魔界で育てられた少年、生まれて初めての人間界で無双する ~これくらい魔界じゃ常識だったけど?~

九頭七尾(くずしちお)

第1話 危ないところじゃったな

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」


 火が付いたように赤子が鳴いていた。


 まだ生まれて間もないのか、目もロクに見えてはいない様子である。

 もちろん大人の力を借りなければ、生きていくことなどできないだろう。


 だがそこは草木もほとんど生えておらず、赤茶けた大地がひたすら広がるだけの荒野だった。

 近くには村や街がなく、人気はまったくない。


 その赤子だけが、なぜかただ一人ぽつんとそこに置かれているのだ。


 と、そのとき。

 赤子の声を聞きつけたのか、一匹の獣が近づいてきた。


 熊だ。

 しかしただの熊ではない。


 頭に渦巻く角が生え、全身の毛が炎のように真っ赤に染まった異様な熊である。

 加えて腕が四本あり、お尻には三本の尾が生えている。


「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」

「グルルル……」


 相変わらず泣き続けることしかできない赤子へ、その熊が涎を垂らしながら接近しようとしたとき、何かが空から熊を急襲した。


「クエエエエエエエエッ!!」

「ッ!?」


 極彩色の羽根を持つ、双頭の怪鳥だ。

 槍のように長く尖った嘴を持ち、足の部分がイカのような無数の触腕で構成されている。


 どうやらこの怪鳥もまた赤子を狙っていたらしい。

 触腕で熊の身体を捕らえながら、鋭い嘴で攻撃する。


 しかし赤子を欲していたのは、熊と鳥だけではなかった。


 一見すると巨大な蜘蛛だ。

 だがその背中に真っ白い人間の女の上半身がくっ付いている。


 蜘蛛は気配を殺しながら接近し、お尻から赤子に向かって白い糸を射出した。

 それが赤子を絡み取ったかと思うと、小さな身体が宙を舞い、白い女の腕の中へ。


「おぎゃああああああっ!」


 まさに漁夫の利。

 すぐに踵を返し、俊敏な動きでその場を後から逃げ出す巨大蜘蛛に、ようやく熊と鳥が気づいたときには、すでに数百メートルも先にその姿があった。


「グルアアアッ!」

「クエエエエッ!」


 いったんやり合うのを中断し、慌てて後を追う熊と鳥。


 だが赤子が連れて行かれたのは、岩場に構築された巨大な蜘蛛の巣だった。

 どうやら巣に持ち帰って、ゆっくり赤子をいただくつもりらしい。


 しかもその蜘蛛の巣は、踏み入れたものを高い粘着力を持つ糸で捕え、簡単に身動きを封じてしまう。


「グルル……」

「クエエ……」


 その危険性を本能で理解しているのか、熊も鳥も、巣に近づくことができない。

 諦めて踵を返そうとしたとき、予想外のことが起こった。


 突如、蜘蛛女の首が空を舞ったのである。


「……?」


 何が起こったか分からないという顔をしたまま、女の生首が巣から落ちて地面を転がる。


 空中へと思い切り放り出された赤子だったが、地面に叩きつけられる前に、それを軽く受け止めた者がいた。


「赤子の鳴き声が聞こえたような気がしたから来てみたら……こんなところに、人間の赤子じゃと?」


 白髪の老人である。

 彼の手には、巨大蜘蛛を斬ったと思われる長剣が握られていた。


「グルルルルッ」

「クエエエエッ」


 蜘蛛が死んだことで再びチャンスが巡ってきたと思ったのか、熊と鳥が好戦の意志を示す。


「む、何じゃ? まだおったのか? おぬしら程度じゃ儂には勝てん。あの蜘蛛と同じ末路を辿るだけじゃぞ? それでもやる気というなら容赦はせぬが」

「「~~~~っ!?」」


 しかし老人に威圧されると瞬時に力の差を悟ったようで、慌てて逃げていった。


「ここはというのに……一体この子はどこからやってきたのじゃ?」


 老人は目を丸くして、赤子の顔をまじまじと見遣る。

 それから何かを思いついたように、


「まさか〝次元の穴〟から落ちてきたのか? 滅多にない現象のはずじゃが……。なんとも不運な子じゃのう。まぁ、デビルアラクネに喰われる前に、偶然近くを儂が通りかかったのは、不幸中の幸いといったところか。なんにせよ、危ないところじゃったな」

「おぎゃああああああっ! おぎゃああああああっ!」

「これこれ、そんな大声で泣いてはまた魔物が来るぞ? ……仕方ない。儂の家に連れて帰るとするか」

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