第79話 じゃあちょっと行ってくる

「ほんと、酷い目に遭ったっす……もし兄貴がいなかったら、あのまま先生を押し倒してたかもしれないっす……」


 げっそりした顔でガイザーが呻く。


 チョコレートに含まれていた惚れ薬は、凄まじい効力だった。

 ほんの少し欠片を食べただけなのに、一瞬にしてメリシアナのことが好きになり、それどころか凄まじい性欲が湧き上がってきて、襲いかかろうとしてしまったのである。


 エデルの治癒魔法がなければ、教室で悲劇が起こっていたかもしれない。


「オレ、ハジメテは胸とお尻が大きい女性に捧げるって決めてるんすよ!」 

「何の話してんのよ……」


 性癖を大声で暴露するガイザーに、呆れ顔を向けるのはアリスだ。


「あの先生のことだから、何か入ってるとは思ってたけど、まさか生徒に惚れ薬なんて……一応おばあさまに報告しておいたわ」


 この学校の校長であるマリベルは、彼女の実の祖母なのである。


 ちなみにあの後、メリシアナのところへ男子も女子も殺到したが、エデルに惚れ薬が効かなかったショックで、女教師はただただ呆然とするだけだった。


「にしても、さすが兄貴っす。あれだけ食べたのに何ともないなんて」

「まぁじいちゃんから色んなものへの耐性を鍛えられたからね」


 隷属魔法や催眠魔法などの魔法系から、媚薬や麻薬などの薬物系まで、各種耐性を取り揃えているのである。


 そんなことを話しながら、彼らが向かっているのは街の外だ。

 今日はエデルの部屋と繋がる亜空間で行う、延々と魔物と戦い続けるという訓練ではなかった。


「明日は授業が休みだからね。せっかくだし、ダンジョンで訓練しようと思って」


 そうしてやってきたのは、岩場にポツンと空いた小さな穴――ダンジョン『岩窟』。


「二人で協力していいから、ここを攻略するんだ」

「ええと……兄貴、ダンジョンで実戦訓練っていうのは分かるんすけど、ここは下級も下級。レベルが低すぎて、新人冒険者でも来ることがないようなとこっすよ?」


 シンプルなネーミングなのは、ガイザーが言う通り、それだけここが誰にも顧みられないような、取るに足らないダンジョンだからだった。


 以前、ダンジョン探索部と共に潜った下級ダンジョン『千年遺跡』よりも、さらに難易度が低い。

 中にはコボルトという弱い魔物しか棲息しておらず、トラップもほとんどなかった。


「……ガイザー、こいつの課す訓練が、そんなに簡単なものだと思う?」

「た、確かに……」


 アリスの指摘に、ガイザーが頬を引き攣らせる。

 鬼スパルタのエデルのことだ、どう考えてもこの程度であるはずがなかった。


「じゃあちょっと行ってくる」

「行ってくるって、どこにっすか?」

「ダンジョンの最下層にあるダンジョンコアのところ」

「「ダンジョンコア?」」


 アリスとガイザーが揃って首を傾げる。


「知らないの? まぁ簡単に言うとダンジョンの心臓みたいなものだよ。これが破壊されると、ダンジョンそのものが消滅しちゃうんだけど、逆に強化すればんだ」

「「ダンジョンも強化される……?」」


 驚く二人に、エデルは「うん」と頷いて、


「というわけで、今から強化してくるから、そうだね……十五分後くらいにスタートしてよ。じゃあ」


 それだけ言い残して、岩穴へと飛び込んでいくエデル。

 一方、残された二人は呆然とその場に立ち尽くす。


「強化……って言っても、元が元だから、たかが知れてるっすよね?」

「本当にそう思う?」

「……思わないっす」








 アリスとガイザーの二人を残し、ダンジョン内に飛び込んだエデルは、ものの二分ほどでダンジョンの最下層へと辿り着いていた。


「ワオオオオンッ!」

「君に用はないんだ」

「ワウッ!?」


 襲いかかってきたボスのエルダーコボルトの動きを威圧だけで止めると、ボス部屋の壁を破壊し始める。

 そして壁の先に別の小さな部屋を発見した。


「あった。ダンジョンコアだ」

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