武器に支配されちゃうだろうね。まぁその前に殺せばいいんだけど……人間界って、あんまり殺しちゃダメみたいだし、仕方ない」


 強烈な雷を帯びた斬撃が繰り出されるが、エデルはそれを両手で挟み込むようにして受け止める。


「真剣白刃取り」


 調教を施すにも、まずはこの剣の方をどうにかしなければなない。

 そう考えたエデルは、ビリビリと全身に流れてくる電流に耐えながら、そのまま力任せに刀身を圧し折ろうとした。


 すると折られては堪らないとばかりに、セネーレ王子がすぐさま逃げようとする。

 しかしエデルは刀身を絶対に離さなかった。


 ミシミシミシッ!


 そんな異音と共に、剣の方から焦りの感情が伝わってくる。


「やっぱりこの剣、意思のようなものを持ってるみたいだね。だったら話は早い」


 さらに力を入れながら、エデルは剣に訴えた。


「このまま圧し折っちゃうよ? それが嫌ならこの身体から今すぐ出ていくんだね」


 直後、猛烈な電流が両手を通じてエデルの全身へと流れ込んでくる。

 簡単に言うことを聞くつもりはないらしい。


 だがエデルは平然としている。


「無駄だよ。僕には雷への耐性があるからさ。ビリビリが嫌なだけで、別に耐えようと思ったら幾らでも耐えれるから。それより君の方は耐え切れるかな?」


 メシメシメシメシメシメシメシッ!!


 もっと大きな音が鳴り始め、刀身が心なしか少しずつ曲がっていく。


 そこでようやく観念したようで、電流が完全に消失。

 セネーレ王子の身体が力なく地面へと倒れ込んだ。


「さて、後はこいつを引き剥がして、と。……ん?」


 絶えず周囲に撒き散らされていた雷が収まったことで、恐らく様子を確認するためだろう、何人かがこちらへ近づいてきているのを察知するエデル。


「仕方ない。場所を変えよっか」







 半壊したイブライア家の屋敷を離れたエデルは、学生寮の自室に設けた亜空間へと戻ってきた。


「お帰りなさいませ、エデル様」

「ただいま」

「……どうやら無事に捕獲されたようですね」


 出迎えたハイゼンの視線が、セネーレ王子へと向く。

 彼にとっては、血の繋がりもあり、かつての主君とも言うべき人物だったが、今や何の忠誠の情もない様子である。


「うぅ……」

「あ、目を覚ました」


 そこでセネーレ王子が呻き声と共に、ゆっくりと目を開ける。

 エデルを見て、その顔が恐怖で引き攣った。


「っ……お、お、お前はっ……こ、ここはどこだっ!? 私は一体何を……っ!?」


 どうやら気絶させられる前の記憶が曖昧になっているらしい。

 そんなセネーレ王子に、エデルは言った。


「まだ寝てた方がよかったのに。ちょっと痛いことするからさ。まぁ起きたばかりだし、今なら少しはマシかもね」

「な、何をするつもりだっ……ちょっ、ちょっと待てっ……待ってくれっ……」


 猛烈に嫌な予感がしたらしく、慌てて制止を懇願するセネーレ王子だったが、エデルはそれをあっさり無視して、


「よいしょっと」


 ぶちぶちぶちぶちぶちっ!


 彼の腕に融合していた剣を、力任せに引き千切った。

 色んなものが切れる音が豪快に響き、セネーレ王子の絶叫が轟く。


「んぎゃああああああああああああああああああああああっ!?」


 血濡れの剣が、カランと地面に落ちた。


「はい、摘出完了」

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