121 謝罪されてみた

「な、何だあ?!」


 その後、四半時程度は経過したろうか。

 西門方向から曲がってくる木立の角に、大声が上がった。

 驚愕、または唖然の反応に、まあ無理はない。

 河原端の砂地に、そろそろ疲れたか大きなのたうちは止まったものの、若い男女二人がひいひいと膝つき平伏の姿勢で喘いでいる。

 その横距離をとって、男が一人岩に腰かけ、平然と飲物で寛いでいる。

 三人との合流を目指して足急がせてきた剣士にとって、想像もしていなかった光景だろう。


「何やってんだ、お前ら?」

「説明するのも、馬鹿馬鹿しいんだが……」


 というのが本音だが、仕方なく成り行きを簡単に話す。

 あちらの二人にまだしばらく発声は難しいだろうから、本当に他の選択はなく仕方ない、ということになる。

 一通り聞いて、ますますトーシャの顔に呆れの色が濃くなった。


「何だってんだ、そりゃ……」

「一方の言い分だけを聞いて判断するのも片手落ちだろうから、そいつらに事情聴取をしてくれていいぞ。まだ小一時間はまともな会話も難しそうだが」

「山盛りトンガラシをぶち込まれたんじゃ、そうだろうなあ」

「今し方二人とも川まで這っていって、水を飲んでますます泣き喚いていたな。正確には知らないが、唐辛子粉は水に完全に溶けないから、洗い流すのは難しいと聞いた気がする。下手すると、さらに口の中被害が広がる危険があるとか」

「……何ともまあ、お気の毒に、と言うか」

「僕は今後一切、そいつらと十五メートル以内に接近しない。紹介の責任をとって、トーシャが面倒を見てやってくれるか」

「まあ、それこそ仕方ないな」


 紛うことない諦め顔に、苦笑を返して。

『収納』からコップを二つ出して、差し出してやった。


「牛乳なら、少しはましだろう。飲ませてやってくれ」

「おう」


 両手で受け取って、トーシャは半死半生の二人に寄っていった。

 ひいひいまだ喘ぎながら、わずかに顔を上げるだけはできるようだ。


「お前ら、今のハックの話で、まちがいはないか?」

「ひ、は――」

「は、ひ――」


 止めどなく涙流すまま、何とか頷きはしている。

 はああ、とこれ見よがしにトーシャは嘆息する。


「何考えてんだ、お前ら。せっかく見つけた数少ない協力者に」

「ひ、ひ――」


 並んで両掌を地につき、平伏。

 とりあえず明らかに、反省の表明らしい。

 やれやれと首を振り、「飲め」とトーシャはそれぞれにコップを手渡した。

 まだ発声が戻らないまま何度も頭を下げ、二人は両手で持ったコップを口に運んでいる。

 その飲物にさらにアヒイを仕込んでおくとか、飛び上がるほど熱くとかしておいたら、ギャグマンガとしてなら面白かったかもしれないな、とふと省みてみた。

 両者ほとんど変わらず、一口含んで吐き出し、もう一口を呑み込んでいる。表情を見るに、とにもかくにも少しばかりは苦痛が和らいだか。


「何とも呆れるしかないがお前ら、ハックが攻撃魔法を使えないと聞いて、甘く見たわけか」

「は、は――」

「断っておくがな、こいつは『収納』だけでよっぽど俺たちより高い攻撃力を持っているぞ。反撃がトンガラシ水だなど、まだ手加減されてるんだ」

「ヒ、イ?」

「本気でお前らを殺しにかかるなら、毒物を口にぶち込むこともできたろう。何ならお前たちの頭上に大岩を落とすやり方の方が、よっぽど後の手間が楽だったかもしれん。地面にめり込んで、死体も見つからないだろうからな」

「ヒ――」

「ヒイ――」

「まあどんな殺し方をするにしても、死体や痕跡を『収納』して放っとくなり、地中深くに埋めるなり、簡単に完全犯罪ができてしまう。お前らにはできない真似だな」

「ハア――」


 本当に、少しは口中の苦痛が減ったらしい。

 涙と鼻水でぐしょぐしょの顔を手で拭い、情けない目を見合わせ。そうしてから身を起こして、二人はばたばたとこちらへ寄ってきた。


「止まれ!」

「ハ――」


 鋭く呼びかけると、四本の足に急ブレーキがかけられた。

 そのままの姿勢で、半泣きの目をすがるようにこちらに投げてくる。


「今後一切、この距離以内に近づかないでくれ。分かったと思うが、君たちの魔法はこちらに効かない。この距離なら『収納』も使えないだろう。一方こちらは『取り出し』の距離が君たちより長いんでね。今の距離なら、もう一度唐辛子をご馳走できる」

「ヒイ――」


 慌ててご両人は、両手で自分の口を覆った。

 実際には空気紐を使えば事実上取り出し距離無限大なのだが、そこまで手の内を曝す必要もない。

 ますます半泣きの様子で頷き合い、二人はたちまちその位置に並んで土下座の姿勢をとった。


「ハ、ヒ――」

「すん――ヒ――ません――」

「申し――訳――ございませーーん」


――おお、ようやく言葉を発することができた。おめでとう。


「現時点で命までとる気はないから、そっちで勝手にやってくれ」

「は……」

「はい……」


 シッシ、と手を振ってやると、二人しょぼくれた様子で下がっていく。

 ぺこぺこと何度も頭を下げ、何とかトーシャの脇に腰を下ろす形に落ち着いた。


「もう――金輪際――ハックパイセンにもトーシャパイセンにも――逆らわない、す。どんなことしてでもお詫び――するすから――見捨てないでほしいす」

「お願い――しまっすう」


 まだひいひい息を継ぎながら、さらに頭を下げている。

 大きく溜息をつき、トーシャはまたゆるゆると首を振った。


「知り合っちまった以上は、もう仕方ねえ。お前ら当分、俺の目の届くところから離れるな。人と交流すると碌なことにならない気がするから、とにかく魔物調査目的に同行する。いいな?」

「はい」

「はーい」

「今言われたように、今後決してハックには近づくな。他の人間にも、魔法で威嚇など絶対するな」

「はい」

「はい」

「それに」恐縮一色の二人に向けて、念押しをする。「万が一、こちらの仲間に手を出すなどしたら、絶対許さないからな。君らが何処に逃げても、必ず追い詰めて報復する」

「ひ――」

「あ、あれは――ほんの言葉の綾ってやつ、す。そんな気――毛頭ないす。脅迫に効くかってんで、マンガの悪党っぽいの気どってみただけで――」

「二度と口にするな」

「は――はいい」

「そんなこと言ったのか。本当に、呆れた奴らだな」しかめ顔を、トーシャはさらに振り傾けた。「マジのマジ、お前らもう、ハックと関わるな」

「はい――」

「でもおーー」半べそ顔で、レオナは口を尖らせた。「ほんとにほんと、パイセンの『収納』、有効活用しなきゃもったいないしい。きっと、大儲けできるのにい」

「まだ言ってるか、お前」


 はああ、と重ねてトーシャは深い息をつく。

 こちらも、溜息をつき。

 この点は、こいつらの意識を変えなければ如何ともしがたいか、と思う。


「『収納』で荷物運搬請け負って大儲けって、君らそれ、何処から持ってきた発想なんだ?」

「ええーー? 何処ってえ――」

「ラノベやコミックとかじゃあ、常識じゃないすかあ。マジックバッグや『収納』スキルを持っている冒険者は、稼ぎが多くなる。商人の荷物運搬依頼を受けたら、凄い稼ぎになるって――」

「その点だけを取り上げれば、満更まちがいでもないのかもしれないが――いや僕も、この世界に来てからはそうした小説ノベルとかの記述を頻繁に参考にしているわけで。何しろ『収納』とか魔物とかに関することは、前世の常識を持ち出しても仕方ない、他に参考にする心当たりはまるでないわけだからね。しかし当たり前のことだが、念押しで指摘しておきたい――」

「はい」

「はあ」

「そんな作り物の小説ノベルとかにある話を、頭から鵜呑みにするな」

「はあ」

「はあ」


 何当然なことを言ってる、と言わんばかりに二人、いやトーシャも含めて全員、何処か呆れた顔になっている。

 それにまた、ふうう、と溜めた息を吐いて続ける。


「もちろんファンタジーな小説ノベルの世界で、現実とは異なる事象はいくらでもあって不思議はないんだが。それでも一応、ほとんどのもので、根源的な人間性みたいなのは現実と同様っていう、何と言うか暗黙の了解みたいなので描かれているわけだろう。その前提で考えて、そうした小説ノベルのいくつかの中で、どうしても不思議で納得できないことがあるんだよな」

「はあ」

「何でしょ」

「こちらにとっては重要な『収納』スキル絡みなんだが。結構多くの設定で、あるよな。その世界で、もちろん希少だが収納魔法を使える大魔法師が存在する。それとは別に、見た目より容量が大きくなるマジックバッグとかアイテムボックスとかいうものが、ダンジョンで拾えるとか、そこそこ高価ではあるけど冒険者として数年稼ぎ続ければ購入できるとか」

「はあ、はい」

「あるっすね」

「数年稼げば手に入るってのは、前世日本なら、マイカーとかのレベルかな。少なくとも何万人に一人ってことはない、せいぜい何百人もいる中に数人は必ずいるだろうって程度と思われる。そういう人物と遭遇するのが奇跡、何十年に一度程度の大災害に匹敵、なんていう認識とは考えられない」

「はあ……」

「まあ……」

「そういう世界にずっと生きている人間を考えて、さ」

「はい」

「何故、商店の店主は万引き対策をしていない[#「万引き対策をしていない」に傍点]んだ?」

「え?」

「はあ?」


 三人同様に、目を丸く呆けた顔になっている。

 思ってもみなかったということか、何でそんなつまらないことを考える、という疑問か。


「いや、そういう世界に生きる人間なら、まず真っ先に頭に浮かべるだろう。『収納』やマジックバッグなんてものを使ったら、簡単に窃盗、万引きなどということができる。現実に身近なこととして考えれば、小学生だって思いついて当然だ。僕はこの世界で人の住む町に来て、いちばんに考えたぞ。考えるのと実行するのは、もちろん別だが」

「いや、まあ……」

「そうかもしれない、すけど……」

小説ノベルに頻出の標準的なマジックバッグで、だいたい持ち主が手で触れるか少し離れて念じるかで物を収納できる。万引きを実行しようとして、手間は前世の比じゃなく、一瞬で済む。まず、犯行の瞬間を目撃された現行犯でなければ、罪に問われる心配はない」

「そう……」

「そう、すかあ……?」

「異世界の法律がどうなっているかそこまで細かく知らないけどな、少なくとも現代日本なら、少し前に店員が商品の存在を確認していて、その客が前に立っていた時間で消えてなくなった、というそのことだけで罪に問うことはできないだろう。何より大きいのは、日本なら怪しければ身体検査や持ち物検査をして証明するが、マジックバッグではそれができない。ほとんどの設定で、持ち主以外中のものを見たり出したりできないことになっている」

「あ……」

「ああ……」

「まちがいのないところで、そこまではその世界の住人の常識になっているはずだ。で、そういうマジックバッグを持った客が来店するのは無茶苦茶珍しいってわけじゃない。店主が万引き対策を考えないなど、あり得ないと思うんだが」

「ああ……」

「それが不可能っていうんなら、諦めるしかないわけだが。生前読んだ中で、少数ながらあったぞ。中に出てくる小売店で『マジックバッグをお持ちのお客様は入店時にお預けをお願いします』という呼びかけをしているのが」

「はあ……」

「そう、すか……」


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