第40話 針が刺さっても大丈夫

「マンティコアだとっ!? なぜこのダンジョンに!?」

「い、いえっ、普通のマンティコアより、明らかに大きいと思います……っ! 恐らくは、マンティコアの上位種……っ!」

「それだけじゃないっす! 尾が何本もあるっすよ!」

「「っ!」」


 マンティコアは人面虎の魔物だ。

 その尾の先端には無数の毒針を有した瘤が付いているのだが、通常、尾は一本しかない。


 だが目の前のマンティコアの尾は、確認できるだけで五本。

 どう見ても通常種とは異なっている。


「しかもこの部屋の感じは、まさにボス部屋のそれ……まさか、ボスモンスターなのか……っ!?」


 多くの場合、ダンジョンのボスは一般的な種と違う。

 総じて巨大で、高い耐久力を持ち、固有の能力を有することも少なくなかった。


「グルアアアアッ!!」


 マンティコアがその尾を振り回した。


 ビュビュビュッ!!


「っ! 避けろっ!」


 セレナが叫び、慌ててその場から飛び退く。

 すると先ほどまでいた床に、次々と毒針が突き刺さっていった。


「気を付けろ! マンティコアは毒針を飛ばすことができる……っ! しかも軽く掠めただけで動けなくなるほどの猛毒だ!」

「あんな針、何本も飛ばされたら避けられないっすよ!」


 ガイザーが悲鳴を上げる中、マンティコアが今度は二本の尾を同時に振り回す。

 先ほどの倍の毒針が飛来する。


「くっ!」

「うおおおおっ!?」


 どうにか毒針を回避したセレナとガイザーだが、不意にその場で膝を突いた。


「な、何だ……? 眩暈が……」

「お、オレもっす……」

「っ! まさかっ……」


 地面に突き刺さった針を見たセレナは戦慄を覚える。

 毒針から微かに煙のようなものが出ていたのだ。


「空気中に毒を拡散しているのか……っ! マズい、これを吸うと……」


 危険性を理解したセレナだったが、どうやらすでに深刻な量を吸引してしまっていたらしい。

 立ち上がることもできず、どんどん視界が暗くなっていく。


 こんなところで気を失えば、もはや一巻の終わりだ。

 幸い隠密状態になったリンは、マンティコア出現と同時に彼女たちの近くから離れているはずなので、毒を吸ってはいないはずである。


「(だが、リン一人では、どうしようも……。……む? そういえば、エデルはどうした……?)」


 とそこでセレナは気づく。

 彼女もガイザーも毒を受けて地面に倒れ込む中、平然としている少年の存在に。


「あれ? どうしたの、二人とも?」

「な、なぜ、この毒を吸って……無事なのだ……?」


 位置関係から考えて、明らかに彼も同程度の毒を吸っているはずである。

 だというのに、何事もないかのように、その場に立っているのだ。


「毒? え? このくらいの毒、毒のうちに入らないよね?」


 キョトンとしているエデル。


「なんなら針が刺さっても大丈夫だよ」


 そう言って、掴み取っていた毒針を自分の腕に刺した。


「何をしているううううううううううっ!?」


 思わず絶叫するセレナだったが、エデルは「心配ないよ」と涼しい顔だ。

 刺した辺りが青黒く変色していくも、すぐに元の肌の色へと戻っていく。


 魔界で毒への耐性を付ける訓練をしてきた彼の身体は、この程度の毒ならあっという間に分解してしまうのである。


 ちなみに彼がこれまで受けた中で最も猛毒だったのが、魔界に棲息する毒竜ファフニールの牙の毒だ。

 牙が掠めただけで一瞬にして腕が腐り落ちるようなレベルで、このときはさすがに解毒魔法を使用せざるを得なかった。


「どうする? 一応、解毒魔法で回復させることはできるけど……。せっかくだから耐えてみる? 毒への耐性が付くし」

「暢気にそんなことできる状況か……っ!? 使えるなら早く使ってくれ……っ!」

「そう?」


 真っ青な顔で必死に訴えてくるので、エデルは解毒魔法を施すことに。

 すると見る見るうちに二人の顔色が回復していった。


「っ……あっという間に毒が抜けていく……」

「ふぅ、助かったっす、兄貴」

「しばらく効果が持続するはずだから、毒煙を吸うくらいなら大丈夫だと思うよ」

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