第33話 闘気を分け与えたんだ

 私の名はゴンザレス。

 英雄学校の四年生で、格闘技部の部長をしている。


 格闘技部では、鍛え上げた己の肉体だけで戦う。

 一切の武器も魔法も使用は禁止されている。


 だが唯一、我らに武器があるとすれば。

 それは〝闘気〟だ。


 闘気というのは、全身を巡る戦闘エネルギーのこと。

 これをコントロールすることにより、一時的に筋力を上昇させたり、防御能力を高めたりすることが可能である。


 熟練すれば、身体強化魔法を凌駕するほどの効果も期待できる。

 さらにはその闘気を外に放出することで、相手を攻撃することも可能だった。


「ううむ、しかし相変わらず魔法は苦手だ」


 その日は不得手としている魔法の授業があったこともあり、私の気分は最悪だった。

 魔法は必修なので、四年生になっても逃れられないのだ。


「だがようやく放課後! すなわち、楽しい楽しい部活の時間だ! 今日も気合を入れていくぞ!」


 落ち込んでいた気分も、練習のことを考えると一気に晴れていく。

 私の筋肉も喜んでいるのか、ぴくぴくと反応してくれた。


 我が格闘技部の練習場所。

 そのシンボルでもある神聖なリングに近づいた私は、すぐにそれに気が付いた。


「む? 部活前にもかかわらず、すでに実戦練習をしている者たちがいるな。感心感心」


 一人はあの身体つきから考えて、バルクだろう。

 二年生にしてすでに頭角を現しつつある彼に、私は大いに期待していた。


 もう一人は……見慣れない少年だ。

 バルクと比べると、随分と小さく、そして細い。


「むう、まだまだ筋トレが足りな……っ!?」


 言いかけて、私は慌てて首を振った。


「ち、違うっ……そうではないっ。確かに、かなり細い。だがあの細い手足に、信じられないほどの筋肉が凝縮されている……っ! 見た目に騙されてはならん! 彼の筋力は、下手すればバルクと同等……いや、それ以上だ!」


 さらに私を驚愕させたのは、彼の闘気である。

 一見すれば、非常に小さく、バルクの何分の一でしかない。


 だが私には分かる。

 彼は凄まじい闘気を極限まで抑え込んでいるのだ。


 本来なら嵐のときの大海のように荒れ狂っていることだろう。

 それをさざ波のように見せかけるとは。


 一体どれほどの修練を積めば、あの歳でそんな真似ができるのだろうか。


 ……有体に言って、あの少年は化け物だ。


「喰らええええええええええっ! 気功弾っっっっっっ!!」


 バルクが闘気の塊をその少年目がけて放った。

 いつの間にそんな技を覚えたのだと驚くが、それ以上に私を驚愕させたのは、少年が軽く手で払っただけで、バルクの命懸けの一撃を弾いてしまったことだ。


「そん、な……ばか、な……」


 そう掠れる声で呟き、どさりとバルクがリング状に倒れ込む。


「ま、マズい!」


 私は思わず叫ぶ。


 闘気の源は生命エネルギーだ。

 それを放出するということは、己の命を削ることに他ならない。


 十分な修練を積んだ者でなければ、非常に危険な技なのだ。

 すぐに医務室に連れて行かねば……っ!


 そう思って、慌ててリングに駆け寄ろうとしたときだった。


「心配ないよ」


 と言って、少年が大の字に倒れたバルクに近づくと、その手を軽く胸に添える。

 直後、私の目には少年の身体から、闘気がバルクへと流れ込むのが見えた。


「な、何を……」

「闘気を分け与えたんだ。放出し過ぎちゃったみたいだから」

「っ……そ、そんな真似が……」


 私には理解できない話だった。

 というのも闘気の放出は、相手を攻撃すること以外に使えないとばかり思っていたからだ。


 信じがたい思いで立ち尽くしていると、


「う、うう……俺は一体……?」


 バルクが目を覚ました。

 記憶が曖昧のようだが、上体を起こして立ち上がろうとしている。


 どうやら無事のようだ。

 あの少年は本当に自らの闘気をバルクに分け与えたらしい。


「僕の勝ちでいいよね」


 少年はそう言い残して、リングから飛び降りる。


「兄貴、さすがっす!」


 賞賛する仲間の少年を引き連れ、去っていこうとする彼に、私は慌てて声をかけた。


「しょ、少年っ! き、貴殿の名はっ!?」

「僕? 僕はエデルだよ」


 ……エデル。

 その名は間違いなく、いずれこの国の、いや、全世界の誰もが知るものとなるだろう。


 私はそう確信したのだった。

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